表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
177/207

■第174話 王都奪還編 火事と追跡

備えた者だけが、耐えられる。

失ったと思ったものが、戻ってくる。

そして、敵の顔が見えた。


■全焼

報告会の前夜だった。

四人は街を歩いていた。最終確認のため、上水道の現地を見て回っていた。

路地を曲がった時、遠くで叫び声がした。

「火事だ!」

さくやが顔を上げた。空の一角が、オレンジ色に滲んでいた。

「宿の方向や」

四人は走った。

路地を抜け、階段を駆け上がり、角を曲がるたびに煙の匂いが濃くなる。人々が逆方向へ逃げてくる。それをかき分けながら進むと、見覚えのある通りに出た。

隠れ家が、燃えていた。

周囲では消火活動が始まっていた。水を運ぶ者、桶をつなぐ者、叫び声が飛び交う。だが水の勢いが弱かった。近くの防火水槽はすでに空に近く、上水道から引いた水も圧力が低すぎて細い流れしか出ない。炎に届く前に蒸発し、焼け石に水だった。火は隣の建物に燃え移り、さらにその隣へと広がっていく。

「水が足りへん」さくやが歯を食いしばる。「防火水槽が空やし、上水道の圧力も低すぎる」

エレナが静かに言う。

「配管の老朽化で水圧が落ちている。防火水槽の整備も追いついていない。こういう時に一番影響が出ます」

レイナはすでに消火を手伝う人々の輪に加わっていた。ユーリは周囲を見回しながら、建物の延焼を食い止められる場所を探していた。

やがて火が収まった頃、隠れ家は全焼していた。一ヶ月分の設計図、資料、模型。全部、消えていた。

誰も何も言わなかった。

さくやは灰になった隠れ家を見つめ、拳を握りしめた。

しばらくして、エレナが静かに口を開いた。

「大丈夫です」

さくやが振り返る。

エレナは懐から小さな金属の筒を取り出した。

「データの複製です。設計図も計算書も、模型の写真も、全部入っています」

「……いつから」

「隠れ家を移動するたびに複製を作り、模型は写真に収めていました。紙の資料も同様です。念のため」

さくやは少し黙った。それから、深く息を吐いた。

「……エレナ、ほんまに好きやわ」

「理論値通りの対応です」エレナは真顔だった。


■追跡

「放火した奴がいる」ユーリが低く言った。「この人混みの中に」

「どうする」さくやが聞く。

「手分けして怪しい奴を追う」

四人は野次馬の中に散らばった。さくやは大通り側、エレナは路地の入口、レイナは人混みの外れ、ユーリは燃え跡に近い側を担当した。

それぞれが怪しいと思った者の後をそっとつけ始めた。

しばらくして、ユーリは足を止めた。

追っている人影から、煙とは別の匂いがした。灯油だった。火事の現場にいれば煙の匂いはつく。だが灯油の匂いは違う。服に染み込んだ、濃い匂い。

ユーリは確信して尾行を続けた。

人影は路地を抜け、市場を横切り、城下町の外れへ向かった。ユーリは距離を保ちながら、静かについていく。やがて人影が足を止めた場所で、別の人影が合流した。二人、三人と増えていく。

ユーリは物陰から観察した。装備に見覚えがあった。

しばらくして、ユーリは三人のもとへ戻った。

「マルコナの軍や」ユーリが静かに言う。「城の裏手で仲間と合流するところを見た。灯油の匂いも確かやった」


■ファリダへの連絡

「ファリダさんに連絡する」さくやが言った。

深夜、ファリダの一人が現れた。さくやが事情を説明すると、ファリダの一人は黙って聞いた。それから言った。

「ファリダから伝言があります。『マルコナの部屋は城の東棟、三階の突き当たりです。明朝早く、王との会合のため全員が部屋を出ます。その間に城内へ入れるよう手配します』と」

さくやはエレナを見た。

「盗聴器、作れるか」

エレナはすでに手帳を開いていた。

「今夜中に作ります。いくつか用意します」


■潜入

夜明け前、ファリダの手配で四人は城の裏口から入った。使用人に紛れ、石造りの廊下を進む。東棟へ向かう階段を上り、三階の突き当たりへ。

「屋根裏から入ります」エレナが天井を見上げた。

天井の一角に、点検口があった。ユーリが音もなく飛び上がり、点検口を押し開けた。

屋根裏は薄暗く、埃が積もっていた。ユーリは這いながら進み、マルコナの部屋の真上で止まった。床板の隙間から、部屋の中が見える。机、書類の山、壁に貼られた地図。砂漠の各地に印がついている。

部屋は静かだった。まだ誰もいない。

ユーリは隙間から盗聴器を一つ、机の裏側へ滑り込ませた。さらに壁際に一つ、扉の近くに一つ。エレナが作った小さな金属の部品が、それぞれの場所に静かに収まった。

作業を終え、ユーリが屋根裏を戻ろうとした時、廊下から足音が聞こえた。

複数の足音が近づいてくる。

ユーリは動きを止めた。足音は部屋の前で止まり、扉の鍵が回る音がした。

ユーリは這いながら点検口へ向かった。扉が開く音、人が入ってくる気配。ユーリは点検口を静かに閉め、息を止めた。

しばらくして、足音が部屋の中に消えた。

ユーリはゆっくりと息を吐いた。


■盗聴

四人は城の外で受信器に耳を傾けた。

部屋の中からマルコナの声が聞こえた。

「……報告書は燃やした。ファリダが何を言っても証拠はない。王様は私の言葉しか聞かない。明日の報告会は予定通り進める」

別の声が答える。

「ファリダ秘書官が諦めていませんが」

「諦めなくていい」マルコナの声は静かだった。「証拠のない言葉は、どれだけ正直でも届かない。それがこの街の仕組みや」

さくやは受信器を握りしめ、息を殺した。隣でレイナが目を閉じ、エレナが手帳に書き留めていた。

しばらくして、声が遠ざかった。

「油断してへん」さくやが小声で言う。「確信しとる」

「それが一番厄介です」エレナが静かに続ける。

ユーリが短く言った。

「だから複製がある」


■報告会前夜

夜が更けた頃、ファリダの一人が再び現れた。

「資料は残っています」さくやが言う。「複製があります。報告会、やりましょう」

ファリダの一人は少し黙った。それから言った。

「ファリダから伝言があります」

「なんて」

「『証拠のない言葉は届かないと言うなら、証拠を見せればいい。正直に全部言います』と」

さくやは笑った。

「ファリダさんらしいな」

城下町の夜が、静かに明けようとしていた。明日、報告会が始まる。証拠はないと確信しているマルコナと、全てが残っているファリダ。知的バトルの幕が、今まさに上がろうとしていた。




#小説 #ショートショート #ファンタジー #創作 #冒険 #王都 #陰謀 #ほっこり #キャラクター小説 #読書好きと繋がりたい


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ