第14話 設計女子爆誕 湖底に届くまで
春の風が、湖面を薄く撫でていた。
リトルさくやたちがこの湖を見つけてから、数週間。
岸辺には簡易ベンチ、手書きの観察看板、測量ポール。
中央には、例の東屋が静かに浮かんでいる。
整備されたというより――
“住みはじめた”という表現が近かった。
交代で観察、記録、清掃。
そして、やたら長い休憩。
東屋の中で、声がひそめられる。
「やっぱり……深さ、気にならへん?」
最近、語尾が少し現場寄りになったさくやが言う。
「水、透明なのに中心だけ色が違うよね」
湖の中央は、藍より暗い。
光が途中で吸われる。
「測りましょう。ちゃんと」
設計女子は、“気になる”を放置できない。
最初は原始的な方法だった。
ロープ+おもり。
落とす。
待つ。
まだ落ちる。
まだ落ちる。
「……これ、メートル表示足りへんで」
追加ロープを継ぎ足す。
まだ届かない。
「湖ってこんな深いものでしたっけ」
「普通は、もう当たるよね」
全員が同じ結論に達しかけた時だった。
トラックが来た。
来てしまった。
ドアが開く前から分かるタイプの人が降りてきた。
「お待たせやでぇぇぇ!!」
湖に反響する声量。
爆音社長だった。
「潜水調査やろ? 聞いたで! こういうんはな! 装備や!」
コンテナが開く。
中に並ぶ――
小型潜水スーツ一式。
丸型ヘルメット。
耐圧ゴーグル。
軽量関節構造。
背面にʕ•ᴥ•ʔマーク。
真面目に作っているのが余計に面白い。
師匠が静かに確認する。
「気密テストは?」
「三段階や!」
「安全弁は?」
「二重!」
「視界角度は?」
「広角や!」
「声量は控えてください」
一瞬だけ静かになった。
奇跡だった。
試験潜水開始。
体制は異様に大規模だった。
潜水10名。
補助40名。
記録係8名。
見学だけで来ている人15名。
すでに遠足。
水中は想像以上に冷たい。
「歩けます」
「動きやすい」
「ちょっと楽しい」
開始3分。
「ゴーグル曇った!!」
「何も見えへん!」
「くしゃみしたら死ぬ!」
「誰のロープこれ!?」
陸がパニック。
「番号で呼んでください!」
師匠の声だけが通る。
不思議と通る。
浅瀬は豊かだった。
小魚。
藻。
貝。
甲殻類。
「ウーパールーパー!」
「違います、サンショウウオです」
感動の質が高い。
中心部へ進む。
色が変わる。
青 → 藍 → 黒。
音が消える。
水温が落ちる。
視界が距離を拒否する。
ロープテンションが揺れた。
一瞬だけ。
補助係が顔を上げる。
師匠が即断する。
「――引き上げましょう」
声は穏やか。
判断は速い。
全員同じ報告をした。
「何も見えませんでした」
そして、間を置いて。
「でも……見られていた気がしました」
データには書けない情報だった。
東屋。
ストーブ。
毛布。
潜水スーツ姿でココアを飲もうとして失敗する設計女子。
「ヘルメット脱がないと無理でした」
「設計ミスやな」
「運用ミスです」
ログブックには同じ一文。
湖底確認できず
視認不能
存在感のみ感知
技術文書なのに詩的だった。
一人が言う。
「このスーツ……漁に使えませんか」
「用途変更が早いですね」
師匠は笑う。
否定しない。
拾ってから、整える。
「まずは改良しましょう。調査用として」
その言い方が、次の挑戦を許可していた。
湖は、まだ答えを出さない。
けれど彼女たちはもう知っている。
測れない深さほど、
設計したくなるということを。




