■第154話 波乱の女子旅編 鉱山の責任者
考えるより先に、体が動く人がいる。
それは時に頼もしく、時に混乱を招く。
リオンは、その両方を兼ね備えていた。
■岩山から眺める
岩山の中腹まで登ると、鉱山の全体像が見えてきた。
広大だった。山肌を覆うように坑道が無数に口を開け、荷車が行き交い、小さきものたちが蟻のように動いている。坑道と坑道をつなぐ通路が複雑に入り組み、土煙が上がり、金属を打つ音が絶えない。
「……でかい」ユーリが言った。
「坑道の数だけで三十は超えています」エレナが記録帳を広げた。
「あんな場所で……」さくやが腕を組んだ。
レイナがしばらく眺めてから、スケッチブックを開いた。鉱山全体を俯瞰で描き始める。
「レイナ、行くで」
「……もう少しだけ」
「後で描いて」
レイナがしぶしぶスケッチブックを閉じた。
■リオン
岩山を下りると、麓の事務所の前に小さきものが一人立っていた。書類を抱え、鉱山の方を眺めながら何かぶつぶつと言っている。
さくやが声をかけた。「ちょっとええか。ここで何を掘ってるんか、何のために掘ってるんか知りたいんやけど」
「掘っているのは主に石炭だ。遠い国の王族の命令でな。週に一度、輸送隊が来て持っていく。他の鉱石も出るが詳しくは知らされていない」
「もう少し詳しく聞かせてもらえへんか」
「わかった。案内する!」
歩き出した。止まらなかった。
四人が顔を見合わせた。
「……名前も聞いてへんのに」さくやが言った。
「……怪しまないのか」ユーリが言った。
「詳しく聞かせてと言ったら案内が始まりました」エレナが言った。
すでに十メートル先を歩いていた。
「待ってください!」さくやが駆け出した。
「俺はリオン。この鉱山の責任者だ」
歩きながら名乗った。3万人の労働者を1000人で指揮していること、問題が山積みなことを話しながら、すれ違う小さきものたちに次々と声をかけていく。
「リオン、第七坑道の作業員が足りません。今日の採掘量が達成できそうにない」
「俺が行く!」
「リオン、今週分の資材がまだ届いていません。支保工の補修が止まっています」
「業者に催促する!今すぐ!」
「リオン、第二坑道の荷車が二台壊れました。搬出が滞っています」
「修理班を呼ぶ!」
「リオン、交代の時間が守られていない坑道があります。疲労で事故が起きそうです」
「俺が見回る!今から!」
さくやが横を歩きながら言った。「リオン、全部自分でやろうとしてるやろ」
「全力でやるだけだ」
「それが問題や。自分が動く前に、誰かに任せることを考えてみ」
「……任せられる人間が足りない」
「それは別の問題やな」さくやが言った。
すれ違う小さきものが「リオン、今日も走ってますね」と声をかけた。「当たり前だ!」とリオンが答えた。小さきものが笑いながら去っていった。
「……慕われてるんやな」さくやが言った。
「全力でやるだけだ。でも足りない部分は……ずっと困っていた」
「ちょっと待って」さくやが言った。「見知らぬ旅人の言うことをそんなすぐ信じるんか」
「お前たちは信頼できる」
「なんで?会って一時間も経ってへんで」
「……勘だ」
さくやがぼそっと言った。「……疑うことも大事やで、一応」
■迷宮の坑道
坑道に入ると、外の熱気が嘘のように消えた。ひんやりとした暗闇が広がり、ランタンの光が届く範囲だけが見える。
通路が枝分かれしていた。左、右、また左。上に登る坑道、下に降りる坑道。荷車が行き交い、小さきものたちが無言で動いている。どこまで続いているのかわからない。
「メインの坑道はこっちだ!」リオンが角を曲がって消えた。
「……また消えた」エレナが言った。
「ついていくしかないな」ユーリが言った。
追いかけながら進むうちに、四人はそれぞれ気になるものを見つけ始めた。
さくやが立ち止まり、支保工の柱を見上げた。亀裂が何本も走っている。梁との接合部が浮いているところもあった。
「リオン、支保工を見て。柱だけやなくて梁との接合部も傷んでる。部分補強だけでは追いつかへん、全体的に見直す必要がある」
「今すぐ補強する!」
「どこから手をつけるか順番を決めてからや。補強している間に別の場所が崩れたら意味がない」
リオンが地図を出して印をつけた。今度はすぐ動かなかった。
しばらく進むと、レイナが立ち止まった。
「……ここ、空気が重いです」
目を閉じて、ゆっくりと呼吸を整える。
「少し先の曲がり角から、空気が淀んでいます」
エレナが周囲を確認した。「坑道の形状から見て、曲がり角の先は特に換気が悪い。強度のあるファンを要所に設置して奥まで風を送り込む設計にしないと、長時間の作業で体に影響が出ます」
「ファンを設置する!今すぐ——」
「坑道の長さと断面積から必要な風量を計算してから発注しないと、強度が足りなくなる」さくやが言った。「計画が先や」
リオンが黙って地図に印をつけた。
次の区間に入ると、ユーリが床にしゃがんだ。壁を手のひらで押さえ、染み出しの量と広がり方を確かめた。少し先まで歩いて、また確かめた。
「……この区間は小さい水脈だ。でもこの先は大きい。複数の水脈がここに集まってきている」
「今すぐ掻き出す!」
「掻き出しても、また来る」ユーリが言った。
さくやが続けた。「水脈の大小に合わせて樋を設置して、坑道に沿って水路を作る。追いつかない分はポンプで汲み上げる。地盤が緩む前に手を打たないと支保工が効かなくなる」
リオンがユーリをじっと見た。
「……どこでそれがわかるんだ」
「……染み出しの量と広がり方で読める。雪山で覚えた」
「すごいな」リオンが即座に言った。
さくやがぼそっと言った。「……ほんまに疑うことを覚えてや」
エレナが作業中の小さきものの手を確認した。
「皮膚に炎症が出ています。粉塵対応のマスクに変えること、作業後の手洗い場の設置、休憩場所の確保。衛生面の改善は体への負担を直接減らします」
「今すぐ——」
「段取りが先や」さくやが言った。
リオンが四人を順番に見た。
支保工の問題を指摘したさくや。空気の淀みを感じ取ったレイナ。水脈の大小を読んだユーリ。構造の欠陥を解析したエレナ。
「……お前たち、何者だ」
「ただの旅人やで」さくやが言った。
「旅人がこんなことを知っているのか」
「知ってる仲間が揃っただけや」
リオンがしばらく黙った。「……俺一人では、何から手をつければいいかも、誰に聞けばいいかも、ずっとわからなかった」
「全力でやるのはええ」さくやが言った。「でも方向を決めてから走らないと、全力が空回りするで」
リオンが静かに笑った。「……手厳しいな」
「ほめてるんや」さくやが言った。
■管理室で
管理室に戻ると、エレナが地図の前に立った。
「優先順位をつけます。一番は換気、次に支保工の補強、地下水処理と衛生面は並行して進めます」
リオンが頷きながら立ち上がりかけた。さくやが肩を押さえた。
「まだ聞いて」
「でも早く——」
「全部聞いてから動いた方が、結果的に早いで」
リオンが座り直した。今度は最後まで聞いた。
「……信じる。全部やる!」
「まず換気と支保工から始めて、水路とポンプは材料の調達と並行して進める。衛生面は今日から動ける部分だけ先にやる」さくやが言った。
リオンが立ち上がった。「よし——」
「座って」さくやが言った。
「なんでや」
「疑うことの練習や」
リオンが固まった。しばらくして、静かに座った。
「……難しいな」
「そうや」さくやが笑った。「でもできるようになったら、もっと強いリーダーになれるで」
レイナが管理室の地図をスケッチしていた。エレナが「今は必要ないのでは」と言った。「……記録として」とレイナが答えた。
ユーリが窓から鉱山を眺めた。夕日が岩山を赤く染めていた。
「……やることが増えたな」
「増えたな」さくやが笑った。
リオンが地図に向き直った。その横顔に、初めて少し落ち着いた表情が浮かんでいた。
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