■第183話 氷の城編 狼の群れ
山は深くなるほど、何かが潜んでいる。
仲間の強さを、初めて目の当たりにした。
雪山の奥へ、まだ続く。
■出発
夜明けとともに四十人は歩き始めた。
洞窟を抜けた先の道は、さらに険しくなっていた。雪が膝を超え、風が横から叩きつけてくる。足元の雪は固く締まり、一歩ごとに軋む音だけが静寂に響いた。
さくやとレイナ、エレナはハスキーの背に乗った。三頭が雪の上を軽やかに進んでいく。
「助かるわ」さくやがハスキーの首を撫でながら言う。
ジュウベェたち十人は歩いた。一晩休まず来た疲れが体に残っているはずだが、足取りは重くない。黙々と雪を踏み、前を見据えて進む。
矢印はまだ続いていた。木に刻まれた印、岩に残された跡。ユーリが少しずつ残してきた痕跡を辿りながら、四十人は山の奥へと進んでいく。
■極寒の山
進むほどに、寒さが変わっていった。
ユーリの村でも十分に寒かった。しかしそれは、まだ人が耐えられる寒さだった。ここは違う。空気が刃のように肌に刺さり、息を吸うたびに喉の奥が凍りつくような痛みが走る。手袋をしていても指先の感覚が消え、まつ毛に白い霜が積もる。
「寒いですわ」レイナがハスキーの背でぽつりと言う。
「ユーリはこういう環境で育ったんやな」さくやが言う。「すごいな」
エレナが静かに言う。
「気温はユーリの村より十度以上低い。この先にいる者は、相当な耐寒能力を持っているか、あるいは寒さを感じない存在です」
誰も答えなかった。
昼を過ぎると、空の色が変わり始めた。
青が抜け、灰色になり、やがて深い黒へと沈んでいく。日が暮れたのではない。雲が厚く重なり、空そのものが閉じていくような感覚だった。
その瞬間だった。
大砲のような冷気が、山の奥から一気に吹き降りてきた。
「っ……!」
さくやは思わず声を上げた。これまでの寒さとは次元が違う。体の芯まで一瞬で凍りつくような、暴力的な冷気だった。雪が水平に飛び、木々が軋み、四十人が一斉に足を止めた。ハスキーたちも低く唸り、体を縮めた。
「伏せてください!」エレナが叫ぶ。
四十人は雪の中に身を伏せ、冷気をやり過ごした。数十秒ほどで突風は収まったが、体に残った冷えはなかなか消えない。
「……これが、この山の本当の寒さか」さくやが白い息を吐きながら言う。
「空が黒くなったら、また来ます」エレナが静かに言った。「注意してください」
レイナは両手を合わせ、小さく祈った。
■狼の群れ
さらに進んだ昼過ぎ、ハスキーが一斉に唸り始めた。
耳を立て、毛を逆立て、前方を見据えている。さくやはハスキーの背から素早く降り、周囲を見渡した。
雪の向こうから、影が現れた。
狼だった。
一頭、二頭、三頭……数えるうちに増えていく。十頭以上の群れが、半円を描くように四十人を取り囲もうとしていた。普通の狼より一回り大きく、目が鋭い。低い唸り声が雪原に響き、白い息が冷たい空気に溶けていく。
「下がれ」ジュウベェが低く言った。
さくやたちは後退した。ジュウベェたち十人が前に出る。
「拙者たちに任せてくだされ」
■ジュウベェの活躍
ジュウベェは刀を抜いた。
狼の群れが動いた瞬間、ジュウベェも動いた。
雪を蹴り、低い姿勢で前に出る。狼の牙をかわし、一頭の脇をすり抜け、刀の峰で横腹を打つ。狼が雪の上に転がる。続く一頭を、ジュウベェは体ごと受け止めて投げ飛ばした。
他の九人も散開した。狼と一対一で向き合い、剣を使わず体術で対処していく。狼の動きを見切り、タイミングをずらして力を逃がす。
群れは連携しているが、ジュウベェたちの動きはそれを上回っていた。
さくやはその様子を見ながら、息を呑んだ。
「……速い」
エレナが静かに言う。
「狼の攻撃パターンを即座に読んでいます。無駄な動きが一つもない」
レイナは手を合わせながら見守っていた。
十分ほどで、狼の群れは退いた。数頭が雪の上に転がっているが、死んではいない。峰打ちと体術で、傷つけずに追い払っていた。
ジュウベェは刀を収め、振り返った。
「お待たせしました」
さくやはしばらくジュウベェを見ていた。それから言った。
「……ありがとう。すごかったわ」
ジュウベェは静かに頷いた。
■先へ
四十人は再び歩き始めた。
ハスキーたちは狼が消えた方向をしばらく見ていたが、やがて前を向いた。さくやたちが背に乗ると、また軽やかに雪の上を進み始めた。
矢印はまだ続いている。
空がまた少し暗くなってきた。さくやは空を見上げ、体を縮めた。
「ユーリ、もう少しやで」さくやが小声で呟いた。
風が吹き、雪が舞う。山の奥に、何かが待っていた。
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