■第224話 渓谷の光編 リトルナバホの村
洞窟の闇を抜けた先に、失われかけた村があった。
格子越しに始まった会話が、深夜には焚き火を囲む輪になっていた。
新しい力が、古い絶望を打ち破れるか。
■ 洞窟を抜けて——奇跡の景色
半日歩いて、前方に光が見えた。「外だ!」
洞窟を抜けた瞬間、全員が息を呑んだ。
360度を絶壁に囲まれた、巨大な窪地。まるで大地が深く息を吸い込んで、そのまま固まってしまったような場所だ。底には柔らかな光が満ちていて、思ったより明るい。細い川が銀色に光りながら流れ、その両岸に緑が広がっている。
そして——その緑の中に、村があった。
円錐形の住まいが、整然と並んでいる。木の骨組みに動物の皮を張ったティピー。頂上からは細い煙が立ち上り、青い空に溶けていく。村の周囲には小さな畑。トウモロコシの葉が、風にそっと揺れていた。
「……綺麗やな」さくやが呟いた。厳しい渓谷の底に、こんな場所があるとは思っていなかった。渓谷の虹色の地層、巨大な魚、コヨーテとの戦い——この旅で何度も驚かされてきたが、これは別格だった。
焚き火の匂い。獣皮を鞣す匂い。どこかから、低く静かな歌声が聞こえてくる。
「見たことない個体やな」さくやが呟く。「近づいてみるか」ラーシュが前を向いた。
■ 包囲——牢へ
村に近づくにつれ、歌声が止んだ。
羽飾りと民族衣装に身を包んだリトルたちが、こちらに気づき始める。浅黒い肌。色とりどりの羽飾り。胸には美しいビーズ細工。革の服には幾何学模様が丁寧に刺繍されている。質素だが、一つひとつに手間と誇りが宿っている。そういう暮らしだと、一目で分かった。
村人たちが立ち止まる。じっとこちらを見つめる。敵意ではなく——深い警戒だった。
その時——ガサッ。
音がした。一つではない。いくつも、同時に。岩陰から。木の陰から。畑の向こうから。気づいた時には、完全に包囲されていた。弓を構え、槍を手に、じっとこちらを見つめている。
村の中から、一人が前に出てきた。堂々とした足取り。頭には立派な羽飾り。顔には赤と白で描かれた紋様。「私はリトルナバホ!お前ら、何しにきた!」
「ラーシュ、ユーリ——動かんといて」さくやが素早く言った。「おとなしくしとき」
ラーシュが小さく頷く。ユーリも従う。全員が武器に手を伸ばさなかった。
武器が没収され、縄で縛られた。村の奥へ連行される。連れて行かれた先は、岩を掘って作った簡素な牢だった。格子の代わりに、太い丸太が並んでいる。
「ほな、ここで待つか」さくやが丸太に背中を預けて座った。「暴れたって意味ないしな」「敵じゃないのは、そのうち分かる」ラーシュが静かに言った。「分かってくれればええけどな」ユーリが苦笑した。
夜が来た。
■ 格子越しの会話
深夜に近い頃——足音が聞こえた。
一人のナバホが、牢の前に立っていた。武器は持っていない。ただ、じっとこちらを見ている。様子を見に来ただけ——そういう立ち方だった。
「なあ」さくやが声をかけた。「うちはさくや。よろしくな」
ナバホが少し驚いたような顔をした。沈黙。「怒ってるか?」さくやが続ける。「急に入ってきて、ごめんな。悪気はなかったんやけど」
「怒っていない。ただ……警戒している」「そらそうやな」さくやが笑った。「見知らぬやつが急に来たら、誰でもそうなるわ」
その笑顔に、ナバホが少し毒気を抜かれたようだった。「……何しにきた、本当に」「光る石を探しに来た。青白く光る石や」ナバホの目が、わずかに動いた。「なぜ」「うちらの暮らしを、もっと良くしたいんや。光鉱石があれば、できることが増える。小さきものがもっと豊かに生きられる」
ナバホが、その言葉を確かめるように繰り返した。「……暮らしを、豊かに」
しばらくして——別の足音が聞こえた。もう一人のナバホが、牢の前に立っている。最初のナバホと何か小声で話している。やがて、その一人も地面に座った。
また足音。また一人。気づけば五人になっていた。十人になっていた。
「なんか増えてきてるな」ユーリが小声で言う。「ええことやと思う」レイナが微笑んだ。
■ 深夜——焚き火を囲む輪
深夜になる頃には、牢の前に全員のナバホが集まっていた。
誰かが焚き火を起こした。炎が揺れる。その光の中で、格子を挟んで向かい合う二つの集団——でも、もう「囚人と看守」という雰囲気ではなかった。
話が、広がっていった。
さくやたちがこの渓谷に来るまでの話。飛行船で降り立った赤茶けた大地。コヨーテとチュール。巨木を全員で引きずった四日間。虹色の地層。3メートルの巨大魚。コンドルの雛。
ナバホたちが、身を乗り出して聞いている。時々、笑いが起きた。「チュール一本で百頭落としたんか」「ほんまやで。うちも信じられへんかったわ」
やがて——ナバホが、静かに話し始めた。
「私たちは……元々、1000人いた」
笑いが、止まった。
「この窪地で生まれ、この窪地で育った。渓谷の底で、ずっと暮らしてきた。水があり、光があり、作物が育つ。外の世界は知らないが、ここで十分だった」「だが——」ナバホが焚き火を見つめる。「今は、300人だけだ」
静寂が落ちた。
「様々な動物との戦いで、少しずつ仲間を失った。特に……巨大ピューマとの戦いで。月に一度、満月の夜に現れる。弓も槍も効かない。あの体に武器が刺さっても、止まらない」「次の満月まで、あと2週間……」
レイナが地面に棒でピューマを描き始めた。1.5メートル。「もっと」3メートル。「もっと」5メートル。「もっと!」レイナの手が震える。最終的に——体長7メートル超えの巨大ピューマの絵が、地面に広がった。
「うそやろ……」さくやが青ざめる。「怪物やん」「本当だ。あれが現れると——村が、また減る」
長い沈黙が続いた。焚き火だけが、パチパチと音を立てていた。
さくやが、ゆっくりと口を開いた。「……なあ」「なんだ」「そのピューマ、うちらが倒したるわ」
ナバホが、さくやを見た。「本当か」「本当や。300人がこれ以上減るのは、見てられへん」
ラーシュが頷く。「俺たちも戦う」ユーリも頷く。「準備しよう」エレナとレイナも、決意の表情を見せた。
ナバホが、長い間さくやたちを見つめた。それから——立ち上がり、牢の扉を開けた。無言で。
「……ありがとう」さくやが呟く。ナバホが小さく頷いた。「こちらこそ」
■ 夜明け——そして影
焚き火が静かに燃えている。空が、少しずつ白み始めていた。
ナバホが空を見上げる。月が、少しずつ満ちてきていた。「あと2週間……」
レイナが静かに手を合わせる。焚き火の光に照らされた横顔は、真剣だった。「どうか……みんなが無事でありますように」
その頃——渓谷の上では。
ブレイドたちが、洞窟の入口を発見していた。
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