■第166話 オアシス救出編 地下道作戦
表の顔と裏の顔。
砂漠の工事は、二つの意味を持つ。
小さき者たちの本当の戦いが始まった。
■ユーリの報告
夜明けから半日が経った頃、ドーベルマンが砂丘の向こうから戻ってきた。
ユーリはその背から飛び降り、天幕に入るなり地図を広げた。
「牢は地下一層。岩盤の上に建てられている」ユーリが指で示す。「東側に警備が集中している。西側は手薄や」
「西から掘れる」さくやが即座に言う。
「巡回は二時間おきや。その間隔に合わせれば、作業音は届かへん」
エレナが数字を確認しながら頷く。 「地盤データと合わせると、西側から水平に掘り進め、牢の真下まで約四十メートルです。そこから縦に突き上げれば、牢の床に穴が空きます」
「四十メートル」さくやが腕を組む。「井戸工事の横穴として掘れば、表からは分からへん」
ハリムが頷いた。 「掘削機の出力なら、三日で届く」
■二重作戦
翌朝から、工事が始まった。
表では大型掘削機が轟音を上げ、井戸を掘り進める。村人たちが資材を運び、砂漠に活気が生まれた。ハリムが陣頭指揮を取り、商人らしい段取りで工事を仕切る。
裏では、別の掘削機が静かに横穴を掘り進めていた。
さくやの設計図は緻密だった。井戸の縦穴から分岐する形で横穴を伸ばし、地表からは一本の工事に見える。エレナが随時地盤を解析し、崩落の危険がある箇所を補強しながら進む。レイナが作った模型が天幕の中央に置かれ、全員が進捗を確認できるようになっていた。
「ここの地盤が少し軟らかい」エレナが模型の一点を示す。「補強材を入れないと崩れます」
「資材はある」ハリムがすぐに手配した。
「このペースなら明後日の夜には牢の真下に届く」さくやが設計図に印をつける。「そこから縦に突き上げる。予定通りや」
■マルコナの視察
二日目の昼、砂漠の向こうから砂埃が上がった。
「マルコナや」ハリムの顔が一瞬こわばった。
黒衣を纏ったマルコナが、護衛を連れて工事現場に近づいてくる。その目は鋭く、工事の隅々まで見渡している。
「ハリム。ずいぶん大規模な工事やないの」
「オアシス村の井戸整備や」ハリムは涼しい顔で答えた。「インフラ補助金の用途として、問題ないはずや」
「そうね」マルコナは掘削機をじっと見た。「随分大きな機械ね。どこから調達したの」
「商人の仕入れ先は企業秘密や」ハリムは笑った。「それより、視察なら案内するで。どこから見る?」
さくやは天幕の陰から息を殺して見ていた。ユーリが隣で静かに立っている。
ハリムはマルコナを表の工事現場だけに誘導し、横穴の入口からは遠ざけた。村人たちも何も知らない顔で働き続ける。
マルコナは一時間ほど視察し、去り際に言った。 「補助金の使途報告、忘れんといてね」
「もちろんや」
マルコナが砂丘の向こうへ消えると、ハリムは静かに息を吐いた。
さくやが近づく。 「……かわしたな」
「商人は嘘はつかへん」ハリムは小さく笑った。「ただ、全部は言わんだけや」
■三日目の夜
三日目の深夜。
横穴の先端が、牢の真下に到達した。
「着きました」エレナが囁く。「ここから真上に突き上げます」
掘削機の出力を最小限に落とし、音を殺しながら慎重に縦穴を掘り始める。さくやが設計図と照らし合わせ、角度を微調整する。レイナは模型を握りしめ、祈るように目を閉じていた。
ゆっくりと、上の岩盤に亀裂が入った。
さくやが手を上げ、全員が動きを止めた。
静寂の中、亀裂はじわじわと広がり、やがて牢の床に小さな穴が開いた。
穴の向こうは、暗かった。
「……届いた」さくやが息を呑む。
エレナが小型のランプを穴の向こうへ差し込んだ。光が広がる。石造りの床、薄い壁、格子の向こうに人影が見えた。
牢の中で、誰かが動いた。床の穴に気づいた者が、恐る恐る覗き込む。
ハリムが穴から顔を出し、囁いた。
「……おい」
向こうで息を呑む気配がした。それから、小走りに近づく足音。ランプの光に照らされた顔が、穴を覗き込む。
目が合った瞬間、相手は声を失った。
「……ハリム、か」
「ああ」ハリムの声が、かすかに震えた。「迎えに来た」
砂漠の夜は静かだった。白きラクダが天幕の外で鼻を鳴らし、ドーベルマンが穴の前で静かに伏せていた。
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