■第223話 渓谷の光編 虹色の渓谷と奇跡の巨大魚
七色の地層が時間の深さを語り、巨大魚が絶望を覆す。
船を作り、釣りをして、美味い魚を食う。
光鉱石よりも先に、命をつないだ。
■ 虹色の渓谷
川沿いを歩き始めて数時間。景色が、変わり始めた。
「……何だ、あれ」ラーシュが立ち止まる。
渓谷の壁が——虹色に輝いていた。赤、橙、黄、緑、青、藍、紫。七色の地層が幾重にも重なり、太陽の光を受けてステンドグラスのように輝いている。地球の歴史が、そのまま壁になったような光景だった。
「綺麗や……」さくやが息を呑んだ。
「何千年、何万年もかけて堆積した地層が侵食で露出してるんです」エレナが岩壁に手を当てながら言う。「それぞれの色が、異なる時代の地質を表してる」
「つまり、時間が見えるってことか」ユーリが静かに言った。誰も返事をしなかった。全員がしばらく、ただ壁を見つめていた。
レイナが探知機を近づける。ピッ……反応は、ほとんどゼロだ。「光鉱石じゃないみたいです」「残念やなぁ。でも綺麗やから写真撮っとこ。こんなもん、言葉じゃ伝わらへん」
リスがさくやの肩から岩壁に飛び移り、虹色の層をちょんちょんと触っている。「チチチッ」「リスも気に入ったみたいやな。趣味ええやん」
さらに進むと、今度は岩壁全体が石英の結晶で輝いていた。「光鉱石と違うのに、こんなに輝くものがあるんやな」さくやが呟く。「この渓谷、まだ何を隠してるんだろうな」ユーリが前を向いた。
■ 腹減った。船作ろ。
渓谷を下るにつれ、景色は単調になっていった。虹色の地層は消え、灰色の岩壁が続く。足元は岩と砂ばかりだ。
「……お腹空いたなぁ」 「食料、今夜の分だけです」 「この先に湖がある」 「魚、おるかもな」 「歩いてたら時間かかりすぎるな」 「船いるな」 「作るか」 「作ろう」
——二日後、船が完成していた。
長さ15メートル、幅4メートル。両側には釣り竿を固定する仕掛け付き。「移動しながら釣りもできる。一石二鳥や」さくやが胸を張った。「天才か」「天才や」
「本当に作っちゃったよ……」ユーリが呆れながら笑う。「とにかく何でも作ってしまうな、うちら」「生きるためやもん」さくやが笑った。「それだけや」
■ 奇跡の釣果
川の流れに乗って、船が静かに進み始めた。オールをほとんど使わなくていい。流れに任せるだけで、景色がゆっくりと後ろへ流れていく。
「楽やな……」さくやが空を見上げながら言った。久しぶりに、足が休まっている。
釣り竿に餌を付け、糸を垂らす。あとは待つだけだ。川のせせらぎ。風の音。50人分の静けさが、渓谷に広がった。
しばらくして——グイッ!!
突然、エレナの竿が激しく引かれた。「きゃっ!」竿がしなる。糸がピシッ、ピシッと悲鳴を上げる。非力なエレナの体が、竿ごと川に引きずられそうだ。「引きが強い!支えられない!」
その瞬間、レイナの竿も激しく引かれた。「私も!!」「助けて!!」
「任せろ!」ラーシュが即座にエレナの竿を掴む。ユーリがレイナの竿を掴む。「せーの!」二人が力を込める。だが——「くっ……重い!」ラーシュの顔が歪んだ。ラーシュが、だ。
水面下に、巨大な影が二つ揺れていた。
「何や……めっちゃでかい影が……」さくやが水面を覗き込む。バシャッ!!巨大な尾びれが水面を叩く。水しぶきが顔にかかった。「うそやろ……」
「うちも手伝うで!」さくやが竿に飛びつく。他のメンバーも加わる。魚が潜る——竿がギリギリまで曲がる。魚が浮上——船が引っ張られる。「逆に船が動いてる!?」「引っ張れ!せーの!!」
ドバシャアアアッ!!
水しぶきが舞い上がり、全員を濡らす。船の上に——巨大な魚が二匹、跳ね上がった。
体長3メートル超え。銀色の鱗が虹色に光っている。まるで渓谷の地層を映したようだ。鋭い歯、力強い筋肉質の体、扇状の美しい尾びれ。カジキとサーモンを足して二で割ったような姿が、船の上でバタバタと暴れる。
やがて動きが止まった。全員が呆然と魚を見つめる。
「……こんなん初めて見たわ」さくやが呟く。「この渓谷、魚までおかしいな」ユーリが苦笑する。「でもこれ——」さくやが顔を上げた。「すごい量の食料やで」
全員の顔が、一斉に明るくなった。
■ 感動の晩餐
船を岸に寄せ、焚き火を起こして巨大魚を捌く。
「……ほんまに食べれるんかな」「毒はなさそうです」「なさそう、って……」「食べるしかない。他に食料がない」ラーシュが決然と言った。
じゅうううう……いい匂いが漂ってくる。空腹の体に、じわじわと沁みてくる匂いだ。「めっちゃええ匂いしてきたで……」リスがさくやの肩の上で鼻をヒクヒクさせている。「チチチッ」「リスも我慢できてへんやん」
ラーシュが一口食べた。全員が固唾を呑んで見守る。
ラーシュの目が——見開いた。
「……うまい!!」
それだけで十分だった。全員が一斉に食べ始める。
「うっま!!」「何これ!?」「めっちゃ美味い!!」さくやが目を輝かせる。「今まで食べた魚の中で一番や!!」「柔らかくて脂が乗ってる……」ユーリが呟く。「栄養価も申し分ないです!」エレナが測定器を確認しながら言った。レイナが涙ぐんでいた。「こんな美味しい魚、初めて……」
リスも小さく切った身を食べて、目をキラキラさせている。「チチチッ!」「リスまで感動してるやん」
しばらく、誰も喋らなかった。ただひたすら食べた。焚き火が弾けて、渓谷に夜が降りてくる。
「生きててよかった……」ラーシュがしみじみと言った。「残りは塩漬けにして、湖でまた釣ろう」「光鉱石より先に、飯の心配が解決したな」さくやが笑った。
■ 巨大な湖——そして壁
翌日、前方に巨大な湖が見えてきた。
360度、絶壁に囲まれている。まるで巨大な井戸のようだ。透明度が高く、底まで見える。太陽の光が水面に反射してキラキラと輝き、渓谷の壁に揺れる光の模様を映し出していた。
「綺麗やな……」さくやが息を呑んだ。
だが、湖の下流は滝になっていた。轟音を立てて落ちる水。その下は岩が入り組み、船での移動は不可能だ。「……ここまでか」「船での移動は、ここまでやな」
湖周辺を一日かけて探索したが、探知機は沈黙したままだった。北、東、南、西——どこも反応なし。
夕方、全員が疲れた顔で戻ってきた。焚き火を囲んで、しばらく誰も喋らなかった。
その時、さくやがぽつりと言った。
「……なんかうちら」「ん?」「船作って、釣りして、うまい魚食ってるだけやな」
全員が固まる。「……言われてみれば」ユーリが苦笑した。「光鉱石、どこ行ったんや」「探しに来たはずなのに」「まあ」ラーシュが真面目な顔で言う。「生きるためには、必要なことだった」「せやけど」さくやが笑う。「なんかピクニックみたいやったな」
全員が笑った。腹の底から笑えたのは、久しぶりだった。
レイナだけが、静かに手を合わせていた。焚き火の光に照らされた横顔は、真剣だった。
「どうか……光鉱石が見つかりますように」
小さな祈りの声が、渓谷の夜に溶けていった。
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