■第160話 砂漠の陽炎編 白きラクダとの出会い
砂が、光る。
熱が、揺れる。
果てしない海が、ここにもある。
■荒野の果て
荒野を抜けた瞬間、四人の足が止まった。
砂だけがあった。どこまでも、砂だけが。
波のように連なる砂丘が地平線まで続き、熱で揺れる空気がすべてを歪ませる。太陽は真上から容赦なく照りつけ、砂の表面は触れれば火傷するほどに焼けている。風が吹くたびに砂粒が顔を叩き、口の中まで砂の味がした。
「うわあ……これが、本物の砂漠か」 さくやの声が乾いた空気に溶けた。
エレナは手帳に目を落としたまま言う。 「日中は五十度を超えることもあります。夜は氷点下。水分確保が最優先です」
レイナは砂の海を見つめ、静かに手を合わせた。
ユーリはポニーの首を撫でながら、短く言った。 「進もう」
■砂の海
一歩踏み出すたび、足が砂に沈む。抜いて、また沈む。それを繰り返すだけで体力が削られていく。汗はすぐ乾き、水筒の水がみるみる減る。
砂丘を登りきっても、次の砂丘があった。その次も、また砂丘だった。景色は変わらない。方角も分からない。ただ砂と空と太陽だけが、どこまでも続いていた。
「……なあ、これ、ほんまに道あるんか」 さくやが呟くが、誰も答えない。
視界の端で蜃気楼が揺れる。水のように見えるが、近づくたびに消える。ポニーも足を取られながら、それでも黙って歩き続けた。
■砂嵐
ふと、風が止んだ。
音が消えた。砂の流れも、ポニーの息遣いさえも、世界から切り取られたように静まり返る。
「……なんか、変やな」 さくやが空を見上げる。空の色が変わっていた。青ではない。黄色く、濁っている。
その時、ポニーが急に立ち止まった。耳を伏せ、鼻を鳴らし、足を踏みしめて動かなくなる。
ユーリの目が細くなった。
「伏せろ。お互いをつかめ」
「え、」
「今すぐや」
さくやが声を上げる前に、壁が来た。
砂の壁だった。地平線の端から端まで、茶色い闇が猛烈な速さで迫ってくる。荒野でも砂煙は何度か経験していた。だがあの規模ではなかった。
四人は地面に伏せ、互いの手首をつかんだ。ポニーもその場に蹲る。次の瞬間、轟音とともに砂が叩きつけてきた。息ができない。目も開けられない。ただ手を離さないことだけを考えた。
どれほど経ったか分からない。
静寂が戻った時、砂丘の形がまるごと変わっていた。
四人は顔を上げ、立ち尽くす。どこを向いても同じ景色。来た道も、進む道も、消えていた。
■白きラクダ
ポニーが鼻を鳴らした。
「……あれ」
レイナが砂丘の斜面を指さす。砂の中から、白いものが突き出ていた。
近づいてみると、それは頭だった。長いまつ毛。大きな鼻の穴。砂に埋まったまま、こちらをじっと見上げている。
「……首だけ出とる」 ユーリが目を細めた。
「生きとるやん!」 さくやが駆け寄る。「掘り出さな!」
四人とポニーで砂を掻き出した。重い体が少しずつ現れてくる。白い毛並み、長い首、折り畳まれた脚。全身が雪のように輝く、一頭のラクダだった。
ようやく立ち上がったラクダは、ぶるりと体を震わせて砂を払った。それから四人を順番に見回し、さくやの前で止まった。
「な、なんや」
ラクダは首を伸ばし、さくやの襟首を咥えた。
「でごぁ!」
そのまま持ち上げ、自分の背中にそっと乗せる。
「お、おい、なんで私だけ!」
ラクダは鼻を鳴らした。レイナが笑いを堪えながら言う。 「……気に入られたのでしょう」
「気に入るな!」
それでもラクダは動かない。さくやが諦めて背中にしがみつくと、今度はエレナ、レイナ、ユーリへと順番に頭を下げた。乗れ、ということらしい。
ラクダが歩き出すと、ポニーもその隣についた。ラクダは迷わなかった。砂丘を越え、岩陰を抜け、どこまでも真っ直ぐ歩いていく。自分の家へ帰るように。
■ハリムとの出会い
やがて遠くに緑が見えてきた。泉の水面が朝日に輝き、椰子の木々が涼しい影を落とすオアシス村だった。
村の入口に差し掛かった時、一人の青年が砂丘の向こうから駆けてきた。息を切らし、目を皿のようにして四人を見る。それからラクダを見る。
「……! おい、俺のラクダやんか!」
青年はラクダに飛びつき、首に抱きついた。ラクダは鼻を鳴らし、青年の頬を舐める。
「どこ行っとったんや。砂嵐の後から見当たらんくて……」
しばらくしてようやく四人に気づき、青年は頭を下げた。
「このラクダの飼い主や。ハリムいうもんや。……もしかして、助けてくれたんか?」
「砂に埋まっとったから掘り出しただけや」さくやが答える。
ハリムはラクダをもう一度見た。四人の上に乗っかった砂の跡、ポニーとぴったり並んで歩く姿。それからさくやを見て、目を細めた。
「……自分から乗せたんか、こいつが」
「咥えられたんや」さくやが訂正する。
「こいつが人を乗せるんは、よっぽど気に入った時だけや」ハリムは静かに言い、それからふっと笑った。「あんたら、ただもんやないな」
ハリムは四人に向き直り、深く頭を下げた。
「助けてくれた礼がしたい。今夜、宴を開かせてくれ」
■夜の宴
ハリムの宴は盛大だった。
羊の丸焼き、山盛りのナン、香辛料の効いたスープ、乾燥果実を練り込んだ菓子。次々と並ぶ料理に、四人は目を丸くした。
「……ええんか、こんなに」 さくやが恐る恐る聞く。
「遠慮すんな。食え食え」
四人は顔を見合わせ、それから一斉に食べ始めた。もしゃもしゃ、もしゃもしゃ。荒野を出て以来、まともな食事にありつけていなかった。手が止まらない。会話も止まる。ただひたすら食べた。
ハリムの千人があちこちで腹を抱えた。笑い声が波のように広がる。
「あははは! 砂漠越えてきたら、そうなるよなあ!」
「笑うな、腹減っとんや」さくやがもしゃもしゃしながら言う。
それがまた笑いを呼んだ。
やがて宴が落ち着いた頃、白きラクダが四人のそばにやってきて、どっかりと座り込んだ。動く気配が全くない。
「……こいつ、離れへんな」 ハリムが苦笑いする。「ほんまに気に入られたんやな、あんたら」
さくやはラクダを見上げ、小さくため息をついた。 「……砂漠って、不思議なとこやな」
白きラクダは鼻を鳴らした。
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