表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
19/78

第17話 東の村探索編 白いヤマネコと最後のチュール 森の奥に、サムライの村があった

闇の中に、光る瞳がある。

五対の目が、じっとこちらを見ている。

さくやたちは知らない――それが、森の神なのか、それとも死神なのか。

 

■三日目の朝──朝のない森

三日目の朝。

だが、森に朝は来なかった。

頭上の木々が巨大な天井となり、空は見えない。時計は午前八時を指しているが、森は夜のように暗い。

「ここ……ほんまに朝なんやろか……」

リトルさくや100人は手をつなぎ、ヘッドランプの灯りだけを頼りに進んでいた。

足元が、不安定になっている。

石なのか、根なのか、分からない。踏むたびに、ぬるりと滑る。

「歩数数えてるよー。今300歩」

「……あれ、さっきも300やった気が……」

方向感覚が、崩れている。

時計も、頼りにならない。

誰かがコンパスを取り出した。

「……針、揺れてる」

「わたしのも」

「地磁気が、おかしいんや」

師匠が言っていた。

「何かが、変わる」と。

これが、その「何か」なのかもしれない。

ただ師匠の言葉「みんなで、帰ってきてください」だけが胸に灯っていた。

帰る。

必ず、帰る。

その思いだけが、足を前に進めていた。


■闇の中の光る瞳

そのときだった。

先頭を歩いていたさくやが、立ち止まった。

「……何か、いる」

全員が、息を呑んだ。

「どこ?」

「前。木の、向こう」

ライトを向ける。

だが、何も見えない。

闇だけがある。

「気のせいじゃ……」

その瞬間。

ぎらり。

木々の奥、闇の茂みに光が見えた。

一つ。

二つ。

三つ。

四つ。

五つ。

五対の目が、こちらを見ている。

「……な、何……?」

声が震えている。

全員が、後ずさる。

ライトを向ける。

その光の中に、姿が浮かび上がった。

白い毛並み。

犬のような大きさ。

いや、もっと大きい。さくやたちの倍以上ある。

筋肉質の体。

鋭い目。

低い姿勢。

そして――牙。

月光に光る、牙。

「……オ、オオヤマネコ……!」

誰かが、震える声で言った。

五匹のオオヤマネコが、茂みから姿を現した。

音もなく。

気配もなく。

ただ、そこにいた。

低い唸り声が、闇に響く。

「わー!!」

「に、逃げろー!!」

パニックになる。

だが、足が動かない。

恐怖で、体が凍りついている。

ヤマネコたちは、動かない。

ただ、じっと見ている。

襲わない。

でも、逃がさない。

まるで、値踏みされているように。


■囲まれた

さくやたちは、ゆっくりと後退した。

だが、後ろからも唸り声が聞こえた。

振り返ると、別のヤマネコが立っていた。

「囲まれた……!」

右も、左も、前も、後ろも。

すべての方向に、ヤマネコがいる。

逃げ場が、ない。

「リーダーさくやー!どうする!?」

リーダーさくやは、息を整えた。

冷静に、冷静に。

ヤマネコたちを見る。

襲ってこない。

ただ、囲んでいる。

殺すつもりなら、とっくに襲っている。

でも、襲わない。

何かを、待っている?

「……動かないで」

リーダーさくやが、静かに言った。

「刺激しないで」

「でも……」

「動いたら、襲われる」

全員が、凍りついた。

呼吸を殺す。

体を動かさない。

ただ、じっと立っている。

ヤマネコたちも、動かない。

沈黙。

重い、重い沈黙。

風の音だけが、聞こえる。

時間が、止まったようだった。


■最後のチュール

どれくらい経っただろう。

誰も、動けない。

ヤマネコたちは、じっと見ている。

低い唸り声。

牙が、わずかに光る。

「……どうする」

誰かが、震える声で言った。

答えは、ない。

リーダーさくやも、凍りついている。

このまま、夜が来たら。

このまま、動けなくなったら。

恐怖が、じわじわと広がっていく。

そのとき。

一人のさくやが、震える手でポーチに手を伸ばした。

「……あ」

小さな声。

全員が、その手を見た。

白い銀色のパウチ。

チュール。

師匠が持たせてくれた、最後のチュール。

「何かあったら、これを使いなさい」

師匠の声が、頭の中で響く。

今、使うのか。

これが、「何か」なのか。

でも、他に方法がない。

さくやは、リーダーさくやを見た。

リーダーさくやは、小さく頷いた。

「……やってみて」

さくやは、ゆっくりと封を切った。

しゅ……

静かな音が、闇に響く。

その瞬間、ヤマネコの耳が動いた。

鼻が、動いた。

ふわっと香りが漂う。

ヤマネコたちの目が、変わった。

唸り声が、止まった。

一匹が、ゆっくりと近づいてくる。

さくやたちは、動けない。

息を殺す。

ヤマネコが、目の前に来た。

大きい。

圧倒的に、大きい。

鼻を近づける。

においを嗅ぐ。

そして――

ぱたん、と伏せた。

「……え」

全員が、息を呑んだ。

次々と、ヤマネコたちが伏せていく。

目をキラキラさせて。

前足を揃えて。

まるで、子猫のように。

「……嘘やろ……」

誰かが、呟いた。

だが、まだ誰も動けなかった。

ヤマネコは、まだ野生だ。

いつ変わるか、分からない。

さくやは、震える手でチュールを差し出した。

チュールを5本、一本ずつ地面に置く。

一匹が、近づく。

舌を伸ばす。

舐める。

ごろごろと、喉を鳴らす。

次々と、ヤマネコたちがチュールを舐め始める。

でも、目は、まだ警戒している。

完全には、心を許していない。

ただ、敵意はない。

それだけで、十分だった。

「……助かった、のかな」

「分からへん」

「でも、殺されてはいない」

全員が、ゆっくりと息を吐いた。

生きている。

まだ、生きている。


■森の神

チュールを食べ終わると、ヤマネコたちは立ち上がった。

そして、さくやたちを見る。

その目は、もう敵意ではない。

でも、友好でもない。

ただ、認めた、という目だった。

一匹が、向きを変えた。

森の奥を向いている。

そして、歩き出す。

「……ついていく?」

「他に、道ないやん……」

さくやたちは、恐る恐るヤマネコの後を追った。

ヤマネコたちは、音もなく歩く。

まるで、森と一体になっているように。

枝を避け、根を越え、岩を乗り越える。

迷わない。

まっすぐ、進んでいく。

さくやたちは、その後を必死でついていく。

「……ヤマネコ、道知ってるんや」

「森の、主なんやろな」

「もののけ、や」

誰かが、小さく言った。

もののけ。

森の神。

人間が踏み入れてはいけない領域の、守り神。

ヤマネコたちは、まさにそれだった。


■洞窟

四日目。

森は、さらに暗くなっていた。

「昨日より、暗い……」

「ライト2個つけても、見えへん……」

それでもヤマネコたちは、迷わず進む。

やがて、先頭の一匹が立ち止まった。

目の前には──大きな洞窟の入り口。

黒くぽっかりと口を開けている。

冷たい風が、中から吹いてくる。

ヤマネコが、洞窟の中に入った。

振り返って、こちらを見る。

「……入るしか、ないな」

全員で呼吸を合わせ、突入。

小さなヘッドランプが岩肌をなぞりながら進む。

ぬるい風。

湿った石。

水滴の音。

天井が低い。

壁が狭い。

息苦しい。

どれくらい歩いただろう。

時間の感覚が、ない。

やがて、前方に光が見えた。

「出口……!」

トンネルを抜けた。

だが、光は差さなかった。

相変わらず、森は暗い。

でも、風の匂いが変わった。

地面が柔らかくなった。

空気が、少し温かい。

「……ここ、違う」

「なんか、人の気配がする」


■サムライの村

五日目。

闇の森に、かすかな音が聞こえた。

金属の音。

人の声。

木を削る音。

ヤマネコたちが、立ち止まった。

そして、茂みの奥を見ている。

さくやたちは、恐る恐る茂みを抜けた。

その先に──

小さな村があった。

木造の建物。

畑。

湯気の立つ竈門。

小道を掃く小さな人影。

「……ひと……?」

さくやたちは、息を呑んだ。

「小さい……でもわたしたちと、ちょっと違う……?」

人影は、さくやたちと同じくらいの背丈。

でも、服装が違う。

黒い装束。

腰に、細身の剣。

髪を結い上げている。

そのとき。

「何者だ!!」

声と同時に、木の上からふわりと舞い降りた影。

黒い忍び装束。

腰に細身の剣。

リトルさくやたちと同じ2.5頭身で、凛とした顔。

着地。

ずるっ。

「あっ」

足が滑った。

転ぶ。

土に顔を埋める。

沈黙。

さくやたちは、状況が飲み込めない。

ゆっくりと立ち上がり、土を払う。

そして、刀を抜いた。

「……切腹する」

「ええっ!?」

さくやたちが慌てる。

「いや、転んだだけやん!」

「拙者、初対面で無様を晒した!」

若い、でも真剣な声。

「これは武士の恥!」

そのとき――

ばさっ、ばさっ、ばさっ。

木の枝から、次々と黒装束が飛び出した。

全員、同じ顔。

同じ背丈。

同じ装束。

10人、20人、30人……

さくやたちは、息を呑んだ。

「……全員、同じ顔……!」

「わたしたちと、同じや……!」

「待て!」

一人のジュウベェが、刀を抜こうとしているジュウベェを止めた。

「転ぶくらい、誰でもある!」

「だが、初対面で……!」

「拙者も昨日転んだ!」

別のジュウベェが言った。

「拙者も一昨日!」

「拙者は今朝!」

「拙者は今さっき!」

次々と手が上がる。

「……そうか」

刀を抜こうとしていたジュウベェは、少し考えた。

「ならば、今回は見逃す」

刀を収める。

「だが次は、必ず切腹する」

「次もやめろ!」

全員のジュウベェが、同時に言った。

そして、最初のジュウベェがさくやたちを見た。

「我は、リトルジュウベェ」

「この村を守る侍なり」

周囲のジュウベェたちが、一斉に剣を構えた。

「ここは"サムライの村"」

「刃を持つ者だけが、生き残れる場所だ」

「許しなく森に入る者は、すべて捕縛する」

ジュウベェの目が、鋭くなった。

「……お主らの"覚悟"、見せてみよ」

だが、さくやたちは動けなかった。

「ヤマネコ―!助けて!」

だが、ヤマネコたちは動かない。

ただ、遠くから見ている。

そして、ゆっくりと森の中に消えていった。

音もなく。

気配もなく。

まるで、最初からいなかったかのように。

「……あ」

さくやたちは、理解した。

ヤマネコたちは、ここに連れてくるつもりだった。

最初から。

侵入者を、村に連れてくる。

それが、ヤマネコたちの役目だった。


■牢の中

リトルさくや100名は、そのまま牢に入れられた。

木の格子。

土の床。

暗い、狭い、冷たい。

「は、話を……せめて、師匠の名を!」

「ʕ•ᴥ•ʔマーク見てー!正規ルートなんですぅー!」

どんなに訴えても牢の鍵は開かない。

リトルジュウベェは、牢の前に立ったまま動かない。

「……覚悟を見せよ、と言った」

静かな声。

「言葉ではない。行動で示せ」

「明日の朝、お主らを試す」

それだけ言って、去っていった。


牢の中で肩を寄せ合ったリトルさくやたちは、泣きながらそれでも笑っていた。

「……あの人、切腹しようとしてたで」

「転んだだけやのにな」

「しかも、みんな転んでるって言ってた」

「めっちゃ真面目なんやろな」

「でも、悪い人やない気がする」

「うん」

「全員同じ顔やったな」

「わたしたちと、同じや」

「……師匠、助けて……」

「でも、きっと、わたしたちでなんとかするから……!」

「絶対、帰る」

「師匠のところに」

暗い牢の中で、小さな灯りが揺れていた。


東の森、暗黒の奥。

物語は、まだ深まっていく。

だが、さくやたちは知らない。

白いヤマネコたちが、どこかで見ていることを。

そして、リトルジュウベェが、本当は優しい心を持っていることを。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ