■第167話 オアシス救出編 救出の夜
穴の向こうに、仲間がいた。
三年分の時間が、一瞬で埋まる。
砂漠の夜は、長くて短かった。
■再会
穴の向こうから、声が続いた。
「本当にハリムか……」
「ああ」ハリムは穴に手を差し込んだ。「遅くなった」
牢の中で、人影が増えた。三千人が床の穴に集まり、下からの光を見つめている。長い間、暗い牢の中にいた者たちの目だった。
「みんな、無事か」
「無事や」一人が答えた。「でも……まさか床から来るとは思わんかった」
「商人やからな」ハリムは小さく笑った。「正面からは行かへん」
さくやが穴の縁に立ち、上を見上げた。
「一人ずつ降りてきてくれ。急ぎすぎたら音が出る」
■脱出
三千人が、静かに穴をくぐり始めた。
縦穴を降り、横穴を這い進んで井戸の縦穴へ出る。さくやとユーリが順番に引き受け、レイナが出てきた者の状態を確認する。エレナは横穴の強度を随時確認しながら、崩落がないか監視していた。
「急いで、でも静かに」さくやが繰り返す。
ドーベルマンは縦穴の前に伏せ、地上の気配を察知する番犬として動いていた。何度か耳を立てて唸りかけたが、そのたびにユーリが手で制した。
地上では、ハリムが巡回兵の動きを見張り続けた。兵士が工事現場に近づくたびに、自ら声をかけて別の方向へ誘導する。
「夜間も工事してるんか」兵士が問う。
「水が出たら村人が助かる。昼も夜も関係あらへん」ハリムは笑顔で答える。
兵士は特に疑わず、次の巡回へ向かった。ハリムは息を殺し、地下の様子を気にしながら立ち続けた。
一時間が経った。二時間が経った。
三千人が、少しずつ地上へ出てきた。
夜明けが近づく頃、最後の一人が穴をくぐった。
さくやは人数を確認し、ハリムに目をやった。
「全員や」
ハリムは目を閉じた。それから、深く息を吐いた。
「……ありがとう」
声が、かすかに震えていた。
■別れと偽装
救出された三人の商人がハリムの前に立った。
長い時間、誰も何も言わなかった。
やがて一人が口を開いた。 「お前が助けに来ると、信じとった」
「遅くなった」ハリムが繰り返す。
「遅くない」別の一人が言った。「ちゃんと来てくれた。それだけで十分や」
三人はハリムと、長い間向き合っていた。さくやは少し離れたところで見ていた。レイナが静かに手を合わせる。エレナは目を細め、ユーリは砂を握りしめていた。
しばらくして、ハリムが口を開いた。
「今すぐここを離れてくれ。別々に、別の街へ向かうんや」
「ハリム……」
「行き先も、潜入先の住処も、商売の種も、全部手配済みや」ハリムは淡々と言った。「いつこうなってもええように、ずっと準備しとった」
一人が息を呑んだ。 「……お前、いつから」
「お前たちが捕まった日からや」
誰も何も言えなかった。
「爆破する。牢ごと証拠を消す。マルコナには、お前たちが死んだと思わせる。そうすれば追われへん」
三人は顔を見合わせた。それから、静かに頷いた。
「また会おう」一人が言った。
「ああ」ハリムは短く答えた。
三人の商人は、それぞれ別の方向へ砂漠に消えていった。ハリムはその背中を、最後まで見送った。
■大爆発
夜明けの光が砂漠を染め始めた頃、エレナがさくやに近づいた。
「準備できています」
さくやは頷いた。
「ほな、行くで」
エレナとレイナが小さな装置を地下道の入口に設置した。レイナが祈るように手を合わせ、エレナが導線を繋ぐ。
「距離を取ってください」エレナが全員に告げる。
全員が砂丘の陰に伏せた。
エレナが導線を引いた。
次の瞬間――。
砂漠が、揺れた。
轟音が空気を引き裂き、砂柱が天高く舞い上がった。牢のあった場所が、跡形もなく崩れていく。爆風が砂丘を越え、四人の髪を激しくなびかせた。
しばらくして、砂が静かに降り注いだ。
エレナは目を丸くして呟いた。 「……理論値を、大幅に超えました」
レイナは口に手を当て、目を見開いていた。 「わたくし、こんなに大きくなるとは……」
さくやが砂まみれの顔で振り返る。 「あんたら、何作ったんや」
白きラクダが遠くで鼻を鳴らした。
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