■第182話 氷の城編 古道の果て
道は険しいほど、先に何かある。
極寒の先に、仲間がいた。
雪山は、まだ奥があった。
■古道
矢印を辿って進むと、獣道のような細い跡が現れた。
踏み固められているわけでもなく、ただかろうじて道らしき形が残っている。しかしその先で、明らかに誰かが意図的に作った道に繋がった。両側の木々が切り払われ、足元の雪が固く踏み締められている。かなり古い道だが、最近も誰かが通った跡がある。
「ユーリが言ってたな」さくやが言う。「雪山には昔から人が通った古道がある、と」
道は険しかった。
雪が深く、一歩ごとに膝まで沈む。坂が急になり、足元が凍りついている箇所もある。木の根が雪の下に隠れ、何度か転びそうになった。それでも三十人は黙って進んだ。一歩ごとに木へ印を刻み、石を置いていく。
「寒くなってきましたわ」レイナが息を白く吐きながら言う。
「ユーリの村よりも寒い」エレナが静かに言った。「気温が明らかに下がっています」
■崖
森を抜けると、突然目の前が開けた。
崖だった。
切り立った岩壁が上まで続き、下を覗くと谷底が霞んで見えない。道は崖に沿って横に続いており、幅は一人がやっと通れるほどしかない。片側は岩壁、もう片側は断崖だった。
「……慎重にいくで」さくやが低く言った。
三十人は岩壁に手をつきながら、一歩ずつ進んだ。風が吹くたびに体が持っていかれそうになる。足元の雪が崩れ、小石が谷底へ落ちていく音が遠く響いた。誰も余計な声を出さなかった。
崖を抜けるのに一時間かかった。
■洞窟
崖の先に、洞窟があった。
入口は人の背丈ほどの高さで、中から冷たい空気が流れ出している。足跡が洞窟の中へ続いていた。
「入るしかないな」さくやが言う。
エレナがライトを点けた。三十人は洞窟の中へ入った。
中は思ったより広かった。天井から氷の結晶がぶら下がり、ライトを受けてきらきらと光っている。足元は平らで、歩きやすい。ただ寒かった。ユーリの村よりもはるかに冷え込んでいる。息を吸うたびに肺が凍りつくような感覚があった。
壁に矢印が刻まれていた。ユーリの印だった。
「まだ続いとる」さくやが呟く。
数時間歩き続け、ようやく洞窟を抜けた。
■ハスキー
洞窟を出た瞬間、唸り声が聞こえた。
三頭のシベリアンハスキーが、雪の上に座ってこちらを見ていた。大きな目、ふさふさの尾。警戒しているが、噛みかかってくる様子はない。
三十人が足を止めた。
しばらく見つめ合っていた。
「……チュール、持っとるか」さくやがレイナに小声で聞く。
「持っていますわ」レイナが懐から取り出す。
さくやはハスキーの前にしゃがみ、チュールを差し出した。
ハスキーは鼻をひくひくさせた。それから、ゆっくりと近づいてきて、チュールを舐め始めた。
「……意気投合したわ」さくやが小声で言う。
三頭はそのまま三十人の周りをうろつき始めた。仲間と認めたらしかった。
■キャンプ
その場でキャンプを張った。
洞窟の出口近くに焚き火を起こし、三十人が身を寄せ合う。ハスキーたちも火の近くに座り、温もりを分けてくれた。極寒の夜だったが、焚き火とハスキーの体温が寒さを少しだけ和らげた。
レイナが手を合わせる。
「神様、どうか皆を守ってください」
さくやは火を見つめながら、ユーリのことを考えていた。
夜が深まった。風が吹き、雪が舞う。三十人は交代で見張りをしながら夜を越えた。
■翌朝
早朝、三頭のハスキーが突然吠え始めた。
さくやは跳び起きた。暗闇の中に人影が見える。
「大丈夫でござるよ」影の一つが静かに言った。「拙者たちは仲間でござる」
ハスキーは吠えながらも近づいてくる影を確認し、やがて尾を振り始めた。
焚き火の光に照らされたのは、ジュウベェだった。
さくやは目を丸くした。
「……なんでここに」
「師匠からご連絡をいただきました。痕跡を辿り、一晩で来ました」
さくやはしばらく黙った。それから、小さく息を吐いた。
「師匠が手配してくれたんか……」
さくやはジュウベェを見た。疲れているはずだが、目が鋭い。
「休んでないやろ」
「ユーリ殿のことが気になりまして」ジュウベェは静かに言った。
四十人と三頭のハスキーは、雪山の奥へ向けて出発した。
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