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第13話 設計女子爆誕 湖の真ん中へ

秘密の湖道が完成して、三日後の朝。

裏山にはまだ冷たい空気が残っていた。

霧が地面を薄くなぞって流れている。

師匠は詳しい説明を受けていなかった。

ただ一言だけ。

「今日は、ご案内したい場所があります」

言い方が少しだけ誇らしげだった。


先頭はリーダーさくや。

胸に紙を抱え、何度も確認している。

だが師匠の位置からは見えていた。

山菜レシピの裏紙だった。

「それ、山菜の調理メモですね」

「ち、違います!ルート図です!」

後方から声が飛ぶ。

「それタラの芽ゾーンやで!」

「違う違う、こっちや!ʕ•ᴥ•ʔマークあった!」

どうやらこの山には、公式ではないルートが大量に存在するらしい。

雑木の中に、小さな立札があった。

手彫りのʕ•ᴥ•ʔ。


師匠はしゃがんで目線を合わせる。

「目印、作ったんですね」

「はい。見つけやすいように……」

「とても分かりやすいです」

「バレやすいです」の優しい言い換えだった。

最近、さくやの言葉づかいが少し変わってきている。

爆音社長と現場に入る時間が増えてからだ。

理屈はそのままに、語尾だけ現場寄り。

本人はまだ気づいていない。

森が途切れた。

視界が開く。

湖があった。

音が消える場所だった。

風もない。

波もない。

ただ、光だけがある。

師匠は立ち止まる。

しばらく何も言わない。

その沈黙が、いちばんの評価だった。

「師匠、こちらを歩いていただいてもいいですか」

湖へ伸びる細い桟橋。

中心に浮かぶ構造物。

「……あれは、東屋ですか?」

「試作です。まだ仮設段階です」

「浮体構造はどうなっていますか」

「発泡樹脂芯材に竹フレーム、外周補強ネットです」

「なるほど。荷重設計は?」

「通常10人。もしくは師匠お一人まで」

「比較対象が極端ですね」

笑いながら言う。

図面が広げられる。

構造図。

浮力計算。

材料表。

そして混ざる――魚の煮付けレシピ。

師匠は一枚持ち上げる。

「こちらは……夕食案でしょうか」

「印刷ジョブ混ざりました!!」

「合理的ではありますね」

誰も傷つかない言い方だった。

桟橋を歩く。

ぎし、ぎし、と音が鳴る。

「振動は、あとで吸収材を入れます」

さくやが言う。

少し関西イントネーションが混じる。

師匠は気づいているが、触れない。

言葉の変化は、信頼関係の副産物だからだ。


三日後。

会議室は占拠されていた。

【湖上東屋フローティング計画】

ホワイトボードに巨大ʕ•ᴥ•ʔ。

「この固有振動数だと共振が出ます」

「補強リブ増やそか」

「重量が増えます」

「では浮体も増設しましょう」

「予算は?」

「気合です」

「却下です」


建設三週間。

第1週:浮く → 沈む → 全員落ちる(3回)

師匠は記録だけ取っている。


第2週:構造見直し、素材変更、夜間試験

「静音運転、忘れないでくださいね」

やさしく釘を刺す。


第3週:最終組み上げ、耐荷重試験

「最初に乗る方、決めましたか?」

全員が目を逸らす。

「設計責任者ですね」

「聞いてへん!」


完成日。

東屋は浮いていた。

今度は安定して。

師匠はゆっくり渡る。

揺れを確認する。

接合部を見る。

荷重の逃げ方を見る。

「よくできています」

短いが、重い評価。

現場の人間には十分すぎた。

昼は東屋でおにぎりになった。

設計議論より真剣な顔で食べている。

師匠は少し離れて座る。

チームが自走している姿を見るのが好きだった。


夕方。

師匠は一人で東屋に残っていた。

岸では、さくやたちが写真を撮っている。

何枚も。

同じ構図で何枚も。

風が水面を撫でる。

東屋が、静かに揺れる。

師匠は小さく言った。

「……ここは、大切な場所になりますね」

誰に聞かせるでもなく。

湖だけが聞いていた。


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