■第164話 砂漠の陽炎編 ハリムの告白
言葉にするまでの時間が、一番重い。
それでも口を開いた時、何かが変わる。
砂漠の朝は、静かにそれを待っていた。
■朝
翌朝、四人は静かに視線を交わした。
ハリムが天幕の外で荷を整えている。いつも通りの動作、いつも通りの表情。昨夜の帳簿の走り書きが、頭から離れない。
さくやが立ち上がった。
「ハリムさん、話せるか」
ハリムは手を止めた。四人の顔を順番に見て、それから砂を見た。
「……ああ」
■告白
砂丘の陰に腰を下ろした。砂漠の風が頬を刺し、遠くで椰子の葉が揺れる音がした。誰も急かさなかった。
しばらくして、ハリムが口を開いた。
「俺の仲間が、捕らえられとる」
「この砂漠で一緒に商売を始めた三人の仲間や。最初はみんな、この砂漠を豊かにしたかった。水路を整備して、村と村を繋いで、誰もが商売できる仕組みを作ろうとしとった」
ハリムは砂を一掴み、ゆっくりと落とした。
「でも、マルコナが現れた」
「マルコナとは」エレナが静かに聞く。
「今は王族の参謀や。でも元々は武器商人や。十年ほど前、この地で大きな戦争があった。隣国との争いで、王族は追い詰められとった。その時、マルコナが現れた。各地の武器商人を束ね、王族に武器を供給し、戦を勝利に導いた」
「それで信頼を得た」
「ああ。王はマルコナを命の恩人やと思っとる。参謀として迎え入れ、今も全て信じ切っとる」ハリムの声が低くなる。「でも俺には分かる。あの戦争自体、マルコナが仕掛けたんやないかと」
四人は黙って聞いた。
「戦争が起きれば武器が売れる。勝った側に恩を売れる。マルコナにとって、戦争は商売や。今もそれを続けとる。各地の対立を煽り、混乱を作り出し、武器を売る。盗賊も自分の軍も、そのための道具や」
「王族軍に訴えることは」エレナが聞く。
ハリムは首を振った。 「王がマルコナの言うことしか聞かへん。訴えれば王族軍が動く。そうなったら村ごと消される。去年焼かれた村と同じや」
「仲間はなぜ捕らえられた」ユーリが聞く。
「マルコナに逆らったからや」ハリムの拳が砂を握る。「補助金の横流しを断った。インフラ整備の金を本当に整備に使おうとした。それだけや。翌朝、三人の仲間は三千人ごと王族軍に連行された」
レイナが小さく息を呑む。
「それからや。俺は命令に従い続けた。盗賊の手助けをし、補助金を横流しし、村人から憎まれた。逆らえば仲間が死ぬ。それだけを考えて、ここまで来た」
しばらく沈黙が続いた。
「できる限り住民を守ろうとした」ハリムが続ける。「襲撃の前に避難を促し、大事な物資を隠した。それだけが俺にできることやった。でも……それだけやった」
ハリムは顔を上げた。目に涙が浮かんでいた。
「もう限界や。マルコナは俺を疑い始めとる。このままでは仲間も、この砂漠も、どうにもならへん」
砂漠の風が吹いた。
「……あいつらを助けたい」
ハリムの声は小さかった。
「三人とも、本気でこの砂漠を良くしようとしとった。俺もそうやった。水路を整備して、村と村を繋いで……そんな夢があった。今もある。諦めたくない」
誰も何も言わなかった。ただ、風が砂を運んだ。
■四人
最初に口を開いたのはユーリだった。
「一緒に考える」
「失敗したら三千人が死ぬ」ハリムは首を振る。「王族軍にも頼れへん。俺一人ではどうにもならん」
「一人やから無理なんや」さくやが言った。「ウチらがおる」
ハリムは四人を見た。さくやが続ける。
「荒野でリオンのところでも、えらいことになっとった。それでも何とかなった。今度も同じや」
「神様は、必ず道を用意してくださいます」レイナが静かに手を合わせる。「あなたが諦めていない限り」
「まず整理しましょう」エレナが静かに言う。「マルコナの組織、仲間の居場所、王族との関係。感情ではなく、順番に」
ハリムはしばらく黙っていた。
四人の顔を、一人ずつ見た。
やがて、深く息を吐いた。
「……ありがとう」
夕陽が砂丘を染める。白きラクダが鼻を鳴らし、ドーベルマンが静かに四人のそばに座った。
砂漠の風が吹き抜けた。
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