■第151話 波乱の女子旅編 はじめての海
雪山を出た日、世界はいつもより広く見えた。
知らない景色が、次々と現れる。
ユーリは一言も喋らなかったが、目が忙しかった。
■歩いて北西拠点へ
雪山を下り、レイナの村を抜けて、四人は歩いた。
ユーリは道中ずっと黙っていた。雪山を離れるにつれて景色が変わっていく。木の種類が変わり、空気が変わり、雪が薄くなっていく。その一つひとつをじっと目で追っていた。
「ここまで来たら雪がないな」
「北西の拠点はもう雪山の外やから」さくやが言った。
「……暖かい」
ユーリが手を広げた。雪のない空気を確かめるように、ゆっくりと息を吸った。
北西の拠点に着くと、エレナの仲間たちが出迎えた。
■車に乗る
「ここから車で行きましょう」エレナが言った。
車が一台、拠点の前に停まっていた。
ユーリが足を止めた。
「……なんだ、これは」
「乗り物やよ。ロープウェイより小さいくらいかな」さくやが言った。
ユーリが車の周りをゆっくりと一周した。タイヤを触り、窓を覗き込み、ボンネットを叩いた。
「乗ってみたらわかるよ」さくやが言った。
ユーリが恐る恐る乗り込んだ。エンジンがかかった瞬間、体がびくっと動いた。
「……音がする」
「エンジンの音ね。すぐ慣れるから」さくやが言った。
車が動き出すと、ユーリは窓に張り付いた。木々が流れていく。道が曲がるたびに、景色が変わる。
「……速い」
「鉄道に比べたらまだまだやで」さくやが言った。
「……鉄道はもっと速いのか」
「もっと速いよ」
ユーリが窓の外を見たまま、黙った。
■師匠のコテージ
南西の拠点に着くと、駅のすぐ前にコテージがあった。
さくやが扉をノックした。師匠が顔を出し、四人を順番に見て、最後にユーリで目が止まった。
「……初めまして」ユーリが言った。短く、まっすぐだった。
「初めまして」師匠が静かに答えた。「話は聞いています。入ってください」
コテージの中は温かかった。
さくやが話した。ロープウェイが完成したこと、ユーリが雪山を離れたがっていること、海を見せてやりたいこと。
師匠はじっと聞いていた。
「ユーリさん」師匠が言った。
「……はい」
「雪山を離れて、大丈夫ですか」
ユーリが少し黙った。
「29人いる。あたし一人が出ても、村は守れる」
師匠は頷いた。それからさくやを見た。
「どのくらいの旅を考えていますか」
「決めてへんです。海を見て、気の向くままに」
師匠がまた黙った。窓の外で湖の水面が光っていた。
「……わかりました。ただ一つだけ」
四人が師匠を見た。
「無事に帰ってきなさい」
さくやが頷いた。ユーリも、静かに頷いた。
■鉄道で海へ
コテージを出ると、駅がすぐそこにあった。
ホームに列車が入ってきた瞬間、ユーリが後ずさりした。
「……でかい」
「ロープウェイより全然でかいやろ」さくやが笑った。
「……なんでこんなものが動くんだ」
「エレナに聞こうか」
エレナが説明を始めた。ユーリは眉間にしわを寄せながら聞いていた。半分も理解できていない顔だったが、黙って頷いた。
列車に乗り込むと、ユーリはすぐ窓に張り付いた。動き出すと、目を見開いた。景色が流れる速さが、車とはまるで違う。
「……速い」
「やろ」さくやが笑った。
岩山トンネルに入った瞬間、ユーリが息をのんだ。
「……暗い」
「すぐ出るよ」レイナが言った。
「……さっきも同じことを言った」
「今回は少し長いかな」レイナが静かに言った。
ユーリが窓の外の暗闇をじっと見つめた。トンネルの壁が流れていく。
トンネルを抜けた瞬間、潮の匂いが車内に入ってきた。
ユーリの鼻がぴくりと動いた。
「……なんだ、この匂い」
「海やで」さくやが笑った。
■はじめての海
海の拠点に着いたのは、夕方近かった。
波の音が聞こえた。
ユーリの足が止まった。
建物の隙間から、青いものが見えた。
「……あれが」
「そや」さくやが言った。「行ってみ」
ユーリが歩き出した。建物を抜け、砂浜に出た瞬間、足が止まった。
水平線まで、全部、海だった。
波が砂浜に打ち寄せ、また引いていく。夕日が海面を赤く染めていた。風が潮の匂いを運んでくる。
ユーリは何も言わなかった。
しばらくして、静かに言った。
「……山より、大きい」
「やろ」さくやが笑った。
レイナが隣でスケッチブックを開いた。エレナが波打ち際に歩いていった。さくやはユーリの隣に立って、同じ水平線を眺めた。
夕日が沈むまで、四人はそこに立っていた。
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