■第140話 白銀の冒険編 計画書は頑張ります!以上!
白い山は、何も語らない。
ただそこにあって、来る者を試す。
それでも人は、向こう側を見たくなる。
■北の拠点にて
澄みきった北風が頬を刺すように冷たい。息を吐くたび、白い蒸気がふわりと舞い上がる。
さくやは小さな足で雪を蹴り、白銀の峰を指さした。
「あの雪山の向こうには、一体どんな景色が広がってるんですかー!」
「きっと温泉があって、お肉が食べ放題で、雪だるま王国があって……!」
隣でレイナが両手を丁寧に組み、穏やかに微笑んだ。
「あの白銀に輝く峰の向こう側には、いかなる風景が待ち受けておりますのか、ぜひ拝見させていただければと存じます。また、その際はお弁当もご用意いただければ幸甚でございます」
さくやが即座に突っ込む。
「レイナ!最後のお弁当の部分だけ異様に具体的やん!しかも『幸甚でございます』って何歳やねん!」
黙々とメモをとっていたエレナが顔を上げた。
「現時点で観測記録は皆無です。調査に出られれば、新規地形や植生の確認が可能でしょう。あと、氷点下での保存食のカロリー計算も必要です」
「エレナまで食べ物の話!というかカロリー計算って!登山やのうてダイエットかい!」
「さらに、雪崩の発生確率を計算すれば……」
「まだ行くって決まってもないのに計算しすぎやろ!」
■師匠からの条件
師匠からの言葉は短かった。
「未知の場所です。最小人数で安全確認しながら進むこと。先発隊が確認次第、後発隊が続く体制で」
先発隊はさくや・レイナ・エレナの3人。後発隊はそれぞれ10人ずつ、計30人が後から続く。
「計画書を出しなさい」
「やります!」
さくやが張り切って書いた計画書はこうだった。
「雪山に行きます。頑張ります。以上」
「……以上、ですか」エレナが静かに言った。
「あかんかった?」
「計画書ではなく、決意表明です」
「決意表明でもええやん!気持ちが大事やろ!」
「気持ちで雪崩は避けられません」
レイナが手を結び、祈る姿勢に入った。
「承知いたしました。わたくしどもが誠心誠意、雪山の神々様に祈りを捧げ、道中の安全をお願い申し上げます」
「レイナ、それ計画やなくて祈りやん」
「はい、祈りです」
「計画書やで?書類やで?」
「……祈りを書類にまとめればよろしいのでしょうか?」
「そういう問題やない!祈りを書類にしたらただの呪文集やん!」
「また、お食事の無事もお祈りいたします」
「やっぱり食べ物の話に戻るんかーい!」
エレナが静かに割って入った。
「行程計画、装備リスト、気象データ、緊急時避難場所の選定……必要な要素はすべて網羅します」
「うわぁ、エレナが本気出してる……」
「当然です。命に関わりますから。あと緊急時のカロリー摂取計画も」
「やっぱり食べ物の話になるやんけー!」
■いざ出発
翌朝、先発隊3人は雪山へ向けて出発した。
後発隊30人が見送る中、さくやが振り返った。
「温泉、絶対あるから!帰ってきたら報告するわ!」
「期待せずにお待ちしております」エレナが静かに答えた。
「後発隊のエレナまで冷静やん!」
白い息を吐きながら、三人は雪山へ歩き出した。
■天候急変
しばらくは順調だった。
だが灰色の雲が空を覆い、陽光が消えた。突風が粉雪を巻き上げ、顔を打つ。
「ひぃっ……さぶっ!体に針刺されとるみたいなんやけどっ!」
さくやは小さな体を震わせた。
レイナが胸に手を当て、祈りを始めた。
「雪の精霊よ……どうか、私たちをお導きくださいませ……この厳しき白銀の世界にて、無事に歩みを進められますよう……風雪の障害を和らげ、互いに助け合いながら……さらに智慧を……」
「レイナ!長すぎや!祈っとる間に凍え死ぬでぇぇっ!」
「……前進しましょう」エレナが雪を踏み出した。
風が唸り、雪が目に突き刺さる。指は鉛のように重く、足が思うように動かない。
「手ぇも足も……氷になってまうぅぅ!」
「止まらないで」エレナが腕を引いた。
「まだ祈っとるんかいっ!」
レイナは祈りながら、それでも歩き続けた。
■洞窟
岩陰に小さな洞窟を見つけたのは、三人の限界が近づいた頃だった。
飛び込むように中へ入ると、風が遮られた。体がほっと緩む。
「……はぁっ、はぁっ……生きとる?ほんまに生きとる?」
「奇跡です……祈りが届いたのかもしれません……」レイナが安堵の涙をこぼす。
「祈りも、行動も。どちらも必要でした」エレナが静かに言った。
三人は黙って息を整えた。
嵐の音が、洞窟の外で唸り続けていた。
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