■第161話 砂漠の陽炎編 重い荷を背負う商人
商人の荷は、品物だけじゃない。
背負えないものを、それでも背負う。
砂漠では、それが当たり前だった。
■翌朝
夜風が天幕を揺らし、外では白きラクダが鼻を鳴らしていた。ランプの灯りが砂に反射し、夜の砂漠を淡く照らしている。
朝を迎えると、その静けさは一気に現実の重さに変わった。
「せっかくやし、村を見て回ってもええか」 さくやがハリムに聞くと、ハリムは少し間を置いてから頷いた。 「ああ。見ておいた方がええ」
■村の中
オアシス村は、小さきものたちで溢れていた。
泉の周りに家々が密集し、路地は狭く、どこを歩いても誰かとすれ違う。椰子の木陰に市場が立ち、香辛料や乾燥果実が並んでいる。水を運ぶ音、布を織る音、交渉する声。物は動いていた。ハリムが物流を仕切っているから、流通だけは止まっていない。
だが、活気が足りなかった。
市場の屋台は出ている。品物も並んでいる。それでも村全体が、どこか萎んでいた。稼いでも手元に残らない。そのことを皆が知っているような、諦めにも似た静けさが漂っていた。
エレナが静かに言う。 「物は動いています。ハリムが仕切っているから流通は止まっていない。でも村人の手元には残らない。稼いでも稼いでも、税で持っていかれる」
レイナは泉のそばで足を止めた。水は澄んでいる。椰子の実も実っている。それでも村は、どこか萎んでいた。 「もったいないですわ……こんなに恵まれた土地なのに」
一方、村の外れにはしっかりとした造りの家が並んでいた。ハリムの拠点もその一つだった。分厚い壁、広い倉庫、積み上げられた荷物。
「ハリムさんとこだけ、全然ちゃうな」さくやが小声で言う。
ハリムは黙って歩いていた。
■税の仕組み
泉のそばで、皺深い者が四人に語りかけてきた。 「稼いでも、持っていかれます。商売に力を入れようにも、増やした分だけ取られる仕組みで……手元には何も残らない」
「稼げば稼ぐほど、取られる割合も上がる」エレナが続ける。「一番稼いでいる者は、収入の六割が税になる。頑張るほど損をする仕組みです」
ハリムは黙って聞いていた。さくやが横目で見る。 「……ハリムさんも、そのひとりやな」 「ああ」ハリムは短く答えた。「オアシスへの物流を仕切っとる分、俺が一番取られる」
レイナが静かに手を合わせた。
ユーリが問いかける。 「誰が、この仕組みを作った」
村人たちは口を閉ざした。長い沈黙の後、ハリムが肩を落としながら言った。
「……俺だ。俺が徴収している」
「はぁっ! あんたが!?」 さくやの声が飛ぶ。「村人から見たら、完全に悪の親玉やん」
「言うな……」ハリムは顔を手で覆った。「毎晩、眠れないんや」
■見覚えのある鎧
その時、砂漠の向こうから砂埃が上がった。
小さきものの兵士たちの一団だった。整然と並んだ鎧、統一された旗印。四人はその姿を見た瞬間、動きを止めた。
さくやがユーリに目をやる。ユーリが小さく頷く。
「……リオンのとこに来てた連中と、同じ格好や」
声は低く、ほとんど息だけだった。村人は家の影に身を縮め、音もなく消えていく。
「今月の税を徴収する」
隊長の声は平坦で、感情がなかった。
ハリムは無言で麻袋を差し出す。兵士たちは品物を一つひとつ確認し、黙って持ち去っていく。
兵士たちが去った後、ハリムが低い声で言った。
「……税を払う代わりに、王族軍が盗賊から村を守る。それがこの砂漠の仕組みや」
「守ってくれるんか」さくやが聞く。
「一応な」ハリムは遠くを見たまま言った。「でも去年、二つ先の村が焼かれた。税を払えなかった、それだけや。朝に兵士が来て、夕方には何もなくなっとった」
「……守るんやなくて、脅しやん」
ハリムは何も言わなかった。
「俺が悪者になって、村人からは憎まれる。それでも……これが俺の役目なんや」
四人は黙って倉庫に案内された。積み上げられた香辛料、絨毯、金属器具。砂漠地域の物流を一手に担う規模が、一目で分かった。誰も何も言わなかった。言葉が見つからなかった。
■天幕の話し合い
その夜、四人は天幕の中で肩を寄せ合っていた。ランプの灯りが揺れ、砂漠の夜風が布を揺らす。
「……ハリムさん、悪い人やないよな」 さくやが呟く。
「悪い人ではない」エレナがすぐ答えた。「でも、悪い仕組みの中にいる」
「仕組みが悪いのと、人が悪いのは、ちゃうんですわね」レイナが静かに言う。
「ちゃう」ユーリが短く言った。
しばらく沈黙が続く。
「でもなあ」さくやが天幕の天井を見上げる。「仕組みが悪いからって、そのまま放っといたら、また村が焼かれるかもしれんやん」
「そうなります」エレナが淡々と言う。「このまま続けば、遅かれ早かれ」
「……神様は、きっと答えを用意してくださっていますわ」レイナが祈るように手を合わせる。
「神様に聞けたらええけどな」さくやがぼやく。
「聞けませんよ」エレナが真顔で返す。
「分かっとるわ」
ユーリが砂を一握り、手の中で転がしながら言った。 「でも、ここまで来た。見てしまった。……放っておけるか」
誰も答えなかった。でも、答えは出ていた。
白きラクダが天幕の外で鼻を鳴らす。風が砂を運び、ランプの灯りが小さく揺れた。
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