■第194話 風の行き先編 初めての空
ゴンドラが地上に出た瞬間、光が溢れた。
マケダたちが、一斉に空を見上げた。
青かった。果てしなく、青かった。
■地上へ
百人のマケダたちが、次々とゴンドラから降りてくる。地面を踏みしめ、風を感じ、空を見上げている。
ユーリは、そんなマケダたちを見て微笑んだ。
「マケダは、地上に来たことあるの?」
「うん、隠し階段で時々上がってた。でも、縦穴が見える範囲までしか行けなかったんだ」
マケダは遠くを見つめながら答えた。「ずっと、もっと遠くに行ってみたかった」
■歩いて行く
ユーリはさくやに提案した。
「バギーやトラックじゃなくて、歩いて旅したい」
さくやは少し考えてから頷いた。「いいね。マケダたちにとって、ええ経験になる」
「じゃあ、出発しよう」
マケダが楽器を鳴らして先頭に立った。
■こっそりと
しばらく歩いたところで、ユーリは気づいた。
後ろが、やけに賑やかだった。
振り返ると、茂みがもこもこと動いている。木の陰から大きな耳がはみ出している。岩の裏に白い毛並みが見えている。上空では、オオワシが妙に低く飛んでいた。
チュール一家、ゴリラ一家、黒ヒョウ。全員いた。
こっそりついてくるつもりらしかった。まったくこっそりになっていなかった。
ユーリは口元を押さえた。
マケダはといえば、道端の花に顔を近づけていた。
「この花、いい匂いがする。なんて名前?」
「……わからない」
「あの鳥、羽がきれい。あ、あっちに別の花がある」
気づいていなかった。まったく気づいていなかった。
ユーリはもう一度振り返った。茂みの中でゴリラ一家と目が合った。ゴリラが人差し指を口に当てた。
ユーリは小さく笑った。
■発見の連続
マケダは、初めての旅が楽しくて仕方なかった。
太陽が昇り、沈む。夜になれば月が輝き、星が瞬く。
「今日は風が強いね」
「昨日は暑かったのに、今日は涼しい」
「雲の形が、毎日違う」
一つ一つの変化に、マケダたちは驚いた。
「あれは何?」
「鹿だよ」
「角が生えてる」
「この花、きれい」
「蘭の一種だね」
ジャングルでは、木々が空を覆い、湿った空気が肌にまとわりつく。色とりどりの鳥が鳴き、猿が枝を飛び移る。サバンナでは、地平線まで続く草原にシマウマやキリンが歩いている。マケダたちは走り回って笑った。
動物たちは、相変わらずこっそりついてきていた。
■遺跡
コロシアム、ピラミッド、遺跡も探索した。
マケダが土の中から何かを掘り出した。古い陶器の破片だった。
「昔の人が使ってたものかもしれない」
「もっと探してみる」
それからマケダは止まらなかった。
石碑の文字を写し取る。壁画をスケッチする。床に埋もれた破片を一つ一つ掘り出して、並べて、眺める。他のマケダたちが休憩している間も、一人で壁の模様を指でなぞっていた。
「マケダ、休まなくていいの?」
「もう少しだけ」
その「もう少し」が、何度も続いた。
「この文字、村の古い歌に出てくる言葉と似てる」
「この模様、石碑の裏にも続いてる」
「この床、もう少し掘ったら何か出てきそう」
ユーリには、その感覚がよくわからなかった。でも、マケダの目だけはわかった。
獲物を見つけた時の目だった。
気づけば、ゴリラ一家が重い石を動かしていた。チュール一家が高い場所を調べ、黒ヒョウが暗い通路を先に進んでいる。オオワシが上空から未探索の場所を教えていた。
いつの間にか、全員がマケダの発掘を手伝っていた。
「ありがとう、みんな」
マケダが振り返って笑った。動物たちが一斉に胸を張った。
ユーリは何も言わなかった。ただ、少し笑った。
■夜の焚き火
高地の拠点までの一週間、マケダたちは毎日何かを発見し、毎日何かを学んだ。
火の起こし方、テントの張り方、星での方角の見方。ユーリが教えると、マケダたちはすぐに覚えた。
夜は焚き火を囲んで歌を歌った。マケダが楽器を奏でると、動物たちも集まってくる。チュール一家は静かに耳を傾け、ゴリラ一家は手を叩いてリズムを取り、黒ヒョウは気持ちよさそうに目を細めた。
「楽しいね」
ユーリが言うと、マケダは笑った。
「うん、毎日が楽しい。ユーリ、ありがとう」
ユーリは答えなかった。ただ、焚き火を見つめていた。
自分が導かれた時の喜びを、今度は誰かに与えられている。
■高地の拠点へ
やがて、高地の拠点が見えてきた。
マケダたちが歓声を上げた。
出迎えたのはエレナだった。
「お帰り。マケダたち、無事で良かった」
エレナが穏やかに言った。
マケダはエレナを見た瞬間、深く頭を下げた。
「お世話になります」
エレナは少し目を細めた。「こちらこそ。たくさん話を聞かせてください」
その夜、拠点では歓迎会が開かれた。マケダたちが楽器を奏で、歌を歌った。さくやもエレナも一緒に歌った。動物たちも集まってきた。焚き火の周りで、みんなが笑い合った。
ユーリは、その光景を少し離れたところから見ていた。
雪の村から高地へ。高地から地底の村へ。そして、また高地へ。
世界が、少しずつつながっていく。
それが、旅の意味なのかもしれなかった。
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