■第225話 渓谷の光編 満月の夜
30cmと7mの、あり得ない対峙。
土木の知恵が大地を穿ち、チュールが孤独を溶かした。
恐怖は絆に変わり、新しい朝が来た。
■ ピューマの巣——光鉱石の真実
「ピューマの巣は、この村から3日もかからない」ナバホが静かに言った。「ブレイドが探索している場所とは、方向が違う」
「そこに光鉱石があるんか?」さくやが身を乗り出す。
「ああ。大勢のナバホがいた頃——ピューマ討伐のために巣を突き止めたことがある。巨大な穴に住んでいた。だが……」ナバホの目が遠くを見つめる。「その岩山自体が、光り輝いていた。青白く、美しく……まるで星のように」
「それが光鉱石や……」エレナが呟く。
さくやが地図を広げる。「どっち方向や?」ナバホが指差す。確かにブレイドの探索範囲とは逆だ。「ピューマを仲間にできれば、光鉱石にも近づける」「仲間に?」ナバホが目を丸くする。「殺すんやなくて、仲間にする」さくやが笑った。
「コヨーテも、コンドルも、リスも——みんな仲間になった」ユーリが静かに言う。「ピューマも、きっと」ナバホが、じっとユーリを見つめた。「あなたは……獣の友……伝説にある者だ」ユーリが苦笑した。「そんな大層なもんやないけど……動物の気持ちが、なんとなく分かる気がするんや」
■ まず、現物確認
「作戦を立てる前に、まず現物を見ておく必要がある」さくやが言った。「ピューマが来る場所、確認しに行くで」
夜。満月ではないが、月明かりは十分にある。さくやたち全員とナバホが、ピューマの通り道とされる場所に身を潜めた。岩陰に隠れて、息を潜める。
しばらくして——
地面が揺れた。
「……地震か?」ユーリが周囲を見回す。「いや……」ラーシュが低く言った。「足音だ」
ドドドド……ドドドド……
規則的な振動が、大地から伝わってくる。岩陰の小石が、ぴょんぴょんと跳ね始めた。
そして——現れた。
「…………」
全員が、声を失った。
7メートルの巨大ピューマ。月明かりに照らされて、その全貌が目に入る。頭だけで、さくやたちの全身より大きい。足の一本一本が、丸太のように太い。岩盤を踏みしめるたびに、地面にくっきりと爪の跡が刻まれる。金色の目が、暗闇の中でぼんやりと光っていた。
「……でかい」
ラーシュが、珍しく声を詰まらせた。
その時——ピューマが立ち止まった。鼻をひくひくさせる。何かの気配を感じたのか。そして——
口を開けた。
「グオオオオオオオオッ!!!!」
咆哮。
それは音ではなかった。衝撃波だった。空気が震える。岩が揺れる。木の葉が嵐のように舞い上がる。
「きゃあっ!!」
レイナが、文字通り吹っ飛んだ。数メートル後方の茂みに、頭から突っ込む。「ぶぽっ」という音がした。
さくやの髪が、嵐のように後ろになびく。「ちょ、息くっさ!!」ラーシュが岩にしがみついて、何とか踏ん張っている。ユーリが木の幹に抱きついた。
しばらくして、ピューマが去っていった。ドドドド……足音が遠ざかる。地面の振動が収まる。
全員が、ぼうっとしたまま、その場に立ち尽くしていた。
茂みからレイナが這い出てくる。頭に葉っぱが刺さっている。「……さくやさん」「なんや」「これ……どうやって捕獲しますの……」「そうですね……おほほ……」さくやが引きつった笑いを浮かべた。
エレナが測定装置を確認している。「ちなみに……現状の捕獲確率は——驚異の0.001%です」「言うな」ラーシュが額に手を当てた。
ユーリだけが、ピューマが去った方向をじっと見つめていた。「……でも、やるしかない」
全員が、ユーリを見た。
「そうやな」さくやが深呼吸した。「うちの設計、信じてや。絶対に捕まえる」
■ さくや、地形を読む
翌朝。さくやが一人、ピューマの通り道を歩き回っていた。
昨夜の爪痕が、岩盤に深々と刻まれている。さくやがその深さを測る。「……5cmは入ってる。岩盤に、やで」呟きながらメモを取る。足跡の間隔を測る。歩幅から体重を推定する。通り道の地形を読む。どこが狭くなっているか。どこに岩盤が露出しているか。水はけはどうか。
「エレナ、この辺の岩盤の硬さ、測れるか?」「花崗岩に近いですね。かなり硬い」「ケミカルアンカー、効くな」さくやが頷く。「ラーシュ、あの崖の幅、測ってくれるか?」「ああ」
さくやが地面に設計図を描き始めた。
「ピューマの動線はここや」さくやが指差す。「毎回同じルートで村に来てる——ナバホに確認した。ここは渓谷の壁が自然にすぼまってる。これを利用する」
「じょうご状の誘導通路を作る。岩と丸太で壁を作って、ピューマを誘導する。出口は——落とし穴や」「落とし穴の深さは?」「15mは要る」全員が黙った。「バックホウもない、クレーンもない、セメントもない。あるのは岩と木とロープと——」さくやが全員を見回した。「ナバホ300人の手や」
ナバホが静かに頷いた。「私たちも、手伝う」
■ 1週間の突貫工事
工事が始まった。
まず、じょうご状の誘導通路の壁から着工した。
「丸太を縦に並べて壁を作る。でも丸太だけやと7mのピューマに体当たりされたら一発で終わりや」さくやが説明する。「岩盤に穴を掘って、丸太を深く打ち込む。その隙間に岩を詰める。石積みは目地をずらすんや——そうしないと縦に割れる」
電動ドリルが岩盤に孔を穿つ。轟音が渓谷に響く。孔に楔を打ち込み、割れた岩を除去する。ナバホたちが農具で土を掘り、ラーシュたちが丸太を運ぶ。蔓を編んでロープを補強する。隙間に土と蔓を押し込んで固める。
「もっと深く打ち込め!ピューマが体当たりしても壊れへんように!」さくやが叫ぶ。
三日後、じょうご状の通路が完成した。入口は幅20m。出口に向かって徐々に狭まり、最終的に幅4mまで絞り込まれる。
「次は落とし穴や」
さくやが穴を掘る場所を決めた。出口の先、ピューマが自然に踏み込む位置だ。「深さ15m。ピューマが落ちても這い上がれない深さや」
問題は、どうやって掘るかだ。
「まず電動ドリルで岩盤に孔を格子状に開ける。30cm間隔で。そこに楔を打ち込んで割る。割れた岩を取り出す——これを繰り返す」「取り出した岩は?」「滑車を使う」
ラーシュたちが丸太で三脚を組んだ。頂点に滑車を取り付け、蔓で編んだバスケットを吊るす。穴の底で割った岩をバスケットに詰め、上から引き上げる。ナバホたちが交代でロープを引く。昼も夜も関係ない。
「湧き水が出た!」「排水路を掘れ。竹を割って土管にするんや」さくやが即座に指示を出す。
五日後、深さ15mの穴が完成した。
「次が一番の難所や」さくやが穴の底を見下ろした。
ロープを伝って穴の底に降りる。四隅に溝を掘る。7mのピューマが落ちた時に四肢がはまる位置を計算して、慎重に形を整える。「肩幅から逆算すると……前足の間隔はここやな」さくやが測定しながら溝の位置を決めていく。
溝の底にケミカルアンカーを打ち込む。金属プレートを固定する。太いロープを通し、穴の上まで引き上げる。「落ちた瞬間、このロープを一斉に引っ張る。足が溝にはまって、プレートで固定される仕組みや」
「タイミングが全てや。練習するで」全員で何度も引っ張りの練習をした。「せーの!」「もっと速く!暴れる前に固定せなあかん!」「せーの!」
六日目の夜、さくやが穴の底から這い上がってきた。泥だらけだ。全身から湯気が出ている。「完成や」それだけ言って、その場に倒れ込んだ。「寝とき」ラーシュが毛布をかけた。リスが隣に丸まる。「チチチ……」
ナバホが、その様子を静かに見つめていた。「あなたたちは……本当に不思議な者たちだ」
■ チュール——伝家の宝刀、300本分
「エレナ」さくやが七日目の朝に言った。「チュールの成分、分析できるか?」「できます」「大量に作る。ナバホの食材で」
エレナが成分を分析し、ナバホの食材と照合する。「魚の旨味成分……発酵した豆……トウモロコシの甘み……組み合わせれば、近いものができます」
全員で調理にかかる。煮て、潰して、混ぜて、絞る。独特の匂いが漂う。コヨーテのリーダーに試すと——目がハートになった。「よっしゃ!」
「7mのピューマに効く量は……」エレナが計算する。「体重から換算すると……チュール換算で約300本分相当が必要です」「300本!?」「作るしかないな」さくやが腕まくりをした。「コヨーテの時は一本で百頭落とした。今回は300本で一頭や。割に合わへんな」「言ってる場合じゃない」ラーシュが苦笑した。
ナバホ300人総出で、チュールを大量製造した。
■ 満月の夜——罠の発動
そして——満月の夜が来た。
月が昇る。岸壁が月光を反射し始める。村全体が——まるで昼間のように明るくなっていく。「……綺麗だな」ラーシュが呟く。「こんな夜なら、確かに祝祭をしたくなる」
全員が持ち場についた。誘導通路の入口にチュールを置く。風上から匂いが流れるように計算した位置だ。
遠くから、地響きが聞こえてくる。ドドドド……小石が跳ね始めた。「来るぞ」
茂みが割れた。現れた瞬間——全員が息を呑む。昨夜見たはずなのに、また驚く。何度見ても慣れない。7mの巨体が、月明かりに照らされて迫ってくる。
ピューマが鼻をひくひくさせる。チュールの匂いだ。首をもたげ、匂いの方向を探る。
「来てる……焦るな。通路に完全に入るまで待て」さくやが小声で言う。
ピューマが誘導通路に入った。左右の壁を不思議そうに見る。だが——チュールの匂いが強くなる。足が進む。通路が徐々に狭まる。
一歩、また一歩。
そして——
ドスン!!
前足が落とし穴に落ちた瞬間——「今だ!!」
全員が一斉にロープを引っ張る。ズダン!!ケミカルアンカーが岩盤に食い込む。金属プレートが固定される。四肢が溝にはまり、ロープで固定された。
「グオオオオオオオオッ!!!!」
咆哮。また衝撃波が来た。レイナが再び吹っ飛ぶ。「またですか!!」茂みに突っ込む音がした。さくやの髪が嵐のようになびく。「ちょ、また息くっさ!!」ラーシュが岩にしがみつく。
だが——四肢は固定されている。身動きが取れない。
「固定できた!」さくやが叫ぶ。「土木なめんなよ、ピューマ!」
「捕獲確率——現在62%に上昇しました!」エレナが叫ぶ。「さっきの0.001%からずいぶん上がったな」ラーシュが苦笑した。
■ ユーリが降りる
「ユーリ、行けるか?」さくやが尋ねる。
「行く」ユーリが穴の縁に近づいた。15mの穴の底で、7mのピューマが身動きできずにいる。暴れるたびに地面が揺れる。
「怖くないのか?」ラーシュが言う。「怖い」ユーリが素直に答えた。「でも——行く」
ロープを伝って、ゆっくりと降りていく。ピューマが唸る。「グルル……」金色の目が、ユーリを捉えた。30cmのユーリから見れば、その目玉だけで自分の体より大きい。
降り立った。ピューマの顔の前、わずか数メートル。息だけで吹っ飛びそうだ。
「……大量チュール、持ってきた」
ユーリがチュールを差し出した。ピューマが鼻をひくひくさせる。警戒しながら——舌を伸ばした。
舐めた瞬間——金色の目が、わずかに緩んだ。
「……効いてる」ユーリが息を吐く。
もう一度差し出す。また舐める。唸り声が、少し小さくなった。ユーリがそっと手を伸ばした。ピューマの鼻先に触れる。ピューマが身をすくめる——だが、噛まない。
「怖かったんだな……」ユーリが静かに言った。「ずっと一人で、この渓谷に。だから満月の夜に村に来てた。仲間を探してた」
ピューマが、じっとユーリを見つめている。
「もう一人じゃない」
ユーリがもう一歩近づいた。ピューマの額に、そっと手を当てた。
静寂。
ピューマの体から、力が抜けていった。唸り声が止まる。荒かった呼吸が、ゆっくりと整っていく。
「……ロープを外してくれ」ユーリが上に向かって言った。「え!?」「大丈夫。信じて」
ラーシュが一瞬迷い——「外せ」
ロープが解かれた。四肢が自由になった。誰もが息を止めた。
ピューマが——ユーリの隣に座った。
それだけだった。穏やかな目で、静かに座っている。
上から見ていた全員が、言葉を失った。
「捕獲確率——100%に到達しました」エレナが静かに言った。誰も笑えなかった。感動しすぎて。
■ 帰還——新たな仲間
朝日が昇る頃、ユーリとピューマが村に戻ってきた。
ユーリがピューマの頭の上に立っている。30cmのユーリが、7mのピューマの頭の上に。その光景に、全員が息を呑んだ。
ピューマが村の中央に座った。ナバホたちが思わず後退る——だが、ピューマは何もしない。ただ静かに、座っている。
リスが恐る恐る近づく。「チチチッ?」ピューマがリスを見る。そして——鼻で、軽く触れる。リスがピューマの鼻に抱きつく。「チチチッ!」全員が笑った。
「さくや!」ユーリが叫ぶ。さくやが目をこすりながら起き上がった。「……ん?あ、帰ってきた。おかえり」「それだけか」「ユーリのことやから大丈夫やと思っとったわ」さくやが笑った。「……あと、土木の設計、完璧やったやろ?」「完璧だった」ユーリが笑った。「ありがとう」「ええって」さくやが照れくさそうに頭を掻いた。
「……孤独だったんだな」ラーシュが呟く。「ずっと一人で。だから明るい夜に村に来ていた。仲間を……探していた」
ナバホが占いの石を取り出した。投げる。パラパラ……石を見つめ——笑った。「石が正しかった。新しい力が、古い恐怖を打ち破った」
レイナが静かに涙を拭いた。頭にまだ葉っぱが刺さっている。「ありがとうございます……みんなが、無事で……」「レイナ、頭」「え?」「葉っぱ」「……また吹っ飛んでましたか」「二回な」さくやが笑った。
焚き火の光に照らされて——新しい朝が、始まろうとしていた。
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