第3話 出会い2
『……廃棄区画アラート。対象エリア、第十三スラム街。生存確率、2.4%』
不意に、無機質な警報がスラム中に響き渡った。
は? アラート? 生存確率、2パーセント?
悲鳴が上がる。
システムが、このスラムを見捨てたってことか!?
「黎! ぼさっとしてんじゃねえ!!」
親父の怒声に弾かれたように振り返る。
ジャンク屋の裏手。強固なはずの防衛壁が内側からひしゃげ、あり得ない質量の「何か」が這い出してきた。
蒼白い鱗。腐臭のする粘液。ビルほどもある巨大な肉塊が、俺たちの真上へと覆い被さってくる。
親父の手には、見慣れない武器型のデバイスが握られていた。
「骨格系シールド展開! 血管系、魔力回路接続――ッ!」
親父の体から魔力が注がれ、ツギハギのデバイスが強烈な熱光を放つ。
「こいつは水と圧のバケモノだ! 物理は通らねえが、熱には脆い!!」
放たれた業火が、迫り来る触手と粘液を一瞬で蒸発させる。
すげえ。親父がいれば助かるかもしれない。そう思った、次の瞬間だった。
――■■■■■ッ!!
鼓膜を破るような咆哮。
炎の壁をぶち破り、焼け焦げた巨大な尾が、親父に向かって叩きつけられた。
グシャリ、と。
絶対に聞いてはいけない音がした。
親父の構えたデバイスが粉々に砕け散り、その大きな背中が、ボロ布のように俺の目の前へと吹き飛ばされる。
「親父……っ!? 嘘だろ、おい、しっかりしろ! 今、止血を……!」
「馬鹿……野郎……」
血の海に沈んだ親父が、震える手で俺の腕を強く掴んだ。
「お前は……逃げろ。お前の体を……絶対に……防衛局に……見られる、な……」
くそっ、血が止まらない。どうすればいい!? 逃げる? 親父を置いて!? そんなの出来るわけがない!
頭上が暗くなる。怪物が再び巨大な腕を振り上げたのが見えた。
「……親父を、殺させない」
その瞬間、俺の中で何かが完全に壊れた。
親父の警告なんてどうでもいい。俺はこの力を本能のままに解き放とうとした。
――その刹那だった。
怪物の輪郭が一瞬だけブレたように見えた。
極度の緊張のせいか、それとも枷が外れたせいか。次にあの太い腕がどうねじれ、どこに振り下ろされるのか……その軌道が、はっきりと頭の中に浮かんだ。
俺は直感に従い、噴き出した銀色の流体を、予感が告げた空間へ巨大な盾として展開させる。
直後、ドンピシャのタイミングでそこに怪物の触手が激突し、凄まじい衝撃波がスラムの廃屋を吹き飛ばした。
土煙の中、コツ、コツと足音が響く。
こんな泥だらけの惨状に、絶対にいるはずのない真っ白な制服。
特務防衛局? エリートがなぜここに……。いや、あの顔、ゴミ捨て場の雑誌で見たことがある。防衛局のエース……灰原蛍!?
「……何、今の力……」
彼女が俺を見て呟いた直後、怪物が再び咆哮を上げた。
「……私の前で、師を傷つけた代償は高いわよ。――第12神装『ゼウス』」
彼女が虚空から白刃を引き抜いた瞬間、視界が紫色の閃光に染まった。
見えない。速すぎる。
「ーー紫天の罰」
雷鳴が鼓膜を叩いた時には、彼女はすでに怪物の背後にいた。空間に紫色の軌跡が残り――直後、巨大な肉塊が内側から爆散した。
俺はへたり込んだまま、声も出せなかった。
これが防衛局。これが、本物の力。
空気を焦がす余韻の中、彼女は静かに刀を鞘に収めた。
純白のブーツが、親父の血で染まった泥を踏みしめながら俺に近づいてくる。
氷のように冷たい瞳。彼女の視線は、瀕死の親父を一瞥した後、俺の腕から体内へと戻っていく銀色を真っ直ぐに射抜いていた。見透かされているみたいで、背筋が凍る。
「……頼む。あんた、防衛局のエリートなんだろ……っ!」
俺は親父の血で真っ赤になった手を伸ばし、無我夢中で叫んでいた。
「親父を助けてくれ! このままじゃ死んじまう!」
「……ええ、そうね。スラムの設備じゃどうにもならない。けれど、特務防衛局の医療ポッドに繋げば、ギリギリで命は繋げるわ」
彼女の声は、どこまでも平坦だった。
「でも、あなたはどうするつもり? その異常な力……防衛局が見逃すと思う? 連行されれば最後、あなたは生きたまま解体されて資源にされるわよ」
息が止まりそうになった。親父が血を吐きながら言ったのは、そういうことか。
けど、そんなこと、知るかよ。
「俺の体なんてどうなったっていい! だから――」
「私が、あなたを匿ってあげる」
俺の悲痛な叫びを、彼女の声が冷たく遮った。
「恩師である彼を、こんな所で死なせたくはない。……そして、あなたのその理外の力は、防衛局のシステムから隠し、私の手元に置いて管理・監視する必要がある」
彼女はゆっくりとしゃがみ込み、血だまりの中で震える俺と視線を合わせた。
「私の特権で、この人の命は保証する。その代わり――」
彼女の瞳が、俺を縛り付けるように見据える。
「今日からお前は、私の狗になりなさい」
自由を奪われ、防衛局の暗部で飼い殺される最悪の契約。
だけど、俺の腕の中には、微かに息をしている親父の温もりがある。迷いなんて、あるはずがなかった。
「……ああ。親父が生きられるなら」
俺は親父の体を強く抱きしめ直し、新たな主人を睨み上げた。
「俺の命も力も、全部あんたにくれてやるよ。……マスター」




