■第139話 師匠の拠点巡り編 自由な発想の一週間
種は、まかれた瞬間には何も見えない。
でも土の中で、ちゃんと動いている。
それを知っている人だけが、待つことができる。
■新しい研究所
北西の拠点から戻った師匠を迎えたのは、爆音社長の研究所の隣に建てられた真新しい建物だった。白い外壁が朝日に輝き、まだペンキの匂いが微かに漂っている。
「師匠、お疲れ様でした!新しい研究所どうですか?」
さくやが数人、小さな手を振りながら駆け寄ってきた。
「立派な建物ですね」
「土木設計が得意な子たちが集まってるんですよ!何でも自分たちで考えたくてしょうがない子たちで」
建物の中は、爆音社長のラボとは対照的に静かで落ち着いていた。大きな窓から自然光がたっぷり入り、小さな机と椅子が整然と並んでいる。
隣のラボから、ドンという音が響いた。
「……あちらは相変わらずですね」
「相変わらずです」
■何でも聞かせてください
「今日は何をしますか?」
研究所に入った途端、さくやの一人が師匠に尋ねた。
「特に決めてない。みんながどんなことを考えているか聞かせてもらおうかな」
「じゃあ私から!」
一人のさくやが手を挙げた。
「橋が風で揺れるのを見てて思ったんです。逆に風の力を利用して発電できる橋って作れないんでしょうか?欄干部分に小さな風車を組み込んで、車が通る時の風も利用できたらって」
師匠は身を乗り出した。「面白い発想ですね。実験はできていますか」
「小さな模型では試したんですけど、実寸大だとどうなるか全然わからなくて」
「爆音社長に頼んでみましょう」
さくやの目が輝いた。
■実寸大の橋の模型
翌日、爆音社長が実寸大の橋の欄干模型を研究所の外に作り上げた。
「ほれ、できたで。あとは好きにしい」
「社長、ありがとうございます!」
さくやたちが一斉に駆け寄る。風車の羽を取り付け、計測器を設置し、あっという間に準備が整った。
「計測、始めます!」
100人のさくやが橋の模型の上に等間隔で散らばった。風が吹くたびに、全員が同時にデータを記録する。
「100か所のデータが一度に取れるのはうちらだけやで」
さくやが誇らしげに言った。師匠は黙って頷いた。確かにそうだった。
「師匠、車の通過風を再現してほしいんですが」
「……どうやって?」
「走ってもらえますか?研究所の前を」
師匠はしばらく考えてから、研究所の前を小走りした。さくやたちが一斉にデータを記録する。
「もう一回お願いします!」
「……はい」
5回走った。
■自己修復する材料
3日目の朝、別のさくやが恐る恐る手を挙げた。
「私のは、まだ実験中なんですけど……」
「聞かせてください」
「橋の材料に自己修復セラミックを使えないかと思って。ひびが入ると内部のカプセルが割れて、修復成分が染み出す仕組みで。人間の骨が自然に治るのと少し似ていて」
「実験はどこまで進んでいますか」
「小さなサンプルでひびが塞がるのは確認できました。でも橋に使えるくらいの強度になるかどうかは……うちらのサンプルやと小さすぎて観察しにくくて」
「師匠に大きなサンプルを作ってもらったらどうや」爆音社長が隣から顔を出した。「材料はアタシが手配したる」
2日後、師匠と爆音社長が大きなサンプルを用意した。意図的にひびを入れると、さくやたちが一斉にサンプルに這いつくばって顔を寄せた。
「うちらの目線やと真横からひびを見られます!」
「修復成分、染み出してきてます!端っこから少しずつ塞がってきてる!」
「人間やと上から見下ろすしかないけど、うちらは真横から観察できるんです」
報告が次々に飛んでくる。師匠は手帳に記録しながら、思わず笑った。こんな観察方法は、人間には絶対にできない。
「ひびが塞がるまでの時間を記録しました。最初は3日かかってたのが、配合を変えたら1日になって」
「この配合の変化、よく気づきましたね」
「師匠に聞かれてから、記録をちゃんとつけるようにしたんです」
■1レール電車
4日目の午後、図面を抱えたさくやがやってきた。
「1本のレールで走る電車を考えました!重心を低くして、磁力で浮上させれば安定するんじゃないかって」
「難しいです」師匠が即座に答えた。「でも面白い」
「難しいけど面白いんですか?」
「そういうものが、後で大事になることが多い」
さくやが図面をぎゅっと抱えた。
「実験してみますか」爆音社長が顔を出した。「レールくらいアタシが敷いたるで」
翌朝、研究所の廊下に実寸大のレールが出来上がっていた。さくやたちが磁力装置を取り付け、小さな車両を乗せる。
「発進します!」
車両がふわりと浮き上がり、レールの上をすべるように走った。全員が息を呑んだ。
5秒後、カーブで車両が傾いた。
「うわっ」
乗っていたさくやが転がり出てきた。
「……酔いました」
「カーブの安定性が課題ですね」師匠が静かに言った。
「わかってます。でも、浮いた!」
それだけで十分だった。
■発表会の朝
7日目の朝。さくやたちが何やらこそこそと準備をしている。
「師匠、発表会をします!」
風力発電橋チームは、100か所分のデータをまとめた記録を広げた。
「車の通過風は欄干の風車を十分回せることがわかりました。師匠に5回走ってもらったデータです」
師匠は何も言わなかった。
自己修復材料チームは、真横からスケッチした観察記録を並べた。
「人間には難しい角度から修復過程を記録できました。小さくて低いからこそできた観察です」
1レール電車チームは、カーブの安定性向上のための改良案を発表した。
「転がった原因がわかったので、重心をここで調整すれば解決できます」
「乗り心地は?」師匠が聞いた。
「次は酔いません」さくやが力強く答えた。
その夜、爆音社長が隣のラボから顔を出した。
「師匠〜、あの子ら面白いな」
「そうですね」
「アタシらがいるから実寸大の実験ができる。あの子らがいるからアタシらにできない観察ができる。ええ組み合わせやで」
爆音社長はそれだけ言って、また戻っていった。
■最後の夜
発表会が終わった夜、師匠は一人で研究所の窓から外を眺めていた。
1か月。南西の拠点から始まって、海の拠点、北西の拠点、そしてここ。
「師匠、まだいたんですか」
窓の外から声がした。さくやが小さなランタンを持って立っている。
「明日から戻りますよ」
「寂しいですね」
「また来ますよ。みんなの研究の続きが気になるから」
「本当ですか?」
「1レール電車が完成したら、一番に乗せてください」
さくやがくすっと笑った。「……小さすぎて乗れませんよ」
「それもそうですね」
ふたりでしばらく、星空を眺めていた。
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