■第239話 ジャングルの光編 光鉱石の滝、そして五百の敵
朝日とともにマンドリルが消えた。
そして滝の前に、光鉱石があった。
だが穏やかな時間は、遠くの叫びで終わった。
■ 朝日とともに
東の空がかすかに明るみ始めると、それまで狂気のように荒れ狂っていたマンドリルの群れが、潮が引くように森の奥へと姿を消していった。
青白く光っていた目が、一つ、また一つと消えていく。鳴き声もない。唸り声もない。ただ、消えた。
「朝日が上がったら消える……ほんまに神話みたいやな」さくやが小さく呟いた。「こんな戦い、毎週やってるってわけか……そりゃ強くなるな」ラーシュが肩で息をしながら笑った。「お前も十分、強くなってるさ」シェルが仮面越しに言った。
「昼間は奴らは来ない。少し休んでいこう。滝まではもうすぐだ」「……"休憩込みで二日"って、そういう意味やったんか」ラーシュが草の上に倒れ込んだ。さくやも隣に倒れた。空が青い。鳥が鳴いている。生きている。それだけで十分だった。
■ エレナとレイナ、到着
昼食を終えて出発しようとした頃、軽やかな足音が二つ近づいてきた。「戦術、分析してきました!」エレナが胸を張った。「エレナ、走り過ぎ……ちょっと待って……」レイナが息を整えながら続いた。
「ほな、縛っといたマンドリル、逃がしたろか」さくやの言葉を合図に、捕らえてあった数匹を解放した。青白い目が、一瞬だけ揺れた気がした。それから森の奥へと消えていった。
一行は再び上流へ向かった。
■ 光鉱石の滝
小川沿いを歩いていくと、視界がぱっと開けた。
久々に大きな川へ出た——そう思った刹那、その奥に「それ」が現れた。
川幅が狭まる地点。その突き当たりで、巨大な滝が轟音を響かせながら落ちていた。水しぶきが霧のように漂い、朝日を浴びてきらめいている。だが——目を引いたのは滝ではなかった。
「あそこだ。……青く光っているの、見えるか」シェルが指さした。
岩肌が、淡い青白い光を宿していた。陽光の反射ではない。岩そのものが脈動するように微かに震え、静かに輝いている。まるで神が積み上げた壁のようだった。滝の轟音の中でも、その光だけが静かに、確かに存在していた。
全員が言葉を失った。しばらく誰も喋らなかった。
「……船で来たら、ここまで余裕で行けたんちゃう?」さくやが呆れたように言った。「シェルいわく"勝手に取るな"って神様らしいぞ」ユーリが肩をすくめた。
「探知機、反応100%……間違いなく光鉱石です」エレナが計器を見つめながら言った。「神様の場所……なら、祈らなきゃ」レイナが胸の前で静かに指を組んだ。
「シェル」さくやが真正面から訴えた。「世界を救うかもしれん資源なんや。……ちょっとだけ、譲ってくれへん?」「これは私のものではない。神のものだ」シェルの声は揺るがなかった。
そこから、二人の静かな論争が始まった。「世界を救う」「神の掟だ」「小さきものの暮らしが豊かになる」「神の意志に従うことが豊かさだ」「でも——」「だが——」
ユーリとラーシュは木陰でうたた寝し、エレナは本を開き、レイナは滝のスケッチに没頭している。穏やかな時間が、ゆっくりと流れていた。滝の音が、一定のリズムで響いている。
さくやとシェルの論争は、結論が出ないまま続いた。だが不思議と、険悪ではなかった。互いの信念をぶつけ合いながら、どこかで笑いが混じっている。「お前は頑固やな」「お前もな」「せやな」
——その空気を、遠くの叫びが引き裂いた。
「いたぞ!こっちだ!」
■ バルコ軍、来襲
滝の上の枝葉を伝いながら姿を現したのは、槍のような武器を手にした者たちだった。バルコ軍だ。一人、二人——ではない。次々と現れる。
「お前ら、逃げろ!あいつらは強い!」シェルが叫ぶ。「全員来てるなら……五百はおるぞ。十人じゃキツい」ラーシュが剣を構えながら言った。「お前らは十人だろう?」バルコ軍が叫んだ。
「まぁ……やれるだけ、やってみよか」ラーシュは不敵に笑った。
こうして、滝の前での死闘が始まった。
シェルとラーシュの動きは、自然と噛み合っていた。シェルは双剣を縦横に振り抜き、ラーシュは大盾で全体の圧力を受け止める。押し寄せるバルコ軍の群れが波のように崩れ、火花が散り、水飛沫が上がる。ユーリの矢が次々と飛び、さくやが前線を支える。エレナとレイナが後方から支援した。
だが一日目は、互いに決め手を欠いたまま、夜へと飲み込まれていった。
■ 一日目の夜——エレナの分析
焚き火の明かりの中、エレナが静かに口を開いた。
「バルコ軍の動き……規則性があります。恐らくローテーションです。そこを突けば、明日は優位に立てます」全員が耳を傾けた。「前衛が引いた瞬間に、後衛の交代が始まります。そのわずかな隙——三秒ほどですが——そこに集中攻撃を仕掛ければ」「三秒か」ラーシュが呟いた。「短いな」「でも、確実に存在します」
シェルが静かに聞いていた。「お前たち、戦いながら分析するのか」「私の役目ですので」エレナが答えた。「……頼もしいな」
さくやが地面に作戦図を描き始めた。「よし、明日はこの三秒を狙うで」全員が頷いた。
焚き火が静かに燃えている。滝の音が一定のリズムで響いている。明日もまた、長い一日になる。
「シェル」さくやが言った。「光鉱石の話、続きは後でしよな」「ああ」シェルが短く答えた。「でも——答えは変わらないぞ」「分かっとる。でも、うちも諦めへん」
二人は同時に小さく笑った。
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■第240話 ジャングルの光編 モーガン参上!
五日目、限界を越えた者たちが戦っていた。
腹の底まで響く声が、滝壺に轟いた。
モーガンの本気を、初めて見た。
■ 五日目——限界の向こう側
五日目だった。
シェルもラーシュも、とっくに限界を越えていた。意識は何度も途切れ、本能だけが剣を振らせている。シェルの双剣は、もはや軌跡を描く余裕もなく、ただ目の前の敵を弾くだけで精一杯だった。ラーシュの斧を持つ腕は、感覚がなくなりかけていた。それでも止まれない。止まれば崩れる。
ユーリの指の皮は裂け、血が矢羽根にまで滲んでいた。それでも弓を引き続けた。痛みは、もうずっと前から感じなくなっていた。
さくや、エレナ、レイナは、戦線に立つどころではなかった。足を引っ張らないように逃げるだけで精一杯だった。「ごめん……うちら、役に立てへん」さくやが歯を食いしばった。「生きてるだけでいい」ラーシュが荒い息で答えた。
二日目はエレナの分析が功を奏し、三秒の隙を突いて優位に立った。三日目は互角。四日目から押されはじめた。五日目——もう策はなかった。あるのは気力だけだった。
マンドリルとの五日間の消耗が、じわじわと全員の体を蝕んでいた。昼はバルコ軍、夜はマンドリル。眠る間もなく戦い続けた五日間。誰もが限界の、さらに向こう側にいた。
「ぐっ……!」
ラーシュの体が、強烈な一撃で宙を舞った。助けに入ったシェルと数人も、まとめて吹き飛ばされる。前線が一気に崩れかけた——その瞬間だった。
■ モーガン、参上
「おい、小僧!やばそうだな!」
腹の底まで響くような声が、滝壺の戦場に轟いた。
「あっ……!」さくやが声を上げた。「あ!」一同が振り返った。
岩壁の上に、一人の男が立っていた。
左手には巨大な剣。右手には鋼鉄のグローブ。スキンヘッドにひげ面、背にはドクロの入ったマントをひるがえしながら、戦場を見下ろしている。
モーガンだ。
「三百人で来たからな!ラーシュ、よく頑張ったな!」「うるせぇよ、モーガンのおっさん……もっと早く来いってんだ!」荒い息を吐きながらも、ラーシュは笑ってみせた。「言うじゃねぇか。さすがだ」モーガンが不敵に笑った。
モーガンの一行が次々と上陸し、バルコ軍の前に立ちはだかった。
モーガンが動いた。
剣で敵の攻撃を受け——右拳でぶん殴る。殴られた敵が十メートル以上吹き飛び、川に落ちた。水しぶきが上がる。次の敵が来る——また殴る。また飛ぶ。また落ちる。それが何度も続く。「容赦という言葉を知らんのか」さくやが呆然と呟いた。「知らないだろうな、あの人は」ユーリが答えた。
「今からマケダが発掘する。……邪魔させねぇように、きつくいくぞ」そう言うと同時に、さらに三人のバルコ軍がまとめて吹き飛んだ。
■ カイザーの影
「誰か!カイザー様に連絡しろ!」バルコが叫んだ。
さくやの目が鋭くなった。「……カイザー?あんたら、カイザーと繋がっとるんか!」「俺たちはカイザー軍だ!」
その瞬間、さくやの声が戦場に響いた。「モーガン!徹底的にいってええ!」「了解だ、小僧!こいつら全員、縛って俺の島で改心させてやる!」モーガンは笑いながら敵を蹴散らす。「今は"ブレイド"って奴もいるからな。仲良く働かせてやるよ!」
さくや一行は、モーガンの本気を初めて見た。
レッドさえ子分にしていた荒くれ海賊の、純粋な暴力。ラーシュの強さとはまるで種類が違う。ラーシュの強さは技と経験の積み重ねだ。シェルの強さは生き抜いてきた野性だ。だがモーガンのそれは——理屈がない。規格外の破壊力そのものだった。
「全員連れていくからな。伸びてる奴は縛っとけ!」
戦場の空気が一気に変わった。もはやバルコ軍は抵抗できなかった。
■ 嵐のあとで
「サムライたちが来るなら、俺の役目はここまでだ」モーガンが剣を肩に担いだ。みんなが駆け寄った。
「ありがと……お前ら、ホントすごいな……」シェルの声が震えていた。仮面の下で何かが込み上げているのが、声だけで分かった。「お前も相当強ぇぞ。まあ、俺よりちょっと弱いけどな!がはは!」モーガンは笑って、シェルの頭をぐしゃぐしゃと撫でた。仮面ごと撫でられたシェルが、一瞬だけ固まった。「……仮面ごと撫でるな」「細けぇことは気にすんな!」
「もうすぐマケダも来るぞ。じゃ、オレはさっさと引き上げる!」
その豪快な背中を見送りながら、くたびれ果てた一同は、その場にへたり込んだ。
「……生きてるな」さくやが空を見上げた。「生きてる」ラーシュが地面に大の字になった。「生存確率、最終的に何パーセントでしたか」ユーリがエレナに尋ねた。「計算する前に終わりました」エレナが静かに答えた。「それが一番ええねん」さくやが笑った。
シェルが、滝の方を向いて立っていた。「……五日間、ありがとうな」さくやが声をかけた。「俺の方こそだ」シェルが静かに答えた。「毎週あれをやってたんか」「ああ。でも——こんなに長く戦ったのは初めてだ」
しばらく誰も喋らなかった。滝の音だけが、一定のリズムで響いていた。
「なぁ、シェル」さくやが静かに言った。「光鉱石の話——まだ続きがあるんやけど」「……ああ」シェルが振り返った。「お前となら、話せる気がしてきた」「ほんま?」「ただし——答えは変わらないかもしれない」「それでもええ」さくやが笑った。
その時——ゆっくりと、森の向こうから巨大な船が姿を現した。大量の光鉱石を運ぶためだけに造られた、巨大な輸送船だ。甲板から、小さな人影が大きく手を振っていた。
「おーい、みんなー!」
マケダだ。
さくやが立ち上がり、手を振り返した。体中が痛い。足が震える。それでも、笑えた。
「やっと来たわ」
滝の音が、静かに響いていた。
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