■第187話 氷の城編 ラーシュの夜
語らない者が、語る夜がある。
火が揺れ、雪が降り、言葉が出た。
さくやは、黙って聞いた。
■キャンプの夜
焚き火を囲んで、六十人が身を寄せ合っていた。
遠くに城の影が見える。青白く、静かに、そこにある。誰もそちらを見ないようにしながら、でも誰もが意識していた。
夕食が終わり、会話が途切れた頃、さくやはラーシュの隣に座った。
「聞いてもええか」
ラーシュは焚き火を見たまま答えなかった。
「十人になった経緯」さくやが続ける。「昨日、聞いたけど答えてくれへんかった」
しばらく沈黙が続いた。風が吹き、炎が揺れる。
「……話す」ラーシュが静かに言った。
■ラーシュの話
「この雪山の反対側に、王国があった」ラーシュは焚き火を見つめたまま話し始めた。「俺は王の護衛軍だった。千人で、王に仕えていた」
さくやは黙って聞いた。
「王は山が好きだった。何度もこの雪山に登った。俺たちはいつも付き添った。ある時、王はいつもより奥に入りたいと言った。誰も行ったことのない場所だった」
炎が揺れた。
「キャンプを張った夜、あいつが現れた。小さきものの十倍はある生物だった。あっという間だった。戦った。でも次々と倒れていった。半分になった時、悟った。勝てない、と」
ラーシュは一度黙った。
「恐怖に包まれた。気づいた時には、俺たちは雪山を駆け下りていた。後ろから奴が追ってきた。追いつかれるたびに仲間が倒れた。惨殺されながら、それでも俺たちは走り続けた。逃げのびたのが、十人だ」
「護衛が逃げた」静かに言う。「王を置いて、逃げた。俺も、逃げた」
誰も何も言わなかった。
「その後、王国は衰退した。王を失った国は、やがて消えた。俺たちは帰る場所を失った。それからずっと、この山にいる。修行しながら、奴を探す日々だ。この命に代えてでも奴を倒す。それが俺の使命だ」
ラーシュは初めて焚き火から目を離し、遠くの城の影を見た。
「お前の仲間が道を導いてくれた。感謝する」
さくやは何も言わなかった。
「だが、奴の強さは尋常じゃない」ラーシュは静かに続けた。「お前たちはもう帰れ。もと来た道を戻るんだ。二日でオレの集落に戻れる。そこから家へ帰れ」
さくやは黙って聞いていた。
「オレはここで二日待機する。三日目に奴のところへ行く。お前の仲間が生きていたら、オレが連れて帰る。集落からさらに二日だから……五日後か。まあ今から一週間以内にオレが戻らなければ、死んだと思ってくれ。お前の仲間もな」
焚き火の炎が揺れた。
しばらく沈黙が続いた。
さくやは口を開いた。
「ユーリを探しに来たんや。帰るわけがない」
ラーシュはさくやを見た。
「お前たちじゃ役に立たない」
「そうか」さくやは静かに言った。「でも戦いは腕力だけやない」
さくやはラーシュの視線を受けながら、後ろを振り返った。
エレナは手帳に数字と図を書き込みながら、時々小さく頷いていた。レイナは城とその周辺の地図を丁寧に描きながら、楽しそうに線を足していた。ジュウベェは拳を握りしめ、目を輝かせながら何かを呟いていた。
三人ともラーシュの話を聞きながら、すでに動いていた。
ラーシュはその三人を見た。しばらく黙っていた。
「……好きにしろ」
さくやは小さく笑った。
■それぞれの夜
ラーシュが話し終えると、また静寂が戻った。
レイナが静かに手を合わせた。ジュウベェは膝の上に手を置き、黙って前を見ていた。ハスキーたちは焚き火の近くで丸くなっていた。
「ユーリも、同じ痛みを知っとる」さくやが言った。「あいつも仲間を九百七十人失った。三十人になった。それでも前を向いて生きてきた」
ラーシュはさくやを見た。
「……そうか」
城の影が、遠くに見えた。風が吹き、雪が舞う。静かに更けていった。
#小説 #ショートショート #ファンタジー #創作 #冒険 #雪山 #吸血鬼 #ほっこり #キャラクター小説 #読書好きと繋がりたい




