■第237話 ジャングルの光編 仮面の民族と三番勝負!
対岸に着いた瞬間、囲まれた。
生贄と言われたので、三番勝負にした。
なぜかあっさり承諾された。
■ 囲まれた
対岸に足をつけた瞬間だった。
湿った土を踏みしめる間もなく、黒い棍棒を構えた小柄な民族がぐるりと取り囲んできた。全員が、ブタの怪物を思わせる不気味な仮面をつけている。目の穴から覗く眼光だけが、鋭く光っていた。ざっと見て、百人は超えている。
「こっち側はバルコが支配してたんじゃないの……?」さくやが眉をひそめる。「少数部族まで入れたら、実はめっちゃいるんだろうな……」ユーリが弓を軽く掲げながら呟いた。「お面被ってるせいか、無駄に強そうなんだよな」ラーシュが腕を組んで相手を観察している。「生存確率を計算してみたいのですが……」エレナが顔面蒼白で指を震わせた。「祈るしかありませんね……」レイナがしっかりと手を組んだ。
「お前たちは神に捧げる——生贄だ」
仮面の先頭が、低く重い声で言った。しばらく沈黙が流れた。
「お前ら」さくやが腕を組んだ。「多勢で五十人を囲んどいて、いきなり生贄って」「ああ」「そんだけ強いんやろな」ラーシュがすっと前に出た。「我々はジャングル最強の戦闘民族だ」「なら勝負しろ!負けたら大人しく生贄になったる」「……よかろう」
驚くほどあっさり承諾された。
「すんなり応じるんやな」さくやが小声で言った。「強者の余裕じゃないか」ユーリが苦笑した。「余裕やなくて単純なんやと思う」「それはそれで怖い」エレナが呟いた。「神様、どうかお導きを……」レイナが目を閉じた。
■ 第一戦——弓 20mと100m
「よし、まずは弓やな」ラーシュがユーリを横目で見る。ユーリが無言で頷いた。「我々は狩猟民族だぞ!」仮面の部族が胸を張った。
的は、木の幹に掘られた丸い印だ。部族の戦士が的に向かって歩き出した。そして——20mの位置で立ち止まった。「ここから放つ」堂々と宣言する。手慣れた動作で弓を構え——放った。矢が飛ぶ。的のすぐ横に刺さった。惜しい。だが十分な腕前だ。「どうだ」胸を張った。
ユーリが弓を手に取った。そのまま的に向かって歩き出す。20mを通り過ぎた。30m。50m。「……おい」部族の戦士が声を上げた。70m。80m。「どこまで行くんだ」100mの位置で、ユーリが立ち止まった。
振り返りもせず、弓を構えた。
「100mか……見えるのか?」さくやが呟いた。「見える」ユーリが静かに答えた。
息を整える。風を読む。指を離した瞬間——矢が空気を裂いた。木々の間を、一直線に、音すら置き去りにするような速さで飛んだ。
的の中心に、吸い込まれた。
誰も喋らなかった。部族の戦士たちが、20mに刺さった自分たちの矢と、100mから放たれた矢を、交互に見ていた。「ユーリの圧勝っと」ラーシュが指を鳴らした。
■ 第二戦——石像
「次は絵だな」ラーシュが言った。「……何の絵だ?」仮面の部族が警戒した。「絵やなくて彫刻や」さくやが訂正した。「お互いの似顔像を作る。上手い方が勝ち」「……」仮面の部族の戦士たちが顔を見合わせた。仮面越しに顔を見合わせているので、互いに何も読めないはずだが、なぜか困惑が伝わってきた。
部族側が先に作り始めた。石を削り、叩き、形を作っていく。なかなか手際がいい。完成したのは——「呪術像やな」さくやが一言で評した。「あれ、呪われそう」ユーリが引いていた。「芸術的な解釈の余地は……」エレナが必死にフォローしようとした。「ないわ」さくやが即断した。
レイナが静かに石を手に取った。目を細めて、仮面の戦士たちを一人ひとり観察する。それから——黙々と彫り始めた。石ノミを走らせる音だけが響いている。祈るような表情で、手が動いていく。
やがて、完成した。
仮面の戦士が近づいて、それを見た瞬間——動きが止まった。
仮面よりも精巧に彫られた顔。仮面の形、目の鋭さ、体の力強さ。石の中に、確かにシェルの戦士が宿っていた。実物よりもかっこいい。そう思わせる何かがあった。
「……これが、俺たちか」仮面の戦士が呟いた。声が、わずかに震えていた。「ウフフ、気に入っていただけましたか?」レイナが微笑んだ。
しばらく誰も喋らなかった。部族の戦士たちが、石像の周りに集まって、じっと見つめている。
「レイナの勝ちやな」さくやが静かに言った。異論は、なかった。
■ 第三戦——剣 どんどん来い
「最後は俺と剣や。勝負しろ」ラーシュが剣を担ぐ。「剣で負けるか!」仮面の部族の最も体格の良い戦士が一歩前に出た。
二人が向き合った。静寂が落ちる。先に動いたのは部族の戦士だった。重い一撃——ラーシュが受け流す。横薙ぎ——半歩退いてかわす。速い。確かに強い。互いの刃が火花を散らし、土煙が上がった。
だが、数手で読めた。
ガキィン、と音を立て、部族の剣が弾き飛ばされた。「……完敗だ」仮面の下から、悔しさが滲む声が漏れた。
「どんどん来い」ラーシュが剣を構え直した。「え?」「一人ずつじゃ物足りない。まとめて来い」
部族の戦士たちが顔を見合わせた。二人目が前に出た。ガキィン。弾き飛ばされた。三人目。ガキィン。四人目、五人目——。
いつの間にか、ラーシュの周りに列ができていた。
「……稽古場になってるな」ユーリが呆れたように言った。「完全にそれや」さくやが頷いた。シェルの戦士たちが順番待ちをしている。ラーシュが一人ずつ相手をしながら、時々「そこは踏み込みが浅い」「体重が乗っていない」と指摘している。「あいつ、指導始めてるやん」「楽しそうなのが腹立つな」
三十分後——ラーシュが汗だくで振り返った。「……で、三番勝負の結果は?」「三勝やで」さくやが笑った。「そうか」ラーシュが剣を肩に担いだ。何事もなかったように。
「そんな不気味なお面被ってるからだろ」さくやが言った。「伊之助かよ」ユーリが突っ込んだ。
「これは部族の証。外す時は……死んだときだけだ」先頭の戦士が静かに言った。場の空気が一瞬だけ変わった。笑いが引っ込んだ。誇りを持って、そう言っている。生まれてから死ぬまで、この仮面と共に生きる。それがこの民族の生き方だ。
「……そうか」ラーシュが静かに頷いた。「それは、俺には真似できないな」「面倒じゃない。それが誇りだ」戦士が答えた。
■ シェルの村へ
「ところで、あんたら何人おるの?」さくやが空気を切り替えた。「百人だ」「名前は?」「リトルシェル!」「シェルな!とりあえず村行って話しようか」さくやが手をひらひら振ると——「……あ、う、うん」敵だったはずのシェルの戦士は、完全にペースを崩されてついていくしかなかった。
後ろで、エレナがそっと胸を撫で下ろした。「生存確率、計算する前に終わりました」「それが一番ええねん」さくやが笑った。
レイナが彫った石像を、シェルの戦士が大事そうに抱えていた。仮面の下で、泣いているかもしれなかった。
三番勝負で生贄を回避した一行は、シェルの村へと向かった。ジャングルの奥に、また新たな出会いが待っていた。
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