■第189話 氷の城編 突入
作戦通りだった。
ただ、想像より遥かに凄まじかった。
そして、終わった。
■夜明け
空が白くなり始めた頃、五十人は静かに動き出した。
装備を確認し、爆薬を分担して持つ。誰も多くを話さなかった。あとはやるだけだった。
ハスキー三頭にソリを繋いだ。
「頼むで」さくやがハスキーの頭を撫でた。ハスキーは鼻を鳴らした。
■正面爆破
城の前に五十人が散開した。
全員が位置についた。
さくやが導線を引いた。
ドォォォン。
正面扉が爆発した。城内から冷たい空気が流れ出す。
静寂。
それから、城の奥から気配がした。
ゆっくりと、影が現れた。
青白い肌、黒いマント、血のように赤い瞳。小さきものの十倍はある巨体が、破片を踏みながら外へ出てきた。
その存在感だけで、空気が変わった。
足が動かなくなる感覚。肺が縮む。目を逸らしたいのに、逸らせない。さくやも、ジュウベェも、エレナも、レイナも、その場に釘付けになった。五十人が、一瞬で凍りついた。
ラーシュだけが、違った。
■鬼神
北の丘が爆発した。雪崩が吸血鬼を飲み込む。
その瞬間、ラーシュが動いた。
雪を蹴り、巨大な斧を振り上げ、吸血鬼に向かって一直線に突っ込んだ。
二つの影が激突した。
吸血鬼の爪がラーシュの盾を叩いた。轟音が響き、ラーシュが雪の上を十メートル近く滑った。しかし倒れなかった。雪を踏みしめ、立ち上がり、また前へ出た。
「……五年だ」
ラーシュの声は低く、静かだった。怒りでも焦りでもない。ただ、深い。
「王を、仲間を、九百九十人を奪った」
斧を構え直す。その目に、炎が宿っていた。
吸血鬼が動いた。人の目で追えない速さで位置を変え、別の角度から爪を繰り出す。
しかしラーシュの斧はすでにそこにあった。
金属と爪が激突し、火花が散る。吸血鬼がわずかに後退した瞬間、ラーシュは盾を前に出しながら踏み込んだ。盾の縁が吸血鬼の胴体を打つ。続けて斧を下から上へ。一連の動作が一呼吸の間に完結した。
さくやは息を呑んだ。
あの巨大な斧が、まるで木の枝のように扱われていた。重さを感じさせない。振るうたびに風切り音が鳴り、軌道が変わるたびに雪が爆発的に舞い上がる。攻撃に見せかけた防御、防御に見せかけた攻撃。斧と盾が一体となって、吸血鬼の動きを封じていく。
吸血鬼は速かった。しかしラーシュは速さで追うのではなく、次の動きを読んで先にいた。
「お前を、この手で倒す」
吸血鬼が咆哮した。その声だけで雪が舞い上がり、木々が揺れた。五十人が思わず耳を塞いだ。しかしラーシュは微動だにしなかった。
咆哮が収まる前に、ラーシュの斧が動いていた。
横薙ぎ、返し、縦割り。三連撃が吸血鬼を捉えた。吸血鬼が後退する。それを追ってラーシュが踏み込む。盾で押し、斧で刻み、体ごとぶつかっていく。
吸血鬼が爪を振るうたびに、ラーシュは盾で弾いた。弾いた瞬間に斧が飛んでくる。受ければ斧、避ければ盾が追いかけてくる。逃げ場がない。
ラーシュの十人が散開した。四方から吸血鬼を囲み、一人が打てば別の一人が押し込む。何度も吹き飛ばされ、血を流し、それでも全員が立ち上がった。
五年間、この一瞬のために生きてきた者たちの戦いだった。
吸血鬼の動きが、少しずつ鈍くなっていった。
「九百九十人が、俺の中にいる」
ラーシュの斧が再び閃いた。今度は誰も止められなかった。
■ジュウベェの指示
その間に、作戦は進んでいた。
さくやとジュウベェが正面から城内へ突入。エレナとレイナは裏手から潜入した。
城内の地下でユーリと三十人が見つかった。衰弱していたが、生きていた。
ラーシュが城内へ飛び込んできた。ユーリを一瞥し、ジュウベェに短く言った。
「抱えて逃げろ」
「承知!」ジュウベェはユーリを抱え、ソリへ向かって走った。エレナとレイナが三十人を連れて後に続く。
さくやは廊下を走りながら、要所に爆薬を仕掛け続けた。柱の根元、壁の継ぎ目、天井の弱い箇所。一つひとつ、確実に。
最後の爆薬を仕掛け、城から飛び出した。
「全員離れろ!」
■ラーシュ
吸血鬼はぼろぼろだった。
ラーシュも、ぼろぼろだった。
それでもラーシュは立っていた。吸血鬼に最後の一撃を叩き込み、城内へ追い込んだ。それから振り返り、ゆっくりと城の外へ歩いてきた。
全身に傷を負い、それでも歩いていた。
さくやはラーシュが城から離れたのを確認した。
起爆装置を押した。
城が爆発した。
轟音が雪山全体に響き渡り、青白い壁が崩れ落ちる。塔が傾き、屋根が吹き飛び、白い煙が空へ向かって立ち上った。
静寂が戻った。
城があった場所には、瓦礫と雪だけが残っていた。
吸血鬼の気配は、消えていた。
■十日後
ユーリの村で、みんなで食事をしていた。
クマのシチューが大鍋で煮込まれ、湯気が天井まで立ち上る。さくや、レイナ、エレナ、ジュウベェ、ユーリ、そしてラーシュ。みんなが丸くなって座っていた。
「うまい」ラーシュが静かに言った。
「ユーリが作ったんやで」さくやが言う。
ユーリは何も言わなかった。でも、少し顔が赤くなっていた。
レイナが手を合わせた。 「神様、ありがとうございます」
「食べながら祈るんか」さくやが笑う。
「いつでも感謝ですわ」
ジュウベェがシチューをお代わりしながら言う。
「ラーシュ殿、また手合わせをお願いしたいでございますぞ」
「飯を食ってからにしろ」
笑い声が村に広がった。
外では雪が静かに降っている。ハスキーたちが軒下で丸くなっていた。
さくやはシチューを一口飲んで、小さく息を吐いた。
「……終わったな」
誰も答えなかった。でも、みんな笑っていた。
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