■第156話 荒野の開拓編 三万人の暮らし
鉱山の外に、もう一つの世界があった。
働く者たちが帰る場所。
そこもまた、一から作り直す必要があった。
■集落へ
鉱山の改良が軌道に乗った翌日、リオンが四人を連れて集落に向かった。
岩山の裏手に回ると、石造りの建物が密集して並んでいた。石壁に鉄の補強材、ガラス窓もある。建材は悪くない。ただ、密集しすぎていた。建物と建物の間が狭く、風が通らない。住居と作業場が混在し、どこが生活の場でどこが仕事の場なのかわからない。
「……住居と仕事の場所が全部混ざってるな」さくやが言った。
「鉱山に近い方が効率がいいからな」リオンが答えた。
「効率の前に、ちゃんと生活できる場所かどうかや」
リオンが少し黙った。「……わかっている。でも何から手をつければいいか」
「見てから考えよう」さくやが言った。
■住居環境
建物の中を見せてもらった。
石造りの壁は一見しっかりしているが、さくやが床を踏みしめると、微妙に揺れた。
「……基礎がない」
しゃがんで床下を確認した。地面に直接石を積んでいるだけだった。柱の位置も不揃いで、荷重が均等にかかっていない。
「突貫工事で建てたんか」さくやが言った。
「……人が増えるたびに急いで建てた」リオンが答えた。
さくやが建物の外に出て、隣の建物との間隔を確認した。壁同士が触れそうなほど近かった。片方の壁を押すと、隣の建物がわずかに動いた。
「……もたれ合ってる。一棟壊したら隣も倒れるで」
「今すぐ補強する!」リオンが立ち上がった。
「補強で済む話やない」さくやが言った。「基礎がないまま補強しても意味がない。集落ごと作り直す必要がある。しかも取り壊しの順番を間違えたら連鎖で崩れる」
リオンが黙った。
「住居エリア・仕事エリア・共用施設エリアをきっちり分ける。今の建物は順番を決めて丁寧に取り壊して、倉庫や作業施設に転用する。新しい住居を上下水道込みで、ちゃんと基礎から設計して建てる」
「……でかい話になってきたな」
「でかい話や。でもやる価値はある」
■ユーリの現地踏査
「地形と水脈を確認してくる」ユーリが言った。
「頼む。気づいたことは随時送って」さくやが言った。
ユーリがリオンの厩舎に向かった。ポニーが一頭、こちらを見ていた。ユーリが手綱を握ると、ポニーがユーリの顔を見上げた。
「……トナカイより小さい」
ユーリがぼそっと言って、ひらりと乗った。ポニーが軽く身震いした。ユーリがそのまま集落の外へ駆け出した。
しばらくして、最初の報告が届いた。
「……川まで走って十分。緩やかな下り勾配。支川を引くのに向いた地形だ」
さくやが地図に書き込んだ。「地盤は?」
「……岩盤が浅いところにある。固い」
エレナが受け取りながら言った。「岩盤が浅いなら基礎工事はしやすいですね。ただ上下水道の配管埋設は岩盤を削る必要があります。掘削に時間とコストがかかります」
「そこは覚悟してやるしかないな」さくやが言った。「鉱山に掘削の道具と職人がおるやろ」
「……なるほど」エレナが記録帳に書き込んだ。
次の報告が届いた。
「……集落の北側に地下水脈がある。井戸を増やせば補助水源になる」
「ダムの候補地は見えるか」さくやが送った。
しばらく間があった。
「……川の上流に岩盤がある。水を貯めるのに適した地形だ。今から詳しく確認する」
「頼む」さくやが返した。
報告が届くたびに、さくやの設計図に線が増えていった。住居エリアは風通しがよく日当たりのいい場所に。仕事エリアは鉱山に近い場所に。共用施設は両方のエリアの中間に。川からの支川ルートと上下水道の配管が少しずつ形になっていく。
「上下水道の管径と勾配の計算をお願い」さくやがエレナに言った。
エレナが数値を出し始めた。人口3万人分の水需要、排水量、管の太さ、勾配、ポンプの揚程。記録帳が数字で埋まっていく。
「上水道の配管径はこれで十分です。下水道は集落の端に処理場を設けて、そこから荒野の外に排出します。岩盤の掘削は鉱山の機材を借りれば効率よく進められます」
「リオン、掘削機材と職人、借りられるか」さくやが言った。
「貸す!今すぐ——」
「工程表に組み込んでからや」さくやが言った。
「……わかった」
レイナが模型を作り始めた。
さくやの設計図とエレナの数値を見ながら、小さな建物を並べ、道路を引き、水路を再現する。住居エリアと仕事エリアをゾーンで色分けし、支川の流れを細い糸で表現した。ダムの候補地には小さな岩を積んだ。
そこへユーリから最後の報告が届いた。
「……ダムの候補地、確認した。岩盤が両岸にある。基礎に使える。水量も十分だ」
「完璧や」さくやが言った。「戻っておいで」
しばらくして、ポニーに乗ったユーリが戻ってきた。砂埃をかぶっていた。ポニーも息を弾ませていた。
「……ポニー、速い」ユーリが言った。
「トナカイより速かったか?」さくやが聞いた。
「……方向が読めない。トナカイは雪山の地形を知っている」
「慣れやな」さくやが笑った。
■設計図と模型
机の上に集落全体の模型が完成していた。
職人たちが覗き込んだ。
「……これは面白い仕事になるな」鍛冶屋の親方が言った。
「上下水道の配管、やってみたかったんですよ」土木職人が言った。
「基礎からちゃんと建てる住居、任せてください」大工の親方が言った。
職人たちの目が輝いていた。
リオンが模型を見た。しばらく黙っていた。
「……すごい。今すぐ——」
「工程表を作ってからや」さくやが言った。
「……わかった」
今回は一発で座った。職人たちが笑った。
「リオンさん、成長しましたね」鍛冶屋が言った。
「……うるさい」リオンが笑った。
■王族軍
その時、外が騒がしくなった。
リオンの表情が変わった。
「……少し待っていてくれ」四人に言った。「ここを動かないでくれ。頼む」
「何があったんや」さくやが言った。
「すぐ戻る」
リオンが外に出た。
四人が窓から外を覗いた。
大きな荷車が何台も連なっていた。鉱石を積み込む作業員と、それを監視する武装した集団。隊列を組み、横柄な態度で鉱山に入っていく。
「……王族軍か」ユーリが静かに言った。
リオンが隊長らしき人物と話していた。隊長が何か言うたびに、リオンが頭を下げる。隊長が鉱石の山を見て、何か怒鳴った。リオンがまた頭を下げた。笑顔だった。でも目が笑っていなかった。
「……リオン、あんな顔もできるんやな」さくやが言った。
しばらくして、王族軍が荷車に鉱石を積み込んで去っていった。
リオンが管理室に戻ってきた。いつもの表情に戻っていた。
「……待たせた」
「何やったんや」さくやが言った。
「週に一度の鉱石の運搬だ。毎回ああいう感じだ」リオンが静かに言った。
「横暴やな」
「……慣れた」
さくやがリオンを見た。リオンは模型に目を落としていた。
「集落の建設は、あいつらに知られない方がいい」リオンが言った。「邪魔をしてくる可能性がある」
「秘密裏に進めるということか」エレナが言った。
「……頼めるか」
四人が顔を見合わせた。
「もちろんや」さくやが言った。
リオンが頷いた。それから模型を見た。
「……必ずやり遂げる」
職人たちも黙って頷いた。窓の外で、王族軍の荷車が遠ざかっていくのが見えた。
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