■第125話 市街地再開発偏 凸凹コンビ、始動
革のつなぎが、夜の路地に消えた。
リュックの中で、スマホが光っていた。
翌朝、配送業者が現れた。
■夜、始動
夜のマダム邸前に、爆音社長のバイクが停まっていた。
大型の黒いバイクだった。車体が街灯の光を鈍く反射している。跨った社長は革のつなぎにヘルメット、サングラス。豪快な美女がバイクに乗ると、こういう絵になる。
さくやが社長を見上げた。
「……似合いますね」
「当たり前や」
社長がリュックを差し出した。
「入れ」
さくやがリュックの中に収まった。顔だけ出して周囲を確認する。思ったより広い。思ったより居心地がいい。
「ちょうどいいですね、ここ」
「そやろ。スマホで現位置確認しながら動けるか」
「できます」
「よっしゃ、行くで」
社長がエンジンをかけた。低い振動がリュックまで伝わってくる。
「速い速い速い——」
バイクが夜の街へ飛び出した。リュックの中でさくやが顔を引っ込めた。社長は構わずアクセルを踏んだ。
■怪しい車
マダム邸の周辺を流しながら見張っていると、路地の奥に停まった黒い車が見えた。エンジンを切ったまま、ずっとそこにいる。ライトも消えている。人の気配だけがある。
「社長、あの車」
「見えとる」
社長がバイクを路地の影に止めた。エンジンを切る。
さくやがスマホのマップを確認した。
「マダム邸から50mの位置です。ずっと動いていません」
「張り込みやな」
二人はしばらく様子を見た。車は動かない。人も降りてこない。
「今夜は顔が見えへんですね」
「ああ。今夜は位置情報だけ記録して引き上げるで」
「わかりました」
さくやがスマホで記録した。
社長がエンジンをかけた。
「帰るで」
「はい。社長、今度は——」
「速い速い速い——」
またリュックの中でさくやの声が上がった。
■翌朝
同じ場所。同じ時間。
今度は黒い車の代わりに、配送業者のトラックが停まっていた。制服を着た男が荷物を抱えてマダム邸の周辺をうろうろしている。
今日の社長はジーパン姿だった。革のつなぎは脱いでバイクに括りつけてある。サングラスだけそのままだった。
「社長、今日は普通ですね」
「昨日の格好じゃ電車乗られへんやろ」
「電車乗るつもりだったんですか」
「なんとなくな」
さくやが配送業者の男を見た。しばらく見ていたが、荷物は一度も届けられなかった。同じ場所を何度も行き来している。
さくやがスマホのマップを確認した。
「社長、この人……同じ場所を三周してます。荷物も減っていません」
「そやな」
社長が配送業者のロゴをじっと見た。
「……このロゴ、実在せん会社や」
二人の目が合った。
「あいつや」
■私服で逃げる
しばらくすると、男がトラックの陰に消えた。出てきた時には私服に着替えていた。荷物も持っていない。何食わぬ顔で歩き始めた。
「着替えよった」
「一般人のふりをするつもりですね」
「追うで」
男が駅へ入っていく。社長とさくやも後を追った。
「電車乗りますよ」
「わかっとる」
社長が改札を通った。ジーパン姿だと、まあ普通に見える。サングラスさえなければ。
「社長、サングラスは外した方がいいかもしれません」
「嫌や」
「目立ちます」
「アタシのトレードマークや」
「……わかりました」
男は気づいていない。さくやはリュックの中でほっと息を吐いた。
■電車の中
男が乗り込んだ車両の一つ後ろに社長が乗り込んだ。
リュックの中でさくやがスマホのマップを確認している。
「今、○○駅を通過しました」
「わかった」
「次の乗り換えは△△駅です。3番線です」
「ああ」
「社長、つり革に掴まってください。揺れます」
「アタシに心配は無用や」
電車が揺れた。社長がよろけた。
「……掴まります」
「そうしてください」
乗り換えを三回繰り返した。さくやがそのたびに案内する。社長が黙って従う。
「社長、意外と素直ですね」
「道知らんからしゃあないやろ」
「普段は電車乗らないんですか」
「バイクの方が早い」
「それはそうですね」
終点の一つ手前で男が降りた。
「降りましたよ」
「追うで」
■倉庫を特定
男が住宅街を抜け、川沿いの道へ入っていく。さくやがマップを確認し続けた。
「現在位置、川沿いの倉庫街です」
「倉庫街か……」
男が一軒の倉庫の前で立ち止まった。暗証番号を入力して中へ消えた。
「あの倉庫ですね」
さくやがスマホで位置情報を記録した。
「今日は引き上げましょうか」
「そやな。夜、改めて来るで」
社長が倉庫を一瞥した。
「今度はちゃんとした格好で来る」
「ちゃんとした格好……今日のジーパンはちゃんとしてると思いますが」
「違う」
社長がそれ以上何も言わなかった。さくやも聞かなかった。
■夜、倉庫へ
夜、二人は改めて倉庫街へ向かった。
社長がバイクで直接乗りつけた。昼間のジーパン姿から、また革のつなぎに戻っていた。工具ベルトを腰に巻き、いくつかの道具をバイクに積んでいる。
「社長、またつなぎですね」
「夜はこっちや」
「さっき、ちゃんとした格好って言ってましたよね」
「これがちゃんとした格好や」
「……そうですか」
倉庫の外壁をぐるりと見回した。
「入れそうな場所、どこや」
さくやがリュックから顔を出して壁を確認した。
「あそこの換気口……入れそうです」
「よっしゃ」
社長がさくやをリュックからつまみ上げた。
「ちょ、社長——」
「行ってこい」
ぽい。
さくやが換気口の中に放り込まれた。
「っ……入りました」
「そか。帰りは鍵開けて出てこい」
しばらく沈黙があった。
「……え?」
「鍵開けて出てこいゆうとる」
「どうやってですか」
「あんた潜入のプロやろ。なんとかしてこい」
「なんとか、て……」
「グダグダ言うな。行ってこい」
さくやの声が換気口の奥に消えた。
社長がバイクの前に戻った。工具を取り出し、バイクのパーツを外し始めた。
かちゃ。がちゃ。かちゃかちゃ。
パーツが一つ、また一つと外れていく。別のパーツが取り付けられていく。社長の手が慣れた動きで動き続けた。
「……まあ、あいつならなんとかするやろ」
■倉庫の中
換気口を進んだ先に、いくつかの部屋があった。
さくやがスマホのライトで周囲を確かめながら進む。廊下を見下ろせる位置まで来ると、昼間の男が別の人物と話しているのが見えた。
さくやがスマホで動画を録り始めた。
廊下の奥に、鍵のかかった部屋が三つ並んでいた。中から微かな音がする。さくやは息を止めた。
「……お兄さんたち、おるかもしれない」
部屋の前まで降りた。鍵穴を覗くと、中に人影が見えた。
さくやが工具を取り出し、鍵穴に差し込む。
カチャ。
扉が開いた。
中にいたのは、失踪したSPたちだった。無事だった。
「さくやさん……」
「静かに」
さくやが残り二部屋の鍵も開けた。全員が廊下に出る。
さくやがスマホで社長にメッセージを送った。
『SP全員見つけました。どうしますか』
すぐに返信が来た。
『もう準備できとる』
さくやが首を傾けた。
『何の準備ですか』
返信がなかった。
「……社長?」
返信がなかった。
『社長、何をするつもりですか』
返信がなかった。
『社長!!』
返信がなかった。
SPの一人がさくやを覗き込んだ。
「どうしました?」
さくやは全員を見回した。
「……皆さん、今すぐ壁際に寄ってください」
「え、なぜですか」
「とにかく早く」
「な、何があるんですか」
「……わかりません」
さくやがスマホを握りしめた。
それだけは本当のことだった。
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