■第221話 渓谷の光編 赤茶けた大地に生きる
灼熱と寒夜が交互に牙を剥く、赤い大地。
獣たちの痕跡が水を示し、神話のような巨木が拠点の魂となる。
七日間の苦闘の果てに、渓谷への扉が開く。
■ 夜の焚き火——未来を語る
ブレイドたちとの銃撃戦から、一夜が明けた。
砂埃の舞う朝、さくやは全員に作業を割り振り、それぞれが大地へと散っていった。そして夜——キャンプファイヤーを囲んで、50人が再び集まった。昼間の灼熱とは打って変わって、夜の大地は骨まで冷える。
「渓谷に降りて川沿いを移動すべきでは?川があれば水も確保できる」ラーシュが地図を指でなぞる。
「飛行船での降下は上昇気流と下降気流が複雑で、慎重に検討すべきです」エレナが測定装置を確認しながら言った。
「神様の導きを……きっと道はありますわ」レイナが目を閉じて祈る。
「レイナ、祈るのはええけど地図も見てな」
さくやが苦笑いしながら地図を広げた。
「よし。ここを仮拠点にして一週間、探索と調査をする。探索班は一日で戻れる範囲を移動限界線とする。無理は絶対にせんように」
「了解」——全員が頷いた。
パチパチと火が弾けた。遠くでコヨーテが鳴く。ラーシュが夜空を見上げると、満天の星が降り注いでいた。
「……綺麗やな」さくやが呟く。「明日から頑張ろ。以上、解散!」
■ 一日目——足跡が示した命の水
赤茶けた岩山。乾ききった大地。午前中いっぱい歩き回っても、水場の影すら見えない。
「動物が生きているなら、どこかに必ずある」エレナが言った。「足跡を追いましょう。複数の動物が同じ方向に向かっているなら、その先に水があるはずです」
「エレナ、それ天才やん」
さくやが地面を見ると——コヨーテ、小型の鹿、名も知らぬ獣の足跡が、同じ方角を向いていた。獣道を三十分。踏み外せば谷底という細い道を進むと——岩の隙間から、チョロチョロと水の音が聞こえた。
小さな泉。透明な湧き水が、岩の裂け目から静かに溢れ出ている。周囲だけ緑の苔が岩を覆い、この荒地で命が密かに集まる場所だった。
「見つけたーっ!」
「飲用可能です。綺麗な湧き水です」エレナが測定装置を確認する。
さくやが水を口に含んだ。冷たく、驚くほど美味しい。
「……うっま。この水、反則やろ」
「明日、水路を引こう」ラーシュが立ち上がり、足跡を見下ろした。「動物たちに教えてもらったな」
「ほんまやな。人間より動物の方が、この土地のこと知っとる」
■ 二日目——神話の巨木
資材班は建材を求めて歩き続けたが、生えているのはサボテンと背の低い低木ばかり。
「この土地に、まともな木はないのか」ユーリが荒れ果てた大地を見渡した。
「あったとしてもサボテンやろな。柱にしたら痛いわ」
さくやが乾いた笑いを漏らした時——エレナの地形スキャナーが反応した。
「前方、二キロ。地表に巨大な有機物の反応があります」
「有機物て……木か?」
「おそらく。しかも、相当な大きさです」
信じられなかった。この荒地に巨木など存在するはずがない。だが足を向けると——地平線の向こうに、確かに緑が見えた。
辿り着いたとき、全員が言葉を失った。
巨木が、倒れていた。
幹の直径は優に三メートルを超える。根元から横たわるその姿は、大地に眠る古代の竜のようだった。樹皮は斧で叩けば金属音が返ってきそうなほど硬く、周囲だけ湿度がわずかに高い。この木が生きていた頃、どれほどの命をその根に宿していたのか——想像するだけで胸が締め付けられた。
「いつ倒れたんだろうな……百年か、二百年か」ラーシュが幹に手を当てた。
「でもまだ全然腐ってへん。この硬さやったら、何十年でも拠点を支えてくれる」
さくやが幹を叩く。ゴン、と重い音が返ってきた。
「……ほんまにおるんやな、こんな木が。この荒地に」
しばらく誰も動かなかった。風だけが、静かに吹き抜けた。
「ごめんな。借りるで」
■ 三・四日目——機材と知恵で拠点を刻む
設営班は岩だらけの地面に苦しんだ。平らな場所がなく、岩盤は硬く削れない。
「岩の上に直接基礎を打つ。ケミカルアンカーと金属プレートで岩盤に固定して、その上に木を組む」さくやが言った。
「さくやさん、本当にできますか?」レイナが不安そうに聞く。
「できるできる。飛行船にドリルもアンカーも全部積んどるから。……積んどるよな?」
「積んでます」ユーリが苦笑いする。「全部確認済みです」
「よし。じゃあやるで」
電動ドリルが岩盤に孔を穿ち、ケミカルアンカーが打ち込まれる。金属プレートを固定し、木材を緊結する。レイナたちが祈りを捧げながら石を集め、隙間を丁寧に埋めていった。
翌日、50人全員が巨木のもとへ向かった。ワイヤーソーが唸りを上げ、巨木が切り分けられていく。運搬は人力だ。縄を幹に巻き付け、全員で引いた。
「よし、引くぞ!」ズズズ……「いける!」
休み休みの運搬。その途中、岩山の頂にビッグホーンシープの群れが現れた。十頭ほどが、岩から岩へと軽々と跳び移っている。
「あいつら……めちゃくちゃ身軽やな」
「俺たちとは大違いだ」汗だくのラーシュが呟く。
「比べんといて。こっちは木、引きずっとんねんから」
群れのリーダーが、ふとこちらを向いた。巨大な湾曲した角。静かで深い目。しばらくこちらの苦闘を見届けるように動かなかった。
「……認めてくれてるのかもな」ユーリが言った。
「認めてくれてるうちに、早よ運ぼ」
■ 五・六日目——バイソンの大地
五日目、岩盤に固定されたプレートの上に、あの巨木の柱が立った。
柱が天を向いた瞬間、誰かが「おお……」と声を漏らした。荒地の真ん中に、あの神話のような木が再び立っている。倒れていた木が、人の手で起こされた。それだけで拠点は、何かを持っていた。魂のようなものを。
「ええやん。ほんまにええやん」さくやが目を細めた。「この木、絶対に長生きさせたるからな」
六日目の昼、壁を張っている最中に地響きが来た。ドドドドド……
バイソンの群れだった。百頭か、それ以上か。大地を揺らしながら眼前を通過していく。土煙が舞い上がり、視界が茶色く染まった。体の芯が震えた。恐怖ではなく——生命の圧倒的な質量に、打ちのめされるような感覚だった。
群れが過ぎ去った後、しばらく誰も動けなかった。
「……俺たち、ここに生きてるんだな」ラーシュが地平線を見つめた。
「うん」さくやが静かに頷く。「この土地は俺たちだけのもんやない。それ、絶対忘れたらあかん」
■ 七日目——大地に根を張ったコテージ
「完成や!」
岩盤アンカーの上に巨木の柱と梁が力強く組まれ、壁は石と厚板の二重構造。屋根は防水シートの上に現地の枝葉を幾重にも重ねた断熱仕様。内部には棚と簡易ベッド、測定機器の充電ステーションまで備わっている。
「これ、コテージやん。普通にコテージやん」
さくやが目を丸くした。
「神様のお導きですわ」レイナが両手を合わせる。
「レイナの神様、仕事しすぎやろ」
全員が笑った。七日ぶりに、心の底から笑えた気がした。
その夜、さくやが地図を広げた。「明日から渓谷の探索や。渓谷組と地図・整備組に分かれよう」段取りが決まると、さくやが拳を突き上げた。「明日、渓谷に降りるで」「おー!」
■ 夜の静寂——大地の息吹
深夜。コテージの外は静寂に満ちていた。だがその静寂は、無音ではなかった。
岩陰でスカンクが鼻を鳴らす気配。コヨーテが一声、また一声と鳴き交わす。ふくろうの低い声が岩壁に反響する。どこかで小動物が岩を引っ掻く音——おそらくラクーンだ。夜が更けるほどに、昼間は息を潜めていた命が一斉に動き出す。
「この土地、夜の方が賑やかやな」さくやが窓の外を見つめた。「昼に死にそうな顔しとるのは、人間だけか」
コヨーテの遠吠えが夜空に響いた。「アオーン……」
「ありがとうな。足跡のおかげで、水が見つかったで」
その頃——岩陰でブレイドたちが双眼鏡を覗いていた。「立派な拠点を作りやがったぜ」「どうする?」「まだだ。光鉱石を見つけるまで待つぜ。見つけたら——奪うまでだ」不敵な笑いが、夜の闇に溶けた。
明日——さくやたちは、渓谷の底へと踏み込む。
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