■第146話 白銀の冒険編 空をつなぐ
いいアイデアは、疲れた後にやってくる。
ぼんやり眺めていた景色の中に、
突然、答えが見える。
■北の拠点へ
ユーリたちに見送られ、三人は雪山を下った。
来た時より足取りは重かった。体の疲れもあるが、昨夜の話がまだ胸の中に残っていた。
九百七十人。
さくやは雪を踏みながら、何度かその数字を頭の中で繰り返した。うまく整理できなかった。ただ、重かった。
「……エレナ、薬草は大丈夫?」
「問題ありません。全部無事です」
エレナは荷物を抱え直した。その手つきが、いつもより丁寧だった。
レイナは歩きながら、スケッチブックを取り出した。歩きながら描くのは難しいはずだが、手が止まらない。昨日見た氷の洞窟の青い光、雪原に伸びる稜線、トナカイを走らせるユーリの後ろ姿。
「レイナ、歩きながら描けるん?」
「……手が覚えているうちに」
■北の拠点にて
北の拠点に戻ると、先に戻っていた後発隊が出迎えた。
「お疲れ様でした!どうでしたか!」
「……色々あった」
さくやがそれだけ言うと、後発隊は顔を見合わせた。いつものさくやらしくない答え方だった。
食事を終え、三人は拠点の端に腰を下ろした。雪山がよく見える場所だった。
夕暮れの光の中で、ユーリの村がある方向を眺めた。山の稜線の向こうに、小さな煙が細く上っているのが見えた。
レイナがスケッチブックを開いた。その煙を、細い線で描き始める。
「……遠いな」
さくやがぽつりと言った。
「往復するだけで体力の大半を使います。荷物を持てば更に厳しい」エレナが答えた。
「あの子たちが30人で、あの山の中で……ずっと」
レイナは描きながら、静かに言った。
三人はしばらく黙って山を眺めた。
■ロープウェイ
「……ロープウェイ、作れへんかな」
さくやが空を見上げながら言った。
「ロープウェイ?」
「空中をゴンドラで渡るやつ。ここからユーリの村まで一気に行けたら、どんなに楽か」
エレナがすっと顔を上げた。目が動いている。計算が始まった。
「谷の幅……支柱の本数……積雪荷重……風速……」
「エレナ、もう計算してるやん」
「だって面白い」
珍しく、エレナが先に言った。
レイナが山の稜線を眺めながら、スケッチブックに線を引いた。谷をまたぐように、細い線が伸びる。支柱が二本。その間にゴンドラ。
「こんな感じですか?」
さくやとエレナが覗き込んだ。
「レイナ……もう描いてるやん」
「支柱は雪の色に合わせれば、景観を損ないません。遠目には自然に溶け込むように」
「設計図を絵で出してくるの、レイナだけやで」
「……絵の方が伝わりやすいかと思いまして」
エレナがスケッチを見ながら頷いた。「この角度なら風の影響を受けにくい。悪くないです」
■師匠に連絡
「師匠に連絡してみる」
さくやが立ち上がった。
報告は簡潔にまとめた。雪山の探索内容、ユーリたちの現状、そしてロープウェイの構想。レイナのスケッチも一緒に送った。
しばらくして、返事が来た。
『進めてみてください。爆音社長に資材の相談を』
「やった!」
さくやが飛び跳ねた。後発隊が何事かと振り返った。
「ロープウェイ作るで!ユーリの村まで空でつなぐ!」
後発隊がざわめいた。あちこちで声が上がる。
エレナはすでにノートを広げていた。レイナはスケッチブックに新しいページを開き、今度はもっと細かく描き始めた。支柱の形、ゴンドラの大きさ、谷を渡るワイヤーの角度。
さくやが覗き込んだ。
「レイナって、設計士の才能あるんちゃう?」
「画家です」
「でもこれ、設計図やで」
「……画家が描いた設計図です」
夕暮れの空に、雪山の稜線が浮かんでいた。その向こうに、ユーリの村がある。
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