■第190話 風の行き先編 草原の決着
朝霧が晴れかかった草原に、二つの軍勢が対峙していた。
川の向こう岸には、騎犬隊がずらりと並んでいる。
風だけが、どちらの旗も揺らしていた。
■川を挟んで
チンギスの軍勢は、千人に二千匹。モンゴリアンドッグの巨体が川岸に並び、水面に影を落としている。一人が二匹を操る彼らは、草原最強の機動部隊だった。
迎え撃つ側は、ジュウベェ、ノブナガ、シンゲン、マサムネ。それぞれ柴犬、紀州犬、甲斐犬、秋田犬を従え、計九百人九百匹が整然と陣を構えていた。
最前列に、十人だけぽつりと立っている一団がいた。
ラーシュたちだ。シベリアンハスキーにまたがり、巨大な斧と盾を膝の上に置いて、あくびをしている者もいた。
「あれ、十人しかおらんぞ」
チンギス軍の誰かが言った。
「囮か?」
「いや……」
川を挟んで、睨み合いが一時間続いた。
■突撃
「進め」
チンギスの号令とともに、騎犬隊が川へ踏み込んだ。千人の騎手、二千匹の犬。水しぶきが空に舞い、地響きが草原を震わせた。
対岸のラーシュは、それを見てようやく立ち上がった。
「さあ、行こうか」
静かな声だった。
十人がハスキーを走らせた。千人の軍勢に向かって、一直線に。
■十人対千人
最初にぶつかったのはラーシュだった。
先頭の騎手が刀を振り下ろす。ラーシュは盾で受け流した。流れるような動きで斧を横薙ぎに振る。騎手が犬もろとも宙を舞った。
着地する前に、次の敵が来ていた。
また盾。また斧。また宙を舞う。
ラーシュは笑っていた。
二番手が右から切り込んだ。三番手が左から。二人は一瞬で隊形を変え、挟み撃ちを逆手に取って二体同時に吹き飛ばした。
チンギス軍が気づいた時には、先頭の百人がすでに蹴散らされていた。
「何が起きた」
誰も答えられなかった。
十人は止まらない。隊列を変えながら、時に縦、時に横、時に渦を巻くように動いて、チンギス軍の中を切り裂いていく。大型犬に乗った千人の軍勢が、たった十人に細分化されていく。
「囲め」
チンギス軍が包囲を試みた。
ラーシュは包囲の中心で、一瞬止まった。
周囲を見渡して、また笑った。
次の瞬間、中心から外へ向かって爆発するように十人が散った。包囲網が内側から弾け飛ぶ。
「今だ」
ジュウベェが号令を発した。
勢いを削がれたチンギス軍の正面から柴犬と紀州犬が前進し、左右からシンゲンとマサムネが展開する。混乱したチンギス軍は、四方から確実に捕縛されていった。
数時間後、千人が全員捕らえられていた。
負傷者はほとんどいなかった。
■夜の交渉
その夜、ジュウベェがチンギスたちの前に立った。
「奴隷にするつもりはない」
チンギスたちが顔を上げた。
「河川改修工事に一緒に従事してほしい。この地は激しい雨で氾濫する川が多い。護岸を整え、平野を開拓したい。それが終われば、自由だ」
静寂の後、ジュウベェは続けた。
「東の国を繋ぐ鉄道を、チンギスの国とも結ぶ計画がある。この地が豊かになれば、お前たちの国も豊かになる」
チンギス軍の隊長が一歩前に出た。
「わかった。協力しよう」
■旅立ち
翌朝、ラーシュはモンゴリアンドッグ二百匹を連れて出発した。主を失った犬たちを、チンギスの国へ戻すためだった。
「この子たちは俺が連れて帰る」
「頼んだ」
ジュウベェが頷いた。
ラーシュはハスキーに跨り、大型犬の群れを引き連れて草原を駆けた。振り返ると、二百匹が嬉しそうについてくる。
「さあて、どんな国か楽しみだな」
地平線の向こうに、チンギスの国があるはずだった。
草原に、新しい時代の風が吹き始めていた。
#小説 #ショートショート #ファンタジー #創作 #冒険 #合戦 #草原 #ほっこり #キャラクター小説 #読書好きと繋がりたい




