■第185話 氷の城編 極寒の集落
こんな場所に、人がいた。
生きていた。
それだけで、胸が熱くなった。
■集落
矢印を辿って進むこと半日、さくやは足を止めた。
「……あれ」
雪の向こうに、煙が見えた。
細く、白い煙が、数本。空に向かってまっすぐ上がっている。
「煙やな」ジュウベェが低く言う。
「こんなとこに誰か住んどるんか」さくやが呟く。
四十人は慎重に近づいた。雪の丘を越えると、視界が開けた。
小さな集落だった。
十棟ほどの小屋が、岩山を背にして並んでいる。石と木で作られた頑丈な造りで、屋根には厚い雪が積もっている。それでも煙突からは煙が上がり、窓から暖かい光が漏れていた。こんな極寒の地で、確かに誰かが生きていた。
「……すごいな」さくやが静かに言う。「こんな場所で」
「人の営みというのは、どんな厳しい環境でも続くものですわ」レイナが手を合わせながら言う。
エレナは集落の構造を観察しながら言う。
「建物の配置が風を遮るように設計されています。岩山を防壁として使い、集落全体で冷気を防いでいる。理にかなった設計です」
■出会い
集落の前で、四十人は足を止めた。
その時、小屋の扉が開いた。
一人が出てきた。茶色の髪に蒼い瞳、雪のように白い肌。上質な毛皮を纏い、大きな戦斧を手にしている。こちらをじっと見ている。警戒しているが、攻撃する気配はない。
続いてもう一人、また一人。
十人が横一列に並び、四十人を静かに見つめていた。
沈黙が続いた。
さくやは一歩前に出た。
「……こんにちは」
先頭の男が口を開いた。
「お前たちは何者だ。なぜこんな山の奥に」
「仲間を探しに来た」さくやが答えた。「ユーリという小さきものや。村ごと消えてしまって、矢印を辿ってここまで来た」
「ユーリ……」ラーシュは首を振った。「知らない。見ていない」
さくやは少し黙った。
「そうか……」
「ただ」ラーシュが続けた。「話は聞こう」
ラーシュは集落の中で一番大きな家へ四十人を案内した。
■さくやの話
大きな家の中は、暖炉が焚かれていて温かかった。五十人が身を寄せ合って座る。
「仲間を探しに来た」さくやが改めて話し始めた。「ユーリという小さきものや。雪山で生まれ育って、狩りが得意で、トナカイと共に暮らしていた。そのユーリが、村ごと消えてしまった」
ラーシュは黙って聞いていた。
「ユーリはずっと前から、この山に吸血鬼がいると話してくれていた。その吸血鬼に連れ去られたのかもしれない」
ラーシュの目が、わずかに動いた。
「……吸血鬼」
「知っとるか」さくやが聞く。
ラーシュはしばらく黙っていた。焚き火の炎が揺れる。
「……そうか」
それだけだった。
話が一区切りついた頃、さくやが立ち上がった。
「そろそろ行くわ。ありがとう」
「待て」ラーシュが言った。「一緒に行く」
さくやは少し驚いた顔でラーシュを見た。
「ええんか」
ラーシュは答えなかった。ただ、頷いた。
「ただ、ここから先はさらに険しい。今日はここに泊まれ。明日、一緒に出発しよう」
さくやは頷いた。
「……ありがとう」
■深夜
夜が深まった頃、ハスキーたちが一斉に唸り始めた。
耳を立て、毛を逆立て、集落の外を向いている。
さくやは跳び起きた。
集落の周囲に、影が見えた。一つ、二つ、三つ……数えきれない。先日遭遇した群れの何倍もの数の狼が、音もなく集落を取り囲んでいた。月明かりに浮かぶ目が、無数に光っている。
「……数が違う」ジュウベェが低く言う。
その時、ラーシュが小屋から出てきた。
大きな戦斧を肩に担ぎ、盾を片手に持っている。狼の群れを一瞥し、それから静かに歩き出した。
「待て、一人では——」さくやが声をかけようとした。
ラーシュはもう動いていた。
雪を蹴り、群れの中心へ向かって一直線に突っ込む。斧が弧を描き、盾が狼の突進を受け流す。一頭、また一頭と雪の上に転がっていく。傷つけているのではない。峰と盾で、正確に意識を刈り取っていた。
動きに迷いがなかった。
狼の群れがどこから来ようと、ラーシュはすでにそこにいた。まるで狼たちの動きを先読みしているかのように、一歩も無駄がない。
十人のラーシュが続いて出た。同じように淀みなく動き、群れを外側から押し込んでいく。
数分で、終わった。
数十頭の狼が雪の上に伏せ、残りは闇の中へ消えていった。
ラーシュは斧を肩に担ぎ直し、息一つ乱れていなかった。
ジュウベェは呆然と立っていた。それからラーシュを見て、目が輝いた。
「弟子にしてくだされ!」
ラーシュはジュウベェを見た。
「弟子は取らない」
「そ、そんな……」ジュウベェは肩を落とした。
さくやが横から言う。
「ジュウベェ、ラーシュは一緒に来てくれるんやから、ええやろ」
「……た、確かに」ジュウベェはラーシュを見た。「では道中、色々と見せていただけますか」
ラーシュは少し間を置いた。それから、口の端を僅かに動かした。
「……好きにしろ」
翌朝、ラーシュの十人は大きな斧と盾を担いで集落を出た。六十人の隊列が、雪山の奥へ向かって歩き始めた。
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