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■第100話 小さきもの大航海編 最北の地へ

世界の果てを目指した者たちがいた。

どこまで行けるかではなく、行けるところまで行こうとした者たちが。

その足跡が、白い大地に刻まれていった。


■ 出発の朝

エレナの港に、朝霧が漂っていた。

船の準備が整っていた。

甲板には防寒具が積まれ、食料が積まれ、エレナが用意してくれた薬箱が船室に収められていた。

エレナが桟橋に立っていた。

「……気をつけて」

「行ってきます」

「氷の海は、予測できません。無理をしないで」

「わかってる」

「……帰ってきてください」

さくやが頷いた。

エレナが小さな包みを渡した。

「道中用の薬です。使い方は中に書いてあります」

「ありがとう」

エレナが船を見渡した。

リアンが毛布にくるまって甲板に出ていた。

「……リアン」

「……さむい」

「北の海はもっと寒いです」

「……しってる」

「それでも行くんですか」

リアンが少し間を置いた。

「……行く」

エレナが微笑んだ。

「……勇気があります」

「……さむいだけや」

エレナが笑った。

ジュウベェが一礼した。

「……必ずや戻るでござる」

「待っています」

さくやが船首に立った。

出発の朝、師匠の言葉が浮かんだ。

——毎日が驚きと発見で、ただ楽しい。

「……行こか」

船が動き出した。

エレナが桟橋で手を振っていた。

白クマが隣に立っていた。

二人が並んで、船を見送っていた。

港が、遠ざかっていった。


■ 海が変わる

二日間は、穏やかだった。

空が青く、風が冷たく、オーロラが夜に出た。

三日目の朝、海の色が変わった。

深い藍色から、青白い色へ。

「……また変わった」

さくやが海面を見た。

白いものが浮かんでいた。

小さな氷の欠片が、水面を漂っている。

「……氷や」

「増えてくるでございますな」リアンが毛布にくるまったまま言った。

「リアン、ここで引き返してもいいんやで」

「……行く」

「ほんまに?」

「……ここまで来て、引き返せるか」

さくやが笑った。

「そうやな」

ジュウベェが舵を握りながら言った。

「……風が変わったでござる。北からの風でござる」

「強くなる?」

「……なるでござる」

リアンが毛布の中から言った。

「……さむなる」

「そうやな」

「……さむなるのに、進むんか」

「進む」

「……そうか」

リアンがしばらく黙った。

「……毛布、もう一枚くれ」

「持ってきてある」

「……さすがさくや」

「てんして言わんでいい」

「……てんし」


■ 船首交換

氷の欠片が増えてきた頃だった。

リアンが毛布から顔を出した。

「……そろそろや」

「何が?」

「……船首を換えなあかん」

さくやが振り返った。

「ここで?」

「……氷がもっと増えたら作業できへん。今のうちや」

リアンが毛布を脱いだ。

「……やるで」

「リアン——」

「……航海のことはオレに任せて」

リアンの顔が、いつもと違った。

寒さで青ざめていたが、目が真剣だった。

「全員、甲板に出て」

リアンの声に、みんなが動いた。

船倉から砕氷用の船首が引き出された。

鋼鉄製だった。ずっしりと重く、何人かがかりで運んでも重かった。

「……これを取り付けるの?」

「そうや。今の船首を外して、これに換える」

「どうやって?」

リアンが手順を説明した。

「……わかった。やろう」

全員が動いた。

さくやが綱を引いた。

ジュウベェが金具を外した。

リアンが指示を飛ばした。

「……もう少し右!そこ!固定して!!」

風が吹いていた。

氷の欠片が船に当たる音がした。

体が冷えた。

それでも手を止めなかった。

「……よし、いくで!せーの!!」

全員が一気に持ち上げた。

重かった。

めちゃくちゃ重かった。

「……重い!!」

「……わかってる!!もうちょっと!!」

ドンッという音がした。

船首が取り付けられた。

全員がへたり込んだ。

しばらく誰も動かなかった。

リアンが白い息を吐きながら言った。

「……ええ仕事したでごぁ」

「でごぁ?」

「……寒くて口が動かへん」

さくやが笑い出した。

ジュウベェも笑った。

リアンも笑った。

白い息が、三つ、空に上っていった。

「……さむい」

「そうやな」

「……でも、できた」

「できたな」

リアンが立ち上がった。

毛布を拾った。

くるまった。

「……行こか」


■ 砕氷

鋼鉄の船首が、氷を砕いた。

ガリガリ、バキバキという音が響いた。

船体に振動が伝わってくる。

「……すごい音やな」

「でも進んでる」

氷の欠片が左右に割れていく。

船が、白い海を切り開いていく。

「……かっこいいな、この船」

ジュウベェが舵を握りながら言った。

「……確かにでござるな」

氷がだんだん厚くなっていった。

欠片から、板のような氷へ。

板から、壁のような氷へ。

それでも船首が砕いていく。

ガリガリ、バキバキ。

ガリガリ、バキバキ。

「……負けてへんな、この船」

「……エレナさんのとこの技術や」

「さすがやな」

夜になった。

オーロラが出た。

氷の海面に反射して、青と緑が揺れていた。

「……きれいでございますな」

リアンが毛布から顔を出した。

「……きれい」

「毎日見てるのに飽きひんな」

「……飽きひん」

さくやが空を見上げた。

師匠にも見せたかった。

この景色を。

——毎日が驚きと発見で、ただ楽しい。

「……師匠も、こんな気持ちやったんかな」

「何が?」

「……知らんことを知る時の気持ち」

ジュウベェが静かに言った。

「……拙者には、わかる気がするでござる」

波の音が続いた。

氷を砕く音が続いた。

オーロラが揺れ続けた。


■ ジュウベェ、根性を見せる

四日目の朝だった。

甲板に出たジュウベェが、空を見上げた。

「……拙者、寒さに負けるわけにはいかぬ」

「どうしたの急に」

「……これぞ侍の魂でござる!!」

上着を脱いだ。

「……ジュウベェ!?」

極寒の風が吹いた。

ジュウベェが小刻みに震え出した。

「……で、でも負けぬ!!」

「絶対負けてるやろ!!」

リアンが毛布から顔だけ出して言った。

「……オレも」

「リアンまで何してんの!?」

リアンが毛布から手を出した。

外気に触れた。

「……さむ」

毛布に戻った。

「……参考になったでございますわ」

「参考にするな!!」

ジュウベェがぷるぷると震えながら言った。

「……実に、さむいでござる」

「着て!!早く着て!!」

ジュウベェが上着を着た。

「……侍の魂は、確かに感じたでござる」

「感じんでいい!!」


■ リアン、凍る

五日目だった。

リアンが甲板に出た。

毛布なしで。

「……今日は、出てみる」

「リアン、大丈夫?」

「……熱帯育ちやけど、オレかて——」

カチン。

「……リアン?」

リアンが固まっていた。

氷のように固まっていた。

「……リアン!!」

さくやが船室に走った。

お湯を持ってきた。

かけた。

リアンがぶるぶると震えながら溶け出した。

「……さ、さむ……しぬ……」

「死なない!!でももう出てこんといて!!」

「……わかった……毛布……」

「はい」

リアンが毛布にくるまった。

「……さむい」

「わかってる」

「……でも、出てみたかった」

「なんで」

リアンがしばらく黙った。

「……みんなと、おんなじ景色が見たかった」

さくやが黙った。

「……ちゃんと見えた?」

「……見えた」

「よかったな」

「……さむかったけど」

「そうやな」


■ 最北の地

六日目の夕方だった。

氷がさらに厚くなっていた。

砕氷船が唸りを上げながら進んでいる。

「……あれ」

さくやが前を見た。

白い大地が広がっていた。

海面と陸地の境界がわからないほど、全てが白かった。

「……着いた?」

「……最北の地でございますな」リアンが静かに言った。

「ここが——」

「……うん」

誰も何も言わなかった。

ただ、その白い世界を見ていた。

風が吹いていた。

雪が舞っていた。

さくやが前に一歩出た。

「……降りよう」

「……行くでございますわ」

ジュウベェが言った。

リアンが毛布にくるまったまま立ち上がった。

「……行く」

三人が白い大地を見ていた。

世界の端が、そこにあった。

氷の上に、最初の足音が刻まれた。




#小さきもの大航海編

#エレナと白クマの見送り

#師匠の言葉を胸に出発

#でごぁ

#みんなで船首交換

#ジュウベェ根性を見せてすぐ震える

#リアン凍る

#みんなと同じ景色が見たかった

#最北の地に到達

#氷の上に最初の足音が刻まれた


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