■第193話 風の行き先編 地底の村
ゴンドラがゆっくりと動き始めた。
縦穴の壁が、上へ向かって流れていく。
底には、まだ見ぬ世界があった。
■降下
最初はゆっくりとした動きだった。やがて一定の速度になる。
窓の外を壁が流れていく。滝の水しぶきが窓に飛んできて、きらきらと光る。
途中、見たこともないカラフルな鳥が現れた。羽が虹色に輝き、長い尾羽を揺らしながらゴンドラの周りを舞っている。壁には巨大なシダ植物が生い茂り、葉の一枚一枚がユーリの背丈ほどもある。大きなサルの群れが、壁を器用に登りながら手を振っているようにも見えた。
ユーリは窓にへばりついて外を見ていた。
「こんな世界が、ずっとここにあったんだ」
さくやが機器を操作しながら答えた。「せやな。これからはマケダも、この世界を自由に行き来できるようになるで」
エレナが記録を取りながら付け加えた。「ゴンドラとエレベーターがあれば、人も物も運べます。マケダの村と高地が、つながります」
ユーリは二人の横顔を見た。疲れているはずなのに、嬉しそうだった。
■最下層
扉が開くと、象が迎えてくれた。
灰色の巨体、長い鼻、大きな耳。長い鼻を揺らして、まるで挨拶するように鳴いた。
ゴリラ一家、チュール一家、黒ヒョウは別ルートですでに到着していた。黒ヒョウがユーリに気づいて駆け寄ってくる。ゴリラ一家が大きな手を振っている。
そこに、数人のマケダが現れた。
くるくるした頭と茶色の肌。さくやから聞いていたから驚くことはなかった。
でも、見た瞬間に感じた。
いい奴だ。
「ユーリ、ようこそ」
マケダの一人が両手を広げて駆け寄ってきた。
ユーリはその手を取った。柔らかくて、温かい手だった。力強く握り返すと、マケダは笑った。
「待ってたよ。さあ、村に行こう」
■マケダの村
道は石が敷き詰められ、両脇に色鮮やかな花が咲いている。
村は、地下なのに信じられないほど明るかった。どこからともなく光が差し込み、風がなびいている。
「これ、どうなってるの?」
「縦穴から光が入ってくるんや。反射板で村全体に届けてる」とさくやが答えた。「風は風車が作ってる。空気が動いて、風になるんや」
ユーリにはよくわからなかった。ただ、美しいということだけはわかった。
村のマケダたちが集まってきた。さくやを見つけると、口々に話しかけてくる。
「さくや、来てくれた」
「宿題、全部やったよ」
「もっと難しい言葉、教えて」
さくやは目を丸くした。
「すごい、めっちゃ上手になってるやん。いつの間にこんなに」
「毎日練習したんだ。みんなで」
マケダが誇らしそうに笑った。
さくやはしばらく言葉が出なかった。それからゆっくり頷いた。
「……ほんまに、すごいな」
■音楽と食事
村に入ると、音楽が聞こえてきた。太鼓の音、笛の音、歌声。
走り回る者、手を叩いて笑っている者。雪の村では、静かに暮らしていた。言葉も少なかった。笑うことも、あまりなかった。
ここは違った。
「食べて、食べて」
マケダが料理を勧めてくれた。甘くて、辛かった。果物は蜂蜜のように甘い。香辛料が舌をピリピリさせる。
雪の村では、こんな味は食べたことがなかった。最初は驚いたが、すぐに気に入った。
夜になると、焚き火を囲んで歌を歌った。歌詞はわからなかったが、メロディーは心地よかった。ユーリも一緒に歌った。
■提案
一週間を過ごして、ユーリはマケダに言った。
「この村を出て、高地の旅をしない?」
マケダの目が輝いた。
「行く。絶対に行く」
「ジャングルがある。サバンナがある。ゴリラや、白い虎や、黒いヒョウ。オオワシにも乗れるよ」
その言葉が周りのマケダたちに伝わった。
「私も行きたい」「新しい世界を見てみたい」
翌日、村で会議が開かれた。千人のマケダのうち、百人が代表に選ばれた。
さくやがユーリの隣に来た。
「良かったね。ユーリが、マケダを導くんやね」
「うん」
自分がさくやに導かれたように、今度はユーリがマケダを導く番だった。
出発の日、村中のマケダたちが見送りに来た。
「気をつけてね」「また帰ってきてね」「新しいこと、たくさん教えてね」
ゴンドラがゆっくりと上昇を始めた。窓からマケダたちが外を見て、歓声を上げる。
ユーリは、その笑顔を見て、小さく微笑んだ。
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