■第157話 荒野の開拓編 縛られた土地
働けば働くほど、深みにはまる。
それが罠だと気づいていても、出口が見えない。
それでも人は、今日を生きていく。
■整備が始まる
翌朝から集落の整備が始まった。
まず取り壊しの順番を決めた。もたれ合っている建物の構造をさくやが確認し、どこから手をつければ連鎖崩壊しないかを見極めた。エレナが強度を計算し、大工の親方が取り壊す順番を地図に書き込んでいく。
「この区画から始めます。この建物を先に補強してから、隣を取り壊す」大工の親方が言った。
「鉄骨で仮補強してから解体するんやな」さくやが確認した。
「その通りです。溶接工に先に入ってもらいます」
溶接工が仮補強の鉄骨を組み始めた。火花が散り、建物が少しずつ安定していく。その横で大工が慎重に壁を解体していく。
新しい住居の基礎工事も始まった。鉱山の掘削機材を借りて、岩盤を削りながら基礎を掘っていく。機材の音が集落に響いた。
「岩盤、やっぱり硬いですね」土木職人が言った。「でも鉱山の機材があれば進みます」
「上下水道の配管ルートも並行して掘り進めましょう」エレナが指示した。「岩盤を削るのは一度にやった方が効率がいい」
レイナが新しい住居の配置を確認しながら、建物のデザインを描き込んでいた。窓の位置、風の通り道、採光の角度。
「……ここに窓を増やした方がいいですね。朝の光が入ります」レイナが言った。
「設計に反映します」さくやが言った。
リオンが作業を見渡しながら、あちこちに声をかけていた。
「第二区画も今すぐ——」
「第一区画が終わってからや」さくやが言った。
「……わかった」
今回は一発で止まった。職人たちが顔を見合わせて笑った。
■夕食
日が暮れると、広場に火が焚かれた。
大きな鍋が並び、労働者たちが集まってきた。質素だが温かい食事だった。リオンが仲間たちに声をかけながら椀を配っていく。
四人も輪に混ざった。火の明かりに照らされた顔が並ぶ。
「……温かいですね」レイナが椀を両手で持ちながら言った。
「質素やけど、みんなで食べると違うな」さくやが言った。
ユーリが黙って食べていた。しばらくして言った。「……海の魚が食べたい」
「贅沢言わんといて」さくやが笑った。
■なぜここで働いているのか
食事が落ち着いてきた頃、さくやがリオンに聞いた。
「なあ、リオン。みんな、なんでここで働いてるんや。王族軍があんな態度をとるのに、従うしかないんか」
広場が少し静かになった。
リオンが椀を置いた。
「……この土地は、もともと荒野だった。誰も住んでいなかった。王族が声をかけてきた。この土地を開拓すれば、住む場所を与える。資金も貸すと」
「それで来たんか」
「……来た。鉱山を掘れば石炭が出た。王族はそれを持っていく。資金の返済はその石炭で賄うという約束だった」
近くに座っていた労働者が口を開いた。「最初はそれでよかった。利子も決して高くなかった。採掘道具は王族の業者から買う決まりだったが、最初は相場通りの値段だった」
「でも変わっていったんですね」レイナが静かに言った。
「少しずつな」労働者が続けた。「石炭の買取価格が少し下がった。道具の値段が少し上がった。食料や生活用品も王族の流通を通す決まりで、それも少し高くなった。土地の使用料も少し上がった。利子も少し上がった」
さくやが黙って聞いていた。
「一個一個は大したことない。文句を言える筋合いでもない。でも全部重なると……」
労働者が言葉を止めた。
「……働いても働いても、借金が減らない」リオンが静かに引き取った。
広場に沈黙が広がった。火の音だけが続いていた。
「リオン、契約書を見せてくれ」さくやが言った。
■契約書
管理室に戻ると、リオンが分厚い書類の束を取り出した。
エレナが受け取った。最初のページを開いた。次のページを開いた。パラパラとめくりながら、時折止まって数字を確認していく。
「……少し計算させてください」
誰も何も言わなかった。
エレナが記録帳を広げた。石炭の買取価格の推移、道具の仕入れ値、食料の流通マージン、土地の使用料、利子の変動。それぞれは小さな数字だった。でもエレナの手が止まらなかった。
しばらくして、エレナが顔を上げた。
「……一個一個の条件は、確かに不当とは言い切れません」
「でも?」さくやが言った。
「全部合わせると」エレナが記録帳を見せた。「現在の採掘量と石炭価格が続く限り、理論上、永久に返済できません」
リオンが黙った。
「……わかってはいた」
「わかってて、ずっと働いてたんか」さくやが言った。
「……他に選択肢がなかった。ここに来た者たちが安心して暮らせるように、できることをやるしかなかった」
さくやがリオンを見た。リオンは地図に目を落としていた。
「……巧妙やな」さくやがぼそっと言った。「一個一個はおかしくない。でも全部言う通りにしてたら、永遠に抜け出せない」
「理論上は、そうなります」エレナが静かに言った。「ただ」
「ただ?」
「抜け出す方法がないわけではありません。時間はかかりますが」
リオンが顔を上げた。
「……聞かせてくれ」
エレナが記録帳を開いた。さくやが隣に座った。レイナが静かに目を閉じた。ユーリが窓から夜の荒野を眺めていた。
「まず現状を正確に把握することから始めます。次に……」
夜が更けていった。
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