■第227話 渓谷の光編 光鉱石の岩山
青白く輝く岩山が、旅の答えを告げた。
村に戻れば、狂気の銃乱射が待っていた。
三百の想いが放たれ、世界が白く染まった。
■ 光鉱石の岩山へ
一週間が過ぎ、傷も癒えた一行は、ナバホの案内で岩山へと向かった。
村を出ると、いくつもの洞窟が複雑に繋がった道が続く。その一つを抜けると、切り立った渓谷の狭間に出た。岩肌が迫る細い道を、ナバホは慣れた足取りで進んでいく。さくやたちはその背中を追った。
「よう知っとるな、この道」さくやが言う。「生まれた時からここにいる」ナバホが答えた。「迷ったことは一度もない」
洞窟自体は短かったが、渓谷は思いのほか長く続いた。夕暮れが近づき、一行は岩陰でキャンプを張ることにした。焚き火を囲み、ナバホが淹れてくれた薬草茶を飲みながら、星空を見上げる。都会では決して見ることのできない、無数の星が瞬いていた。
「綺麗やな……」さくやが呟く。「毎晩こんな星空見てるんか、ナバホは」「ああ」「それだけは、ブレイドにも奪えへんかったな」ナバホが少し笑った。「そうだな」
■ 到着——青白い輝き
翌日、岩山に到着した。
巨大な岩山が、朝日を浴びて青白く輝いていた。まるで月光を凝縮したような、神秘的な光だ。岩肌のあちこちから、青白い光が滲み出ている。近づくほどに、その光が体に染み込んでくるような感覚がある。
「……綺麗やな」さくやが息を呑んだ。「こんなもんがこの渓谷の底にあったんか」
エレナが探知機を取り出し、岩山に向けた。ピピピ……数値が跳ね上がる。「……98パーセント、光鉱石と判断されます」エレナの声が、少し震えていた。
全員が顔を見合わせた。ラーシュが目を細める。ユーリが静かに頷く。レイナが手を合わせる。「ありがとうございます……」
「やった……」さくやが拳を握った。「やっと、見つけた」
岩山の周囲は意外なほど広いスペースが広がっていた。飛行船が数隻は着陸できそうだ。だがここまで船で来るのは地形的に不可能だろう。飛行船で一定数を運搬し、拠点から大型飛行船で本格的に運ぶ——それが現実的な方法だと思えた。
さくやが無線機を取り出した。「マケダ、聞こえるか?見つけたで。光鉱石や」しばらくして、明るい声が返ってきた。『了解!発掘準備ができ次第、そっちに向かうよ』
「ナバホ、ありがとうな」さくやがナバホを見た。「あなたたちのおかげや」ナバホが静かに頷いた。「……私たちの岩山が、役に立てるなら」それだけ言って、来た道を引き返していった。
■ マケダたちの到着
翌日、轟音とともにマケダの飛行船が降りてきた。
「こんな場所にあるなんて想像もできないね!」マケダが岩山を見上げて感嘆の声を上げる。「師匠が大型飛行船団を送るって言ってたよ。まずはこの飛行船で往復することになりそうだ」
マケダの後ろから、見慣れた人影が現れた。ジュウベェだ。「ブレイドという銃を使う一行が敵でござるな。心得た」ジュウベェは刀の柄に手を置き、静かに頷いた。
「飛行船のある拠点まで一度送ろうか?」マケダが提案したが、さくやは首を横に振った。「いや、ナバホの村に世話になってるから、一度戻るわ。発掘中に来ると思う。面白い占い師なんや」「そっか。じゃあ帰りはここに来てよ」「いや、コンドルに乗って帰ろうと思てる。あの雛、覚えとるかな」「コンドルに乗るの!?」「渓谷を降りる時に雛を助けたんや。まだ小さいけど、親コンドルが来てくれるかもしれへん」「さくやらしいね!」マケダが笑いながら手を振った。
さくや一行は、ナバホの村へと戻った。
■ 静まり返った村
しかし——村の様子がおかしかった。
いつもなら話し声や動物の鳴き声が聞こえるはずなのに、静まり返っている。不気味なほどの静寂だった。ピューマも、コヨーテも、リスも——どこにもいない。
「……嫌な感じがする」ラーシュが低く言った。武器に手をかける。全員が自然と足を止めた。
その時、人影が現れた。
西部劇から抜け出してきたようなガンマンたちだ。つばの広い帽子、革のベスト、腰には無数の弾帯。両手には高性能の銃。同じ顔が、何人も、何十人も——ブレイドだ。
「ナバホは?」さくやが静かに問う。
ブレイドが冷たく笑った。「さあな」
次の瞬間——一斉に銃口が向いた。
■ 狂気の銃乱射
銃声が、渓谷全体に響き渡った。
一発、二発——ではない。無数の銃口が、同時に火を噴いた。狂気じみた連射だ。村の建物に穴が開く。岩が砕ける。土煙が舞い上がる。耳が痛い。地面が弾丸で削られていく。
「伏せろ!!」ラーシュが叫びながら盾を広げた。弾丸が盾に当たる。キンキンキン——金属音が連続する。腕がじんじんと痺れる。それでも盾を下ろさない。「ユーリ、右から回り込め!」「分かった!」ユーリが岩陰から矢を放つ。一人倒れる。だが——すぐに同じ顔が現れる。また撃ってくる。「どこまでいるんだ……!」
レイナが集会場の中央に駆け込んだ。膝をつき、手を合わせる。弾丸が壁を貫通して、すぐ横の柱に刺さった。それでも目を閉じて、ただ祈り続ける。「どうか……どうか……みんなが無事でありますように……」
「さくや!」エレナが無線機を掴んだ。「ナバホを探して!私が経路を指示する!」「頼む!」さくやが走り出した。
「今から2秒後に左の岩陰へ!」「了解!」さくやが飛び込む。弾丸が、さくやがいた場所の地面を削った。「次——右前方の建物の陰!今!」「はいっ!」さくやが転がりながら建物の陰に張り付く。「止まれ!3秒待って!」「……っ」さくやが息を殺す。弾丸が頭上を通過する。「今や、走れ!」「走るわ!!」
「ナバホ!どこや!!」さくやが叫びながら走る。銃声がうるさすぎて声が届かない。建物の陰を転がりながら進む。弾丸が壁に次々と穴を開ける。さくやたちが苦労して作った道路に、無数の弾痕が刻まれていく。「あの道路、うちらが作ったんやぞ……!」さくやが歯を食いしばった。
「さくや、次——左の倉庫の裏へ迂回して!」「了解!」「そこで一度止まって!」さくやが倉庫の裏に滑り込む。壁に背中をつけて、息を整える。
その時——かすかに聞こえた。
扉を叩く音。くぐもった声。
「……ナバホ!?」「こっちだ!」
「エレナ、見つけた!倉庫や!」「了解!ラーシュ、ユーリ、さくやの援護を!」
■ 倉庫へ
さくやが扉に体当たりした。頑丈だ。もう一度。蹴る。「くっ……!」三度目——扉が吹き飛んだ。
中には300人のナバホたちが縛られていた。
「遅かったな」ナバホが憎まれ口を叩きながら、どこか安堵した表情を浮かべた。「ごめんごめん!」さくやが縄を解きながら叫んだ。「探すの大変やったわ!弾丸避けながら村中走るの、しんどいねん!」「……ご苦労だった」「そこは素直に言うてくれるんやな」さくやが苦笑した。
縄を解くと、ナバホは仲間たちに合図した。
■ ピューマ、来る
その頃——村の外で、地面が揺れ始めていた。
ドドドド……
規則的な振動が、大地の底から伝わってくる。ブレイドたちが足元を見た。小石が跳ねている。銃声の合間に——確かに聞こえる。何かが、来る。
「……何だ?」ブレイドの一人が呟いた。
次の瞬間——村の入口の壁が、ぶち破られた。
7mの巨体が、村に飛び込んできた。
「グオオオオオオオオッ!!!!」
咆哮。衝撃波が走る。土煙が舞い上がる。ブレイドたちが吹き飛ぶ。銃が地面に落ちる。さくやの髪が嵐のようになびく。「ちょ、また息くっさ!!」
レイナが——また吹っ飛んだ。集会場の壁に背中から激突する。「またですか!!」「レイナ、大丈夫か!?」「……祈りは、続けています」「さすがやな!!」
ピューマが村の中央に立った。金色の目が、ブレイドたちを見渡す。地面を一歩踏みしめるたびに、岩盤に爪の跡が刻まれる。
ブレイドたちが、銃を向けた。撃つ。弾丸がピューマの体毛を掠める。だが——ピューマは動じない。7mの巨体に、銃弾など蚊に刺された程度だ。
「効かない……!」「撃て!撃ち続けろ!」ブレイドたちが狂ったように撃ち続ける。だが、ピューマはゆっくりと前に進む。その存在感だけで、ブレイドたちの隊列が崩れていく。蜘蛛の子を散らすように、逃げ出すブレイドが出始めた。
■ 三百の想い——光の奔流
300人が一斉に外へ出た。それぞれが、背丈をも超える巨大な弓を手にしていた。
木材は古く、幾重もの傷跡が刻まれている。代々受け継がれてきた証だ。弦は獣の腱で編まれ、銀色の光を放っていた。弓の両端には、鳥と獣の彫刻が施されている。この地で命を落とした仲間たちの魂が宿っているのだという。
「こんな弓……持っとったんか」さくやが息を呑んだ。
300本の弓が、一斉に天を向いた。
ナバホが低く、祈るように唱えた。「この地に眠る仲間の想いを——」
周囲の空気が変わった。風が止み、静寂が訪れる。銃声すら、止まった。300人が一斉に弦を引き絞ると——300本の弓すべてが青白く発光し始めた。それは光鉱石の輝きに似ていた。弦が震え、空気そのものが振動する。村全体が、巨大な祭壇のように光に包まれた。
矢が番えられる。矢尻は光鉱石で削り出されたものだ。300本の矢すべてが、呼吸するように脈動していた。
「届けよ」
300本の矢が一斉に放たれた瞬間——世界が白く染まった。
300本の矢は空中で収束し、巨大な光の奔流となった。見た者には、まるで霊獣が駆け抜けたように見えたかもしれない。だが実際は——300人の想いが、ただ一点に収束した瞬間だった。地を這い、風を裂き、すべてを押し流すように。
バラバラと、人形のように倒れていくブレイドたち。
■ 宴——光鉱石のブレスレット
静寂が戻った村で、ナバホは静かに弓を下ろした。「……礼を言う」いつもの飄々とした調子はなく、真摯な響きがあった。さくやが頷いた。「お互い様や」
夕日が村を赤く染めていた。
その夜——ナバホが宴を開いた。
長い間、満月の夜は恐怖の夜だった。だが今夜は違う。焚き火が村の中央で高く燃え上がる。歌声が渓谷に響く。踊りが始まる。ピューマが中央で静かに座っている。リスがその鼻の上で丸まっている。コヨーテたちが村の周りをうろうろしている。
「こんな夜……何年ぶりだろう」ナバホが静かに笑う。「祝祭の夜や」さくやが笑った。「ほんまの意味での、な」
宴の最中、ナバホが立ち上がった。手に、小さな袋をいくつも持っている。「受け取ってくれ」袋を一つひとつ、さくやたちに手渡していく。50個——一行全員の分だ。
袋を開けると、中からブレスレットが出てきた。
細く編んだ革紐に、小さな石がついている。青白く、柔らかく光っている——光鉱石だ。そしてその石には、小さな顔が彫られていた。金色の目。鋭い牙。力強い表情——ピューマだ。
「これ……光鉱石やん」さくやが息を呑んだ。「身につけてええんか?」「あなたたちが来てくれたから、私たちは笑えた」ナバホが静かに言った。「受け取ってくれ」
全員が、ブレスレットを手首に通した。青白い光が、焚き火の光と混ざり合う。
「ピューマの顔……可愛いですわ」レイナが微笑む。「可愛いて言うたら本人怒るで」さくやが苦笑した。ピューマが鼻を鳴らした。「ほら、怒った」「怒ってない。鼻が痒かっただけだ——と言いたそうやな」ユーリが笑った。「なあピューマ、似てるか?」ピューマがブレスレットをじっと見つめた。そして——鼻を近づけて、じっくりと嗅いだ。「気に入っとるやん!」「ナルシストやったんや、ピューマ」さくやが腹を抱えて笑った。
ナバホが涙ぐんでいた。「この村に……ピューマの像がつく日が来るとは」「恐怖の象徴が——守り神になった」
■ レイナ、石像を彫る
宴はさらに続いた。
歌が響く。踊りが続く。さくやとラーシュが踊りに加わり、ユーリがナバホと酒を酌み交わし、エレナが村人と測定装置を使って遊んでいる。
ふと——レイナの姿が見えないことに気づいた。
「レイナ、踊らへんの?」さくやが探すと、レイナは村の隅でコツコツと何かを彫っていた。石ノミと石を手に、黙々と。祈るような表情で。
「何してるん?」「少し待ってください……」「何を……」「……できました」
レイナが振り返った。
その後ろに——7mのピューマの石像が立っていた。
「いつの間に!?」「宴の間に彫りました」「宴の間に7mの石像!?」「祈りを込めて」「それ、祈りちゃう。もはや職人や」
石像は驚くほど精巧だった。金色の目。鋭い牙。力強い筋肉。本物のピューマを見ながら彫ったのだから当然かもしれないが——それにしても、宴の間にこの大きさを彫り上げるとは。
ピューマが石像を見た。じっと見つめる。首を傾げる。また見つめる。そして——石像に頭を擦り付けた。
「気に入っとるやん!」「ナルシストやったんや、やっぱり!」さくやが笑い転げた。
ナバホが石像を見上げて、目を潤ませた。「この村に……ピューマの守り神が立った」「恐怖が——守護になった日だ」
焚き火が高く燃える。歌声が渓谷に響く。星空が、村全体を優しく包んでいた。
「なあ、ナバホ」さくやが焚き火を見つめながら言った。「あの弓、ずっと持っとったんやな」「ああ」「なんで今まで使わんかったんや」ナバホが少し間を置いた。「……一人では、撃てない。300人の想いが揃って、初めて放てる」
さくやが空を見上げた。光鉱石のブレスレットが、焚き火の光を受けて青白く輝いている。「ほんまに……不思議な場所やな、ここは」
宴は、夜が明けるまで続いた。
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