■第155話 荒野の開拓編 鉱山が動き出す
設計図は、紙の上の夢だ。
それを現実にするのは、人の手と熱意だ。
リオンの鉱山には、その両方があった。
■設計図を渡す
翌朝、さくやが設計図を広げた。
換気ファンの設置位置と必要台数、支保工の補強箇所と優先順位、樋と水路のルート、ポンプの設置場所。エレナが夜通し計算した数値が、レイナの手で丁寧に図面に落とし込まれていた。
「画家が描いた設計図です」レイナが静かに言った。
「十分すぎるくらい正確ですよ」エレナが答えた。
リオンが設計図を受け取った。しばらく眺めた。
「……すごい」
「褒めるのは後でええ」さくやが言った。「まず職人を集めて」
「もう集めた!」
「……いつ集めたんや」
「昨夜のうちに」
さくやが呆れた。「寝てへんのか」
「寝てる暇はない!」
■職人たちが動く
管理室の外に、職人たちが集まっていた。
鍛冶屋、溶接工、大工、石工、土木職人、縫製職人。それぞれが道具を手に、設計図を覗き込んでいる。
リオンが設計図を掲げた。
「見ての通りだ!換気ファンは第一・第三・第七坑道の入口から五十メートル地点に設置!支保工は傷みの激しい区間から順番に鉄骨と鉄板で補強!水路は東側の坑道から掘り始める!今すぐ動け!」
職人たちが一斉に動き出した。
さくやが横で見ていた。「……リオン、説明早すぎひんか」
「わかってる。みんな優秀だ」
鍛冶屋の親方が設計図のファン仕様を確認しながら言った。「風量の計算、合ってますよ。この強度なら奥まで届く。設置台は鉄骨で組みます」
「……ほんまにわかってるな」さくやが言った。
「当たり前だ」リオンが胸を張った。
■換気ファンの設置
第一坑道から始まった。
鍛冶屋が鉄板を切り出し、溶接工がファンの設置台を組み上げる。火花が散り、金属が溶けて接合されていく。大工が補助の木枠を組み、エレナが設置角度を確認した。
「ここの角度、二度ずれています」エレナが言った。
溶接工が即座に修正した。火花が再び散る。
「……速いな」ユーリが言った。
「慣れてますから」溶接工が笑った。
ファンが回り始めた。
空気が動いた。よどんでいた坑道の空気が、ゆっくりと入れ替わっていく。近くで作業していた小さきものが、深く息を吸った。
「……空気が違う」
レイナが目を閉じた。「……さっきより、ずっと軽いです」
「理論値通りの風量です」エレナが記録帳に書き込んだ。
リオンが坑道の奥を見た。「第三・第七も急ぐ!」
「順番通りにやれば今日中に終わります」さくやが言った。「焦らんでええ」
「焦ってない!急いでいるだけだ!」
「同じや」
■支保工の補強
石工の親方が傷んだ支保工の前に立った。亀裂を丁寧に確認し、必要な補強材を書き出していく。
「この区間、木の柱だけでは限界がありますね。鉄骨を芯に入れて、鉄板で巻いて溶接します。梁の角度も変えた方がええ。荷重の分散が改善できます」
さくやが設計図を確認した。「それ、エレナの計算に入ってるか」
「入っています」エレナが答えた。「親方の判断は正しいです」
溶接工が鉄骨を運び込んだ。鍛冶屋が鉄板を切り出し、寸法を合わせていく。石工が既存の柱を固定しながら、鉄骨を差し込む隙間を作る。
火花が坑道の中で散った。溶接の音が響く。鉄と鉄が溶け合い、補強材が一体化していく。
石工の親方が仕上がりを確認した。「……こんな設計図、初めて見ました。細かいところまで考えてある」
「レイナが描きました」さくやが言った。
親方がレイナを見た。レイナが静かに頭を下げた。
「……画家なのですが」
「画家が描いた設計図が一番わかりやすかったです」親方が笑った。
補強された支保工をユーリが触った。「……しっかりしている」
「当然だ!うちの職人は優秀だ!」リオンが言った。
さくやがぼそっと言った。「設計図があったからやで」
■水路工事
土木職人たちが東側の坑道に入った。
ユーリが先導した。染み出しの多い箇所を指さし、水脈の流れを説明する。職人たちがそれを聞きながら、樋を設置する位置を決めていった。
「……ここから水が集まってくる。樋はここに向けて角度をつける」
「なるほど」職人の一人が頷いた。「自然の流れに逆らわないように設置すれば、維持管理も楽になる」
鍛冶屋が鉄製の樋を次々と運び込んだ。溶接工が接合部を溶接していく。鉄の樋が坑道の壁に沿って伸び、水の通り道が形になっていく。
坑道の壁を伝っていた水が、少しずつ樋に集まり始めた。水の音が変わった。壁をつたう音から、樋を流れる音へ。
「……いい流れだ」ユーリが言った。
ポンプの設置場所では、鍛冶屋が鉄製のポンプを組み上げていた。エレナが揚程の計算と設置角度を確認しながら指示を出す。
「接合部をもう少し締めてください。圧力がかかった時に緩みます」
「わかりました」鍛冶屋が工具を手に取った。
ポンプが動き始めた。地下に溜まった水が、管を通って坑道の外へ汲み出されていく。
「お前のおかげだ!」リオンがユーリに言った。
「……職人の腕のおかげだ」ユーリが言った。
職人たちが顔を見合わせて笑った。
■衛生環境の整備
エレナが作業員の詰め所を回った。
手洗い場の設置場所を決め、休憩場所に椅子と机を並べた。次はマスクの問題だった。
「粉塵対応の細かい目のマスクが必要です。今使っているものでは粒子が通り抜けています」
縫製職人が素材を確認した。「布の目を細かくすれば作れます。ただ呼吸がしやすいよう、形も工夫が必要ですね」
「フィルター部分に細かい織りの布を重ねて、顔への当たりを柔らかくしてください」エレナが言った。
縫製職人が試作品を作り始めた。布を切り、縫い合わせ、形を整える。しばらくして試作マスクができあがった。
作業員が一人、つけてみた。坑道の中を歩いた。戻ってきた時、咳が出なかった。
「……違う」
「量産できますか」エレナが縫製職人に聞いた。
「三日あれば全員分作れます」
「お願いします」
リオンが縫製職人の肩を叩いた。「頼む!」
「わかってますよ、リオンさん」縫製職人が笑った。
■日が暮れて
夕方、坑道の入口にリオンと四人が並んで立った。
朝とは空気が違った。坑道から出てくる作業員の顔が、少し軽くなっていた。疲れはある。でも朝の重さがない。
あちこちから溶接の火花が散り、ファンの回る音が坑道の奥から聞こえてくる。鉄と石と木が組み合わさって、鉱山が少しずつ変わっていった。
「……変わったな」ユーリが言った。
「一日でここまで進むとは思いませんでした」エレナが記録帳を閉じた。
「リオンの仲間たちが優秀やからや」さくやが言った。
リオンが作業員たちを眺めた。
「……俺は何もしていない。みんなが動いてくれただけだ」
「リオンが熱く言うから、みんなが動くんやで」さくやが言った。
リオンが黙った。
「でも」さくやが続けた。「方向を決めてから走る練習、続けてや」
「……わかった」リオンが言った。「疑うことも、か」
「それはもうちょっと先でええ」さくやが笑った。
レイナが坑道を背景に、一日の作業の様子をスケッチしていた。溶接の火花、鉄骨が入った支保工、水路を流れる水。
ユーリが覗き込んだ。「……全部描いてるのか」
「……記録として」レイナが静かに言った。
夕日が岩山を赤く染めていた。明日も工事は続く。
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