■第134話 師匠の拠点巡り編 1000人の主任爆誕
春は、名前を呼ばれることから始まる。
一度だけ呼ばれる人もいれば、千回呼ばれる人もいる。
どちらの春も、同じくらい眩しかった。
■桜と裏返った声
4月の朝。桜の花びらがふわりと舞い込むオフィスに、緊張とわくわくが同居していた。
今日は辞令交付式。新しいスタートを切る人たちの、特別な一日だ。
「それでは、辞令交付式を開始します!」
師匠の声は朗らかで温かく、そして少し張り切りすぎて、語尾がきれいに裏返った。
机の上で待機していたさくやが「ぷっ」と吹き出しかけたが、OLさんの視線が0.1秒で飛んできた。「へ、へへっ」
■かっけーと誰かが震えた
「JDさん」
清楚な女性が、緊張しながら前に出る。
「大学卒業おめでとう。今日から正式に社員です」
辞令を受け取ったアシさんの目に、きらりと光るものが浮かんだ。「ありがとうございます。精一杯頑張ります!」
温かい拍手がオフィスを包んだ。
「次、OLさん」
背筋を伸ばして進み出た彼女は、まるで舞台の上の女優のように堂々としている。
「正式に秘書として任命します」
「光栄です。これまで以上にお支えいたします」
きりっとした声に、場が一瞬引き締まった。机の端でさくやたちが「かっけー……!」と小声で震えていた。
■全員にください
「さくや代表」
その一声に、1000人がどっとざわめいた。机、棚、カーテンレール。見渡す限りさくやである。
「今日から主任に昇格です」
「えぇぇ?!しゅ、主任?!こんなちっちゃいのに?!」
代表のさくやが両手をバタバタと振り回して大騒ぎ。しかし次の瞬間、ぴょんと腕を挙げた。
「師匠!全員に辞令ください!1000人全員が主任になりたいでーす!」
「え、ぜ、全員……?!」師匠が固まる。
OLさんが静かに横から耳打ちした。「師匠、やると言ったら最後までですよ」
「う、うん……わかった。よーし、一人ずつ渡そう!」
「やったー!!!」
こうして「世界史上最長の辞令交付式」が幕を開けた。
■598号目の主任
「さくや1号、主任に任命します」
「はいっ!主任やでー!」
「さくや2号、主任に任命します」
「はいっ!主任でっせ!」
小さな手で辞令をぎゅっと抱え、ひとりひとりが全力だった。
午前11時を回る頃、師匠の声はすっかりかすれていた。
「……さくや598号、主任に……任命……します……」
「師匠、少し休みましょう」OLさんが静かに水を差し出す。
「だ、大丈夫……みんなが待ってるから……」
その姿を見て、さくやたちはぽろぽろ涙を流していた。誰も笑わなかった。
1000号まで終わったのは昼過ぎ。3時間に及ぶ、前代未聞の式だった。
■師匠の身を守るのは私らや問題
昼食後、配置発表。師匠が資料を手に取ると、1000人の主任がぴしっと直立した。
「オフィス200人、街のパトロール50人、農園・花園・ジャム工場50人……」
読み上げるたびに「おお〜!」と歓声が飛ぶ。
だが班分けが終わった瞬間、火花が散った。
「師匠のそばで働くのは私たち!」オフィス班
「師匠の身を守るのは私らや!」パトロール班
「師匠のお仕事を世界に広めるのはウチらや!」貿易班
「新しい発明で師匠を助けるのは私たち!」研究班
会議室は大論争。師匠は「えーと、えーと……」と汗をかきながら右往左往。OLさんは腕を組み、眉間にシワを寄せて黙っていた。
■ジャムだってうまくできてるのに
一方、農園班だけがしゅんとしていた。
「師匠……あんまり農園、来てくれへんもん……」
「お花、きれいに咲いてるのに……」
「ジャムだって、うまくできてるのに……」
ぽろぽろと涙を落とす小さなさくやたちを見て、師匠はハッとして頭をポリポリかいた。
「そ、そうだったねぇ……」
■甘酸っぱい解決策
「よし!解決策がある!」
パン、と手を叩いて、満面の笑み。
「週に一度、ジャム工場の試食会に必ず参加します!」
「ほんと?!」「約束?!」「やったー!!」
農園班が一瞬で笑顔になった。それを見て、他の班も肩の力がすっと抜けた。
「農園班、応援しようや」
甘酸っぱいジャムの香りが、大論争をあっさり溶かした。
■きっとたぶんきっと
「最後に発表です。僕は1か月間、各拠点を回ります!」
「ええええええ!!!」
さくや主任たちの大歓声がオフィスを揺らした。
「1か月も現場を離れて大丈夫ですか?」OLさんが静かに問う。
「だ、大丈夫。きっと……たぶん……いや、きっと!」
師匠はおとぼけ気味に胸を張った。それからすこし声を落とした。
「皆が新しい場所で頑張る姿を、ちゃんと見てあげたくて。それが今の僕にとって、一番大切な仕事だから」
誰も何も言わなかった。ただ、1000人がにこにこしていた。
■春がまだ続いていた
夕日の差すオフィスで、アシさんは正式な社員になり、OLさんは新たな責任を背負った。そして1000人のさくや主任たちは、それぞれの配置先でわちゃわちゃしながら新しい挑戦を始める。
辞令交付式から始まった一日は、笑いと涙と少しの甘さに彩られた記念日になった。
外では桜の花びらが舞い、春がまだ続いていた。
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