■第170話 王都奪還編 城下町の迷宮
石が、積み上がる。
街が、息をする。
王の都市は、深く、広く、暗かった。
■到着
砂漠の果て、最後の丘を越えた瞬間、四人の足が止まった。
巨大な城壁だった。砂漠の地平線をそのまま壁に変えたような、圧倒的な石の塊が空を塞いでいる。城壁の内側から人声が漏れ、荷車の軋む音、鍛冶の音、香辛料の匂いが風に乗って流れてくる。
「……でかい」
さくやが呟いた。
エレナは双眼鏡を覗き込みながら言う。
「城壁の高さ、推定二十メートル以上。内部の規模は外からでは把握できません」
レイナは静かに手を合わせた。
ユーリはポニーの首を撫でながら、城壁の上を見た。旗が風になびいている。
■城下町
城門をくぐった瞬間、別世界が広がった。
小さきものたちで溢れていた。どこを向いても人、人、人。石畳の大通りには店が立ち並び、香辛料、布、金物、食料が所狭しと並んでいる。呼び込みの声、値段交渉の怒鳴り声、笑い声が重なり合い、街全体が生き物のように動いていた。
「うわあ……」さくやが目を輝かせる。「荒野もオアシスも、全然ちゃうな」
奥に目をやると、城がそびえていた。城下町の中央を貫く大通りの先、石造りの巨大な城が街を見下ろしている。
「行こう」ユーリが短く言った。
大通りを進むと、脇道が無数に伸びていた。さくやが一本入ってみると、すぐに方向が分からなくなった。石造りの建物が折り重なり、階段が上へ下へと続き、頭上に布製の日よけが張られて空が見えない。
「……迷子になりそうやな」さくやが首を傾げる。
「既になっています」エレナが静かに言った。
■ファリダ
城の正門に辿り着くまで、一時間かかった。
警備兵が槍を交差させた。
「止まれ。身分証明を」
四人は顔を見合わせた。
その時、後ろから小走りの足音が聞こえた。
「あのうあのう、お待ちください、すみません、少し走りました、息が、ちょっと、はあ、大丈夫です、わたくし王族付き秘書官のファリダと申しますが、こちらの方々の入城許可証をお持ちしました、警備の方、確認をお願いします、はいこちらです、四枚あります、全員分です、あと馬一頭分も念のため取りました」
警備兵が呆気に取られながら書類を受け取る。
四人も呆気に取られていた。
ファリダは息を整えながら続ける。
「皆様のことはハリム商人からご紹介状をいただいておりまして、正確に申し上げると二週間前に届いておりました、内容を読みますと『ちょっと抜けたリーダーを筆頭に優秀な四人組の女性が行く、よろしく頼む、あと城下町の水道どうにかしてやってくれ』と書いてありまして、失礼ながらそのまま読み上げました、ハリム商人とはかねてより取引のある間柄でして信頼できる方からのご紹介ということで二週間前から準備しておりました、砂漠の方角から来られると聞いて今朝から城門でお待ちしていたのですが予想より遅くいらっしゃいましたので少し心配しておりました、迷われましたか、たぶん迷われましたね、初めての方は大通りから脇道に入ると大体迷います、この街そういう構造なので」
一息ついた。
さくやは固まっていた。
「……ちょっと抜けたリーダー」
「ハリム商人の言葉をそのまま申し上げました。悪意はないと思います、たぶん」
「たぶん、て」
「わたくし、嘘をつくのが苦手でして、ハリム商人がそう書いていたのは事実ですので」
警備兵が確認を終え、槍を開いた。どことなく同情するような目でさくやを見ていた。
「……どうぞ」
■城の奥へ
ファリダに案内されながら、城門の内側へ進んだ。城下町とはまた違う空気だった。石造りの廊下、高い天井、遠くから聞こえる足音。広さの割に人が少なく、静かだった。
「王はいつ戻られますか」エレナが聞く。
「来週の予定です、現在マルコナ参謀と他国を視察中でして、正確に申し上げると視察という名目ですが実態は他国への圧力外交でして王様はそのことをご存知なのかどうかわたくしには判断しかねるのですが、ともかく来週お戻りになります」
さくやが聞く。
「圧力外交て、ちょっと待って、今さらっとすごいこと言いましたよね」
「事実ですので」ファリダは真顔だった。「わたくし、嘘をつくのが苦手なんです」
「それ、言っていいんですか」
「よくないかもしれません。でも本当のことなので」
レイナが小声でさくやに囁く。
「……正直な方ですわね」
「正直すぎるんや」さくやも小声で返した。
城の廊下を歩きながら、ファリダは書類を抱え直した。その横顔には、知性と、それから何か重いものが浮かんでいた。
「後ほど、この街のことをご説明します」ファリダが静かに言う。「正直に、全部」
砂漠の風が城の隙間から吹き込み、松明の炎を揺らした。
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