第26話 Side : 父親
お待たせしました。第26話投稿いたしました。
◆◆◆
特務防衛局、地下15階。
その空間は静寂に包まれてる。
大規模な戦いが行わていることなぞ知る由がないように。
地上の蹂躙も、上層の死闘も、ここまでは届かない。
地下数キロに位置するこの空間は、世界から完全に隔離された墓標のようにただ凍てつくような冷気だけを漂わせていた。
フロア中央。幾多の強固な魔術結界に封じられた祭壇に、その巨大な影はそびえ立っていた。
天を衝く十字架に磔にされているのは、まばゆい光を放つ人型の何か。
そこに生々しい血肉は存在しない。万華鏡のように複雑な光の多面体が交錯し、辛うじて人の形を成しているのだ。
網膜を焼くような神々しさと、正確な形すら理解しきれない高次元の輝き。
ただそこに存在するだけで、周囲の空間すべてをひれ伏させるような絶対的な威圧感。
その存在が――――アダムカドモンである。
防衛局より支給されたデバイスを介して、地球上の全魔術を管理・統括するシステムの本体。
その光の巨人は、何重もの魔術の鎖と強固なプロテクトによって、十字架へと縫い留められていた。
その足元へと1つの人影が歩み寄る。
「そろそろ、次のフェーズに進むべきか……」
男は、静かな足取りで祭壇を見上げた。
すべては計画通り。狂信者どもの暴走も、神々の顕現も、防衛組織の混乱も。
男は懐から、眩い光を放つひとつの結晶を取り出した。
防衛組織の中枢から奪い取った『アダムカドモンの魂』
その結晶を、彼は躊躇いなく自身の胸へと突き立てた。
「グッ……ァァァッ……!!」
肉体が内側から弾け飛びそうなほどの激痛と、莫大なエネルギーの奔流が彼を襲う。
神の膨大なエネルギーの奔流が、彼が持つ肉体が内側から無理やり押し広げ、焼き切っていく。
目、鼻、口からどす黒い血が噴き出し、脳髄が沸騰する。
しかし、これは当然の結果である。
そもそも神と人間は起源から違う。
神たるその力をただ一生物に注ぎ込むなど、自らの存在を塵芥に変える自殺行為にほかならない。
ただの人間であれば、一瞬にして細胞一つ残らず消滅していただろう。だが、男は塵と化していく肉体の中で、決して死ぬことはなかった。
限界を超え、炭化し、千切れていく人間の皮膚の隙間から、円や多面体、交差する光の線が組み合わさった幾何学的な構造体が見える。それは奇しくも、目の前で十字架に磔にされている神と極めて近しい、人智を超えた情報の集合体であった。
全身の骨が砕ける音を響かせ、吐血しながらも、男の口元には確かな歓喜の笑みが浮かんでいた。
それから、人間の皮膚が剥がれ落ちて幾何学的な光の線が剥き出しになった右手を軽く振るい、男は静かに魔術を発動させた。
男の魔力に呼応し、特務防衛局の各階層に密かに放っていた監視用の生物たち――不気味な単眼を持つ羽虫のような異形が、局内の暗がりで一斉に蠢き出す。
監視生物たちを介して男の脳内に、局内で繰り広げられているあらゆる惨状の映像が、次々と送られてきた。
それらを無機質に処理していた男の視線が、不意に、ある一つの存在に釘付けになった。
「……っ!?」
思わず息を呑んだ。
それを見た瞬間、男の心臓が激しく波打った。
(なんだ……あれは……)
他人の空似などではない。
その瞳の形、顔立ちの面影。
(そのすべてを私は知っている。しかし、それだけはありえない!)
男の中ですべてが回る、思考が混在し周り巡る。
そして、ある一つの回答に至った。
「……フッ」
静寂に包まれた空間に、乾いた声が響いた。
「フフ……クハハ…………アーーッハハハハハハハハッ!!」
男は血塗れの顔を醜く歪め、天を仰いで狂ったように笑い声を上げる。
男は腹を抱えて笑い続けていた。
「そうか、アダムカドモン!!貴様はどこまでも私に苦しんでほしいのだな!!!」
憎悪、歓喜、悲痛、嘲笑、狂気。
相反するあらゆる感情がどろどろに混ざり合い、黒い濁流となって男の精神を支配していく。
「アハハハハハッ…………」
男は一人で笑い続けていた。
◆◆◆
特務防衛局、地下8階。
「オラァッ!! くたばりやがれ化け物!!」
血と焦げた肉の臭いが充満する通路で、俺は継ぎ接ぎの重機関銃をブッ放し続けていた。
(……クソッ、また開いてきやがった……!)
弾を吐き出すたび、メチャクチャな反動が身体を殴りつける。数日前に縫ったばかりの右肩と脇腹が、内側から引き裂かれる感覚。服の下を生温かいものが流れ落ちる。息をするだけで肺が焼けそうだった。
「おい! 無茶するな鉄さん!! あんたの体じゃ――」
背後のひしゃげた隔壁の奥から、馴染みの局員が喚く。アイツの手には護身用の銃が握られていた。
「バカ野郎!! 慣れねぇ手つきで俺の背中撃つ気か!!」
血の混じった唾を吐き捨てて怒鳴り返す。
「いいからてめぇらは、その魔力を温存してやがれ、少しでもシールド強度に魔力を回しやがれ!!」
「鉄さん……ッ!」
「ここは俺が死んでも通さねぇ!!」
「ギシャァァッ!」
怒鳴り合いの隙を突き、壁を這ってきた四脚の化け物が跳躍する。
迎撃しようとした瞬間、手元の銃がバチバチと火花を吹いて完全に沈黙した。
(チッ、ここで焼き切れるかよ!)
俺は咄嗟に熱を持った銃身を盾にして、化け物の牙を受け止めた。腕の骨が軋む。そのまま腰から手製のレンチを引き抜き、力任せに振り抜く。
嫌な音と共に、肩の傷が完全に裂けた。目の前が白く飛ぶような激痛。だが構わねぇ。俺は赤熱したレンチの刃を化け物の頭蓋に叩き込み、壁に叩き伏せた。
「ぜぇ……ッ、はぁ……ッ、はぁ……ッ!」
膝をつきそうになるのを必死に堪える。
ここで死ぬわけにはいかねぇ!!
黎の奴が帰ってきた時に、また一人に戻させねぇために!!
あいつはまだかみ合って
その時だった。
通路の奥の暗がりから、次元の違うプレッシャーが這い出してきた。
異常にデカい。鋼鉄みたいな外殻に、丸太のような腕。その先にはおぞましい長さの凶爪が伸びている。
(……冗談だろ……ッ)
限界の膝がガクンと折れかけた。
その時、背後のセーフルームから局員の悲痛な声が響いた。
「鉄さん、そこから動くな!! 部屋の固定シールドを外まで広げる!」
「バカ野郎!!」
「やるしかないんだ! 部屋全体を覆う必要はない、展開範囲を前方の一面だけに絞れ! 維持時間も十秒でいい! 中にいる全員の魔力を絞り出して硬度に全振りするんだッ!!」
隔壁の奥に設置された防衛機構がけたたましい駆動音を鳴らす。
直後、眩い光と共に、俺と化け物の間を塞ぐように分厚い光の壁が展開される。
「これなら……! 時間も範囲も捨てて、全員の魔力を硬度に配分したシールドなら、いくら化け物でも……!」
だが。
「割られる!」
化け物が、爪を振り抜く。
分厚い光の壁が、たった一撃で粉々に散る。
「なっ――!?」
止まらない。シールドを砕いた勢いそのままに、凶爪が俺の後ろの隔壁ごと薙ぎ払おうと迫る。
(マズイッ!)
俺は咄嗟に体を投げ出し、レンチと銃を交差させて軌道に割り込んだ。
巨大なハンマーで殴られたような衝撃。
「ガッ……ァァッ……!」
手元の得物がひしゃげ、俺の体は紙切れのように宙を舞った。
背後の隔壁に激突し、体内で肋骨が何本も砕ける音が響く。
「ゴハッ……!」
大量の血反吐をぶちまけながら床に転がった。
意識が飛びかける。全身が痙攣し、指先ひとつ動かねぇ。
「鉄さんッ!!」
局員の悲鳴。化け物は止まらない。這いつくばる俺と、背後の隔壁ごと纏めてミンチにしようと、再びその巨大な凶爪を高く振り上げた。
(……クソッ、動け……動けよ俺の体……ッ!)
意地とは裏腹に、体は言うことを聞かない。
万策尽き、俺が血走った目で巨影の爪を睨みつけた――凶刃が振り下ろされる、まさにその直前だった。
天井が―――――割れた。
男は一人で笑い続けていた。
ここやかましすぎないか?




