第12話 設計女子爆誕 湖へ続く設計図
冬の硬さがゆるみはじめる頃、裏山の空気は急にやさしくなる。
冷たいだけだった風に、土と水と芽吹きの匂いが混ざる。
裏山は、いつの間にかリトルさくやたちの“第二の職場”になっていた。
点検でも任務でもない。
ただ登る。
ただ観察する。
ただ、考える。
切り株に座って図面を広げる者。
苔の付き方を記録する者。
樹皮の模様をスケッチしている者。
遊びに見えるが、視線はみんな技術者のそれだった。
下りに入ったところで、先頭が止まった。
「……ここ、踏まれてる」
笹の根元だけ、土が締まっている。
人の足跡ではない。幅が違う。
「獣道やな」
誰かが言う。
「行ってみるか」
止める声は出なかった。
全員、すでに入る気だった。
道と呼ぶには細すぎた。
枝が頬に当たる。
クモの巣が顔にかかる。
ぬかるみに靴が取られる。
「これ、公式ルートやったら苦情くるで」
「誰にや」
「わからんけど」
小声で笑う。
だが、進む速度は落ちない。
未知のルートに入ったときの集中は、現場と同じだ。
やがて前方が明るくなった。
枝のカーテンを押し分ける。
その先にあったのは、水面だった。
静かすぎるほど静かな湖。
風が触れると、ガラスみたいにゆっくり揺れる。
誰もすぐには喋らなかった。
「……当たり引いたな」
ぽつりと誰かが言った。
それだけで十分だった。
帰り道、全員の頭の中に同じ設計図が浮かんでいた。
“ここへ通す道”。
言葉にしなくても共有できる設計意図というのがある。
その夜、倉庫の奥で小さな会議が開かれた。
図面が広がる。
等高線が引かれる。
ルート候補が3本。
「最小幅1.5メートル」
「最大勾配はここまでやな」
「騒音は絶対出したらあかん」
誰かが言う。
「師匠には、まだ見せたない」
全員うなずく。
理由は説明できないが、全員同じ感覚だった。
あの湖は、“完成してから見せたい”。
翌日、爆音社長が呼ばれた。
説明は三分で終わった。
「ええやん」
即決だった。
「秘密工事はな、テンション上がるで」
誰より楽しそうだった。
設計ミーティングが始まる。
真顔。
真剣。
でもどこかワクワクしている。
その時だった。
「このライン取りのほうがええな」
さくやが言った。
空気が止まる。
整備班が顔を上げる。
(ええな?)
最近、現場で爆音社長と組む時間が増えている。
別の場面。
「この勾配やったら楽やで」
「……楽やで?」
「うつっとるやん」
本人だけが気づいていない。
言葉は、信頼している相手のリズムに似てくる。
設計図の線も、少しだけ人間味を帯びはじめていた。
工事は夜間限定。
ライトは足元のみ。
重機は使わない。
音の出る作業は禁止。
資材は背負う。
石は手で動かす。
土は袋で運ぶ。
効率は最悪。
だが精度は最高。
「進捗どうや」
「全体の4割やな」
「ええペースや」
もう誰も突っ込まない。
湖手前の最終区間。
エンジンを止める。
音が消える。
風だけが残る。
「ここやな」
「ここや」
設計図と、現場が一致する瞬間。
技術者がいちばん好きな瞬間だ。
まだ完成じゃない。
だが、もう道はつながっている。
誰にも知られていない道が、確かにそこにある。
湖面に星が映っていた。
誰かが小さく言った。
「完成したら、師匠連れてこよな」
誰も返事をしなかった。
でも全員、同じ顔で笑っていた。




