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第11話 設計女子爆誕 あの山の彼方へ

冬が引き際を覚えたころだった。

冷たい空気の奥に、かすかに土の甘い匂いが混ざりはじめる。

師匠のオフィス裏にある小さな山は、春の準備をしていた。

朝露に濡れた葉。やわらかく戻りはじめた土。

踏むたびに、くぐもった音がする。

最近、リトルさくやたちは交代で弁当を持ってそこへ入っている。

観察。昼寝。謎の標識づくり。木の皮への落書き。

用途はだいたい自由で、統制はだいたいない。

だが――

その日から、状況が少し変わった。

爆音社長からの特注品が届いたのである。


朝。

オフィス前に停まったトラックから、厳重に降ろされた三台。

ちいさくて、丸くて、無駄に本格的なキャタピラトラック。

からし色。抹茶色。深紅。

運転席には、ʕ•ᴥ•ʔマーク入りの専用座布団。

その瞬間、統制は消えた。

「誰やエンジンかけたん!!」

「まだ鍵刺してない!!」

「なんで動いてるの!?」

「坂!!坂!!止まらん!!」

試運転前に試運転が始まり、整備班が頭を抱え、

広報班がすでに記念写真を撮り、

感動班がなぜか泣いていた。

爆音社長からのメッセージカードにはこう書いてあった。

「山、行くやろ。知ってるで。」

見抜かれている。


午後。

試運転という名の大行列が始まった。

旗を立てる者。

助手席にだけ乗る者。

計器を読めないのに読んでいる顔をする者。

「これ、燃費どれくらい?」

「かわいい」

会話が成立していない。

だが整備班は真剣だった。

キャタピラの接地圧、登坂角度、積載量――

きっちりメモを取っている。

この時点で、すでに“ただの遊び”ではなくなっていた。


数日後。

山頂ルート調査隊が結成された。

理由は単純。

「いちばん上、ちゃんと見たことなくない?」

誰も反対しなかった。

反対する理由が、思いつかなかった。

落ち葉を踏み、枝を払い、

滑って、転んで、起き上がる。

「大丈夫?」

「今のはテスト転倒」

「何の?」

会話はだいたい無意味だが、足取りは揃っていた。

視界が抜けた。

街が見えた。

オフィスが見えた。

自分たちの拠点が、手のひらサイズに見えた。

しばらく誰も喋らなかった。

それから、誰かが言った。

「……ここ、使えるな」

遊びの声ではなかった。


夜。

オフィスの隅。

おやつの箱を会議机にして、図面が広がった。

ここで初めて――

設計女子が誕生した。

「最短距離はダメ。傾斜きつい」

「S字で逃がそう」

「雨水の逃げ道つくらないと崩れる」

「法面処理どうする?」

急に会話の難易度が上がった。

横で聞いていた子が言った。

「なんか急に、ガチやな」

ガチだった。

測量班。運搬班。基礎班。

役割が自然に分かれていく。

誰も指示していない。

なのに、決まっていく。

明け方。

極秘工事が始まった。

測量器をのぞき込み、

勾配を測り、

杭を打つ。

笑い声はある。

だが声量は小さい。

本気の現場の音だった。

「ここ沈む」

「砕石入れよう」

「運ぶ人!」

「もう運んでる!」

一人がぬかるみにハマった。

「動けん」

「救助いる?」

「いや、設計変更で回避できる」

発想が設計寄りになっている。


夕方。

入口が完成した。

門があった。

木製アーチ。

手彫りのʕ•ᴥ•ʔマーク。

完璧な偽装。

外から見れば、ただの茂み。

中から見れば、入口。

誰かが言った。

「これ、バレたら怒られるかな」

別の誰かが言った。

「その時は、完成してるから大丈夫」

技術者の発想だった。


この日、

リトルさくやたちは一段階進化した。

遊びから計画へ。

好奇心から設計へ。

山の向こうに行く道は、

もう始まっている。

しかも――

たぶん、師匠だけがまだ知らない。

でもきっと、

気づいたら、少しだけ笑う。

そういう確信があった。


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