■第132話 市街地再開発偏 赤い列車と眠れる師匠
朝の光がビルの窓に反射し、雑踏がゆっくりと動き始めている。
爆音社長のバイクが、その流れをすり抜けていく。
リュックの中のさくやには、街の匂いと振動だけが届いていた。
■市役所前
爆音社長がバイクを止めたのは、市役所前の交差点だった。
朝のラッシュが一段落した時間帯。それでも人の流れは途切れない。さくやはリュックの口から首を出して、人間の足元が行き交う光景を見上げた。
「発表会、何時からやったっけ」
「夕方や。それまでに師匠のとこ寄る」
■設計事務所の惨状
設計事務所の扉が少し開いていた。
爆音社長が覗き込むと——師匠が机に突っ伏して眠っていた。図面が顔の横に広げられたまま、鉛筆が手から転がり落ちている。隣の椅子では、OLさんも首を傾けてうとうとしていた。
「……やっとるな」
爆音社長が低い声で言った。
リュックの中からさくやも首を伸ばして覗いた。
「昨夜もここにいたんやろな」
完成した模型だけが、午後の光の中でひっそりと輝いていた。精密な駅舎、曲線を描く線路、小さな赤い列車。
「……ええもん作りよったな」
爆音社長の声が、珍しく柔らかかった。
■発表会
夕方、市役所前の広場に人が集まった。
高官の挨拶が続く。VIPの紹介が続く。爆音社長は人混みの端に立って腕を組んでいた。リュックの口からさくやが顔を出し、背伸びして壇上を眺める。
「長いな」
「黙って聞かんかい」
やがて師匠が壇上に立った。
普段の静かな話し方ではなく、熱がある。設計の意図、運行システム、沿線との連携、安全対策——言葉が次々と出てくる。
「カーブの設計には、乗客の快適性を最優先に考慮しています」
「緊急時には、避難経路としても機能するよう設計しました」
聴衆が前のめりになっていく。
さくやはリュックの縁に両手をかけて、師匠を見つめていた。
「……社長、師匠めっちゃ楽しそうやな」
「知った風な口を……」
爆音社長が低く呟いた。でも口元が少し緩んでいた。
「社長、それ褒めてるやつやろ」
「うるさい」
■模型の実演
クライマックスは模型の実演だった。
さくやが模型の台の上に降り立ち、小さなレバーを操作する。赤い列車が滑らかに動き出した。
「各駅を結んで、毎日人と物資を運んでいます」
会場から声が上がった。子供が指を差して、親の袖を引いている。
さくやは列車を走らせながら、胸の奥が少しあたたかくなるのを感じた。
■終わった後
会場が静かになり、人が引いた後。
爆音社長が模型の前に立っていた。さくやはリュックから出て、模型の台の端に腰を下ろした。
「長かったな」
「そやな」
「でも、ちゃんと形になったな」
爆音社長が赤い列車を指先でそっと押した。列車がゆっくりと模型の線路を一周した。
さくやはそれを黙って見ていた。
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