■第143話 白銀の冒険編 千人が三十人になった夜
温かい場所には、温かい話だけがあるわけじゃない。
それでも火の前では、言葉が少し柔らかくなる。
誰かの話を、ただ聞くことができる。
■村の入り口
木々を抜けた先に、小さな集落があった。
雪に沈み込みながらも力強く建つ木造の家々。煙突から白い煙が細く立ちのぼり、確かな生活の気配がある。
「……あれが、あたしたちの村だ」
ユーリが静かに言った。
村の入り口に差し掛かると、何人かのユーリが顔を上げた。さくやたちを見て、少し目を細める。
「おかえり」
「……ただいま」
さくやたちには見慣れた光景だった。全員が同じ顔をしている。うちらと一緒や、とさくやは思った。
ただ、何かが違った。
静かすぎる。
賑やかさというものが、この村にはなかった。行き交う人影は少なく、声も少なく、笑い声はどこにもない。
さくやは何も言わなかった。
■食事
案内された家の中は、外の寒さが嘘のように温かかった。
暖炉に薪がくべられ、赤い炎が揺れている。テーブルには焼いた肉と硬いパンが並んでいた。
「食え」
ユーリが短く言った。
「……いただきます!」
さくやが飛びつくように肉を掴んだ。一口かじると、脂が口の中に広がる。
「うまっ……!なんの肉これ!めっちゃうまい!」
「……クマだ」
「クマ!?ユーリが狩ったん!?」
「……昨日」
「すごっ……!」
パンは硬く、噛むのに力がいった。だがそれすら今夜は美味しかった。
「……体が温まります。ありがとうございます」
レイナが両手を合わせ、深く息をついた。
エレナは静かに肉を口に運びながら、部屋の中を観察していた。質素だが、丁寧に手入れされた家。必要なものだけが、必要な場所に置いてある。
何人かのユーリが、少し離れたところで同じように食事をしていた。
■暖炉の前で
食事が終わると、自然と暖炉の前に集まった。
しばらく誰も何も言わなかった。炎の音だけが部屋に満ちている。
「……ユーリって、何人おるん?」
さくやがそっと聞いた。
一人のユーリが炎を見つめたまま答えた。
「三十人」
短い答えが、部屋の中に落ちた。
さくやとレイナとエレナは、何も言えなかった。
別のユーリが、静かに続けた。
「前は、もっといた」
「千人いた」
また別のユーリが、炎を見つめながら言った。
「さくやたちと、同じくらい」
三人は顔を見合わせた。千人。それがどれだけの賑やかさか、三人には痛いほどわかった。
「……何があったんですか」
エレナが静かに尋ねた。
ユーリたちはしばらく黙っていた。炎が揺れ、薪がパチリと音を立てた。
一人のユーリがゆっくりと口を開いた。
「この山に、よくないものがいる」
「あたしたちは、それを見張っている」
「だから、ここを離れられない」
それ以上は言わなかった。
さくやは炎を見つめた。聞きたいことは山ほどあった。でも今夜は、これ以上聞けない気がした。
レイナが静かに祈った。エレナは記録を取る手を止めていた。
暖炉の火が、ゆっくりと揺れ続けた。
■後発隊への連絡
「後発隊に連絡しないと」
さくやが立ち上がった。
今日の行程、ユーリの村の場所、食料と宿の確保ができたこと。エレナが手早くまとめ、三人で確認してから送った。
「明日、後発隊が合流できます」エレナが言った。
ユーリが頷いた。「……場所は案内する」
「ありがとう」
さくやが言うと、ユーリは少し間を置いてから、小さく頷いた。
その夜、三人は暖炉の前で眠った。
外は静かだった。雪が、音もなく積もり続けていた。
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