■第228話 渓谷の光編 コンドルの群れと次なる旅路
ブレイドは改心せず、笑っていた。
コンドルが空を埋め、風が頬を撫でた。
緑の海の向こうに、次の答えが待っている。
■笑うブレイド
戦いが終わり、捕らえられたブレイドたちは縄で縛られて地面に座らされていた。
だが——誰一人として、後悔の色を見せなかった。
不敵な笑み。余裕すら感じられる表情。縄で縛られているというのに、まるで自分たちが勝者であるかのような態度だ。「カイザーさまの直属部隊が来れば、すぐに解放される」その言葉には、揺るぎない確信があった。
さくやが頭を抱えた。「300人もの囚人、どうすんねん……」「捕獲確率は計算できますが、処遇は専門外です」エレナが答えた。「役に立たんな!」
その時——空の彼方から轟音が響いてきた。
大型飛行船団が、編隊を組んで接近してくる。船体には光鉱石の運搬用と思われる巨大な積載スペースが見える。だが、そのうちの二隻から降りてきたのは、見覚えのある二人の男だった。
レッドとモーガンだ。
レッドは相変わらず赤い髪を風になびかせ、モーガンは筋骨隆々とした体を誇示するように腕を組んでいる。二人とも、ただならぬ威圧感を放っていた。
「捕らえた悪者が300人いるんだけど……改心しそうにないんだ」さくやが困惑した表情で説明すると、レッドがニヤリと笑った。その笑みには、海賊時代の危うさが滲んでいる。「そうか。モーガンの島に連れて行って、心を入れ替えてもらおう」「心を入れ替える、ねえ……」モーガンが低い声で呟くと——縛られていたブレイドたちの何人かが、わずかに表情を強張らせた。
「なんでレッドとモーガンまで来たの?」さくやが不思議そうに尋ねると、モーガンが腕を組みながら答えた。「師匠がな、ちょっと一緒に行ってみてくれってお願いしてきたんだ」「あの人の勘はすげーな。俺たちの出番が本当にあるとはな」レッドが感心したように空を見上げる。
さくやは二人を見比べて、小さく呟いた。「……レッドとモーガンの方がおっかないと思うよ」エレナとユーリが思わず頷いた。
■ モーガンの張り手
元海賊たちに囲まれながらも、ブレイドたちはまだ口が減らなかった。
「カイザーさまが来れば、お前らなんか——」
その瞬間だった。
モーガンが、無言で振り返った。そして——張り手を一発。
パァンッ!!
ブレイドが、文字通り吹っ飛んだ。数メートル先の地面に落ちて、しばらく動かない。
周囲が、シンと静まり返った。
残りのブレイドたちが、一斉に口を閉じた。誰も何も言わない。目を逸らす者、地面を見つめる者——さっきまでの余裕が、跡形もなく消えていた。
やがて、吹っ飛んだブレイドが起き上がり、仲間の隣に戻った。そして小声で呟いた。「……カイザーさまが来たら、絶対ただじゃおかない」「……そうだな」「……必ずだ」「……うん」
完全に意気消沈している。声が小さい。目が泳いでいる。
「モーガン、張り手一発で静かになったな」さくやが呆れる。「張り手じゃない」モーガンが低い声で言った。「愛のビンタだ」「愛……」さくやが引きつった笑いを浮かべた。「愛の重さが違いすぎるわ」
縛り上げられたブレイドたちは、元海賊たちに小突かれながら次々と大きな飛行船に乗せられていった。抵抗する者は、もういなかった。
「じゃあな皆。海だけじゃなく、空も面白いな」「あのスキンヘッド軍団とやりあう時は呼ぶんだぞ。あいつらとは決着をつけたいからな」レッドとモーガンは手を振りながら飛行船に乗り込んだ。船体が浮上し、やがて空の彼方へと消えていく。
「……また一つ、退けたな」ラーシュが静かに言った。
■ ナバホへ——マケダのこと
さくやがナバホを探した。「ナバホ、一つ伝えておきたいことがあるんやけど」「なんだ」「マケダっていう仲間がいるんや。縦穴の地下の村の出身でね、小さきものたちと共に暮らしてきた」
ナバホが興味深そうに目を細めた。「ほう……同じ小さきものか。それは会ってみたいものだな」「村の場所、伝えておくわ。きっと意気投合すると思う」「楽しみにしている」
同じように地下で暮らす小さきものとして、二人には共通する何かがあるだろう。さくやはそう確信していた。
■ ナバホの村を後にして
翌日、さくや一行はナバホの村を後にした。
ナバホたち300人が、総出で見送りに来てくれた。手を振り、別れを惜しんでいる。ピューマが村の入口に静かに座り、金色の目でさくやたちを見送っていた。リスがさくやの肩の上でぎゅっとしがみついている。「チチチッ」「また来るからな」さくやが振り返った。ナバホが静かに頷いた。「待っている」
レイナの作った7mの石像が、朝日を浴びて輝いていた。「あの石像……本当に宴の間に彫ったんですか」エレナが今更ながら呟く。「祈りを込めると、不思議と手が動くんです」レイナが微笑んだ。「それ、もはや神の領域やで」さくやが苦笑した。
来た道を戻り、川沿いを歩いていると——遠くから大きな羽ばたく音が聞こえてきた。
■ コンドルの群れ
空を見上げると、コンドルの群れが飛んできた。
一羽に一人が乗れるほどの大きさのコンドルたちだ。その周囲を、護衛するようにさらに多くのコンドルが旋回している。まるで空の騎士団のような、統率の取れた編隊だった。
その群れの中に——小さな一羽が混じっていた。まだ羽毛が生えそろっていない。懸命に翼を動かしながら、大人たちについてくる。大きな赤い目が、さくやをじっと見つめていた。
「……あの子や」さくやが目を細めた。
先頭を飛ぶ大きなコンドルが、ゆっくりと降りてきた。体を低くする。乗れという合図だ。全員が乗り込んだ。5人ずつ、数羽に分かれる。羽毛は柔らかく、温かい。
「行くで」
コンドルたちが翼を広げた。上昇気流に乗って、ぐんぐんと高度が上がっていく。渓谷の壁が、下へ下へと遠ざかっていく。
「うわああああ!」エレナが歓声を上げる。ユーリが笑った。ラーシュは少し緊張した面持ちで、コンドルの羽毛をしっかりと握りしめている。「ラーシュ、怖いんか?」「……怖くない」「顔が怖いって言うてる」「黙れ」
時々、風にあおられてバランスを崩し、誰かが落ちかけることがあった。しかしその度に、護衛のコンドルが素早く飛来し、空中でキャッチした。「す、すごい連携や……」「コンドル、人を運ぶのに慣れてるみたいですね」エレナが測定装置を風に飛ばされそうになりながら確認した。
レイナが——落ちかけた。「きゃっ!」護衛のコンドルが素早くキャッチする。「ありがとうございます……」「レイナ、今日も何かに吹っ飛ばされとるな」「今日は風のせいです」「いつもそう言うな」
やがて——渓谷の全貌が見えてきた。
虹色の地層。青い湖。ナバホの村の小さな灯り。光鉱石の岩山が、朝日を浴びて青白く輝いている。
その時——下を見ると、コヨーテの群れが渓谷の縁を沿って走っていた。百頭以上が、コンドルを追いかけるように駆けている。リーダーが上を見上げて、一声吠えた。「アオーン!」
「あいつら……見送りに来てる」ユーリが笑った。「チュール一本で、あれだけの仲間ができたな」ラーシュが呟く。「チュールはすごいわ」さくやが笑った。「うちのポケットに入ってたあの一本が、ここまで繋がるとは思わんかったわ」
雛コンドルが隣を飛んでいる。小さな翼を懸命に動かして、ついてくる。さくやが手を伸ばすと、雛が嘴でそっと触れた。「大きくなったな……また来るからな」雛が小さく鳴いた。
「……綺麗やな」さくやが呟いた。風が髪をなびかせる。「ほんまに、来て良かった」リスがさくやの肩でぎゅっとしがみついている。「チチチッ」「そやな」さくやが笑った。「うちもそう思う」
■ 拠点へ——慰労の宴
拠点が見えてきた。
光鉱石運搬用の巨大飛行船団が整然と並んでいる。マケダとサムライたちが、拠点をさらに拡充している最中だった。木材が運ばれ、建物が増築され、倉庫が新設されている。人々が行き交い、活気に満ちていた。
コンドルが着地すると、マケダが手を振りながら駆け寄ってきた。「さくや!無事だったんだね!」「ただいま、マケダ」「どんな探検だったのか、今晩は聞かせてよ!」「そうだね。ナバホっていう、マケダみたいな暮らしをしている小さきものと出会ったよ」マケダの目が輝いた。「本当に?それは会ってみたいな」「村の場所は教えておいたから、今度訪ねてみるといいよ」
その夜の慰労会は、大いに盛り上がった。
300本の弓が放つ光の奔流の話に皆が驚き、コンドルでの空の旅に興奮し、レッドとモーガンの登場に笑った。「チュール一本で百頭のコヨーテを落とした話」では、全員が腹を抱えて笑った。「チュール、今度から武器として携帯すべきでは?」エレナが真面目な顔で言った。「やめてくれ」ラーシュが額に手を当てた。「モーガンの張り手一発で300人が大人しくなった話」では、全員が静かになった。「……あれは怖かった」ユーリが呟いた。「うちも」さくやが頷いた。
料理が次々と並び、酒が注がれ、歌が歌われた。ジュウベェも剣を披露し、喝采を浴びた。久しぶりの、心から楽しめる夜だった。
■ 次なる旅路へ
翌日の昼間、鉱石を積んだ飛行船が空を横切るのが見えた。光鉱石の運搬作業は順調に進んでいるようだ。あの青白く輝く岩山が、少しずつ削られ、運ばれていく。
さくやは仲間たちを集めた。「最後の光鉱石の場所へ向かうよ」
マケダが羊皮紙の地図を差し出した。「うん、いってらっしゃい。これ、師匠が作った地図。広大なジャングルを流れる川の上流みたいだよ」
地図には、緑に覆われた広大な土地と、その中を蛇行する大河が描かれていた。所々に滝や湖のマークがあり、未踏の地であることが伺える。
さくやは地図を受け取り、ラーシュとユーリを見た。二人とも、すでに活き活きとした表情をしている。ユーリは新たな動物たちとの出会いを楽しみにしているようだし、ラーシュは次なる挑戦への期待で目を輝かせていた。
「じゃあ、行こうか」
さくや一行を乗せた飛行船が、ゆっくりと浮上した。拠点が小さくなり、マケダたちの姿が点のようになり、やがて地平線へと消えていく。
前方には、見渡す限りの緑の海が広がっていた。
「次はジャングルか」さくやが地図を眺めながら呟く。「どんな動物がいるんやろな」「ユーリが全部仲間にするんじゃないですか?」エレナが笑う。「チュールを補充しておかないとな」ユーリが真顔で言った。「それ、本気で言うてるんか」さくやが笑った。
リスがさくやの肩の上で、小さく鳴いた。「チチチッ」「そやな。次も面白い旅になりそうやで」
新たな冒険が、始まろうとしていた。
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