■第102話 小さきもの大航海編 帰り道は、あたたかかった
旅の終わりは、静かにやってくる。
荷物より重いものを、胸に積んで。
それでも船は、家へ向かう。
■北の港、最後の朝
北の港は、来た時と同じように静かだった。
灰色の空、白い息、石畳に積もった薄雪。
桟橋に、エレナが来ていた。金髪に緑の目、白衣。その隣に白クマがいた。
「エレナ、行ってきたで」
さくやが言うと、エレナは少し目を細めた。
「……見ていました。衛星電話の画面越しに」
流暢な日本語だった。正確で、落ち着いていた。
「旗、立てましたね」
「立てたで!ちゃんと固定した!」
エレナが少し顔を背けた。それからいつもの真剣な顔に戻った。
「出航前に積んでもらいました。北の国の鉱石と毛皮、薬草をいくつか。本格的な貿易の前の試しの荷物です。帰りの食料も手配しました」
「え、もうそこまで考えてくれてたん?」
「当然のことをしただけです」
真顔だった。でも耳が少し赤かった。
桟橋にサモエドたちが並んでいた。三匹とも笑顔のまま、尻尾を振っている。
さくやたちが三匹に群がった。ふわふわの白い毛に30cmのちびっこたちが抱きついたり、よじ登ったり、顔を埋めたりしている。サモエドたちは笑顔のまま、されるがままだった。
ジュウベェたちが正座して整列し、深々と頭を下げた。
「此度の旅、誠にお世話になったでござる」
ずらりと並んだ100人の声が揃った。サモエドたちは首をかしげた。笑顔のまま。
リアンが毛布の中から見ていた。
「……なんか伝わってへんくて逆によかったわ」
出航の時、エレナが桟橋の端に立った。白クマが隣にいた。サモエドたちが岸から走ってきて、桟橋の端で止まった。三匹とも笑顔のまま。
船がゆっくりと離れていく。
「またな——!!」
さくやたちが甲板から叫んだ。
エレナが小さく手を振った。白クマが低く一声鳴いた。サモエドたちは尻尾を振りながら、船が見えなくなるまでそこにいた。
北の港が、霧の向こうに消えた。
■氷が消える
船が南へ進むにつれて、景色が少しずつ変わっていった。
氷が減る。波が増える。空の色が白から灰色へ、灰色から薄い青へ。
甲板に出ると、潮の匂いがした。
「……あ」
「あったかい」
あちこちで同じ声が上がった。
ジュウベェたちが「確かに、でござる」と口々に言いながら空を見上げた。
リアンは毛布から腕だけ出して、空気を確かめるように手を広げた。
「……もうちょい」
まだ毛布は手放せないらしい。
「南国育ちのくせに情けないでござるな」
「うるさい、でごぁとか言うやつに言われたくない」
「それがしは風のせいでござる」
「オレも寒さのせいや」
さくやたちが二人の間で笑っていた。
■リアンの島
数日後、見慣れた緑が見えてきた。
南国の濃い緑、白い砂浜、椰子の木。リアンの島だ。
「……帰ってきた」
リアンが毛布を落とした。甲板の手すりに群がって、島をまっすぐ見ていた。
「オレら、ここから出たんやな」
「……北極点まで行ったんやな」
「ほんま、なんでもあるなこの世界」
桟橋に島の仲間たちが集まっていた。帰ってきたリアンたちの姿を見つけるなり、どっと走り出してきた。
「おかえりーー!!」
「生きとったか!!」
「当たり前やろ!!」
桟橋がわちゃわちゃになった。
荷物の積み込みが始まった。干物、缶詰、黒紫の果物の缶詰、南国の布。自分の背丈ほどもある荷物を抱えたちびっこたちが走り回っている。
「これ全部持ってけ!」
「多すぎひん?」
「多すぎるくらいでちょうどええ!」
さくやたちが甲板から見ていた。
「……ええなあ」
ジュウベェたちが隣に並んだ。
「……ええでござるな」
船が岸を離れる前、リアンが振り返った。
「さくや!ジュウベェ!また行こな!!」
「絶対行くで——!!」
声が波に乗って、遠くまで届いた。
■帰り道
リアンの島を出ると、船はずっしりと重くなっていた。北の国の荷物に、リアンの島の荷物が加わった。
甲板でぼんやりする時間が増えた。エレナが積んでくれた乾燥果実をかじりながら、海を見る。あちこちに座って、思い思いに空を見たり海を眺めたりしている。
「師匠、何て言うかな」
さくやがぽつりと言った。
「……きっと、いつも通りでござろう」
ジュウベェが言った。
「そうやな」
それでいい、と思った。
■港に着いた
拠点の港が見えてきた時、甲板のみんなが無言で立ち上がった。
桟橋に人影があった。
「レイナ——!!」
さくやが叫んだ。
港で仕事をしていたさくやたちやレイナが何人か、手を振っていた。
「おかえり!!!」
船が着くより前に声が届いた。さくやは思わず笑い出した。目が熱くなった。
桟橋に飛び降りると、みんなが駆け寄ってきた。そんなに大勢じゃない。でもそれがかえってあたたかかった。笑い声と歓声が重なって、波音が聞こえなくなった。
■岩山を越えて
ひとしきり騒いだあと、さくやとジュウベェは海の拠点から鉄道に乗った。
小さなちびっこたちがぞろぞろと乗り込む。窓の外に岩山が迫り、トンネルに入ると一瞬暗くなった。
「……もうすぐやな」
さくやがぽつりと言った。
「でござるな」
岩山を抜けると、視界が開けた。南西の拠点が見えてくる。
■南西の拠点
ホームに降り立つと、二人がいた。
爆音社長が腕を組んで立っていた。師匠がその少し後ろに、静かに立っていた。
「ただいま戻りました」
爆音社長がふん、と鼻を鳴らした。
「遅かったな」
「すみません」
「……まあ、無事ならええ」
師匠が静かに前へ出た。さくやたちをしばらく見た。
「おかえり」
「……はい」
「いい顔になったな」
さくやたちが、いっせいに頭を下げた。
それからさくやは顔を上げて、北の国のこと、サモエドのこと、クレバスのこと、氷の中の小さきもののことを、順番に話した。
師匠は黙って聞いていた。爆音社長も、珍しく黙って聞いていた。
全部話し終わった時、爆音社長がぽつりと言った。
「……楽しかったか?」
「ハイッ!!」
全員の声が揃った。
師匠と爆音社長が、笑った。
帰ってきた。
ちゃんと、帰ってきた。
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