■第116話 市街地再開発偏 30cmの潜入者
夜のビルが、冷たく光っている。
小さな体が、闇に溶け込んだ。
誰も、気づかなかった。
■夜のビル
夜の帳が静かに街を覆う中、さくやは外資系企業のビルを見上げていた。
ガラスと鉄骨の冷たい外観。24時間体制のセキュリティ。一般人が立ち入れる隙など、どこにも見当たらない。
「でかすぎる……でも、行くしかない」
マダムの部下たちが周囲を警戒している。しかし建物は厳重すぎて、普通の潜入はほぼ不可能だった。
そこで選ばれたのが、さくやの30cmの体だった。
■作戦の仕込み
マダムが事前に手を打っていた。
重要書類を装った箱が、ビルの宛名へ送り込まれる手はずが整えられていた。
箱の底は二重構造になっていた。上げ底の下の空間に、さくやは丸くなって潜んでいた。底板は内側から押せば外れる細工が施されている。
「くっ……せまい……でも行くで」
■集荷場
箱は配達員の手に渡り、ビルの集荷場へ運ばれた。
積み上げられた荷物の中で、警備員が一つ一つ確認している。さくやは底板に手をかけたまま、息を止めた。
警備員が箱を手に取った。蓋を開け、中の書類をざっと確認する。書類はちゃんとある。不審な点はない。箱が棚に置かれた。
「……今や」
警備員が背を向けた瞬間、さくやは底板を静かに押し開け、床へ滑り出した。積み上げられた荷物の影へ素早く飛び込む。振り返った警備員の目に映ったのは、荷物の山だけだった。
さくやは荷物の陰で息を整えた。
「……セーフ」
■換気口へ
人の気配が遠のいたのを確認して、さくやは動いた。
床を走り、壁際の換気口へ。金属のカバーを内側から押し開け、狭い管の中へ滑り込む。30cmの体が、ここでは武器になった。
上空から会議室へ続く音の通路に到達した。風の流れが強く、何度も体が押し戻されそうになる。それでも、少しずつ前へ進んだ。
■プロジェクター台の中
最後の難関——会議室のプロジェクター台。
さくやは細心の注意を払い、内部に潜り込んだ。少し動くだけで、大音量の投影機の下敷きになる。心臓が早鐘のように打っていた。
会議が始まった。重鎮たちの声が、すぐ上から聞こえてくる。
「Aブロックの登記変更、来月中に片付けろ。住民への通知は後回しでいい」
「議員への手土産は用意できてるな。今回は現金じゃなく、迂回させろ」
「地元紙の編集長、もう話はついてる。記事の差し替えは任せておけ」
さくやは息を止めた。録音機が、静かに回り続けている。
「コンペの件は?」
「白紙に戻す手続きは進んでいる。委員会は全員こちらの人間だ。問題ない」
低い笑い声が、会議室に広がった。
さくやの指先が震えた。怒りなのか、緊張なのか、自分でもわからなかった。
「……録音完了。次は脱出や」
■脱出
プロジェクター台から抜け出し、観葉植物の鉢の影を伝って廊下へ。足音一つ立てず、エレベーターの隙間を忍び込み、窓の排水パイプを伝って外へ滑り出した。
夜風が頬を打った。
「……やった」
さくやは小さな拳を天に突き上げた。夜の街灯が、疲れた体を静かに照らしていた。
■報告
湖の拠点に戻ったさくやは、師匠とOLさんに向かって言った。
「成功です。30cmの体でも、情報は確実に取れました」
OLさんが微笑んだ。
「さくやちゃん……さすがね。でも疲れたでしょう。紅茶でもどうぞ」
さくやは椅子に座り、肩の力を抜いた。
「はい」
夜空には月が輝いていた。
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