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白薔薇姫と黒の魔法使い  作者: 七夕真昼
間章 あの子が忘れた物語 Ⅲ
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管理者

「ひっ」


 リドラがメモを落とした。ブレイズも声を上げそうになった。


 そこにいたのは自分で、妹で、母で、そして全く知らない老人だった。

 瞬き一つせずに見開かれた瞳は炎の赤。ほとんど白髪に変わっているが、元の髪は黒色だったと分かる。

 痩せ細った老人が、ベッドの上で横たわっていた。天井をじっと見つめる目は、眼球の代わりにガラス玉でも嵌め込んでいるかのよう。人離れした美しさを感じても生気は微塵も感じられない。肌は青白く、血が通っていないのかと思うほど。


 円形の部屋に施された数々の装飾品。窓を覆う薄いカーテンにすら宝石が散りばめられ、炎が灯る燭台は金だった。神への儀式でもおこなうための部屋なのか。絢爛とした部屋の中で、ただ一人横たわる老人だけが異常だった。

 二人には目の前の彼が生きているのか死んでいるのか判別できない。


 これが、管理者(エリュプーパ)? 自分達はこれになるために魔法を勉強して、抜き打ちの試験を受けさせられて、間引かれているのか?


 冗談じゃない。


 足が竦むリドラに対し、ブレイズはゆっくりと老人に近づく。彼がブレイズ達に気づいているのかは分からない。

 僅かに、本当に僅かに上下する胸。それを見て初めて、この老人がまだ生きているのだと分かった。


 顔を覗き込み、自分とよく似た老人を見つめる。その頬に触れると氷のように冷たかった。


「……貴方は、誰?」


 答えが返ってくるとは思っていない。言葉を交わすには遅すぎたのだ。それでも、枯れ枝と大差ない老人を見ていると不思議と懐かしさが込み上げてくる。この老人はきっと自分達の家族なのだと思った。


「俺とフィメロの、お爺さん? それとも、年の離れた母さんの兄さん? ユーレチカ・ソール・カーネリアを知ってる?」


 母の名前を口にした途端、老人の瞳が揺れた気がした。

 ガラス玉だった老人の目が微かに輝く。


「ユー……チ……カ」


 しわしわの唇が辛うじて動き、空気の漏れる音に混ざって声が聞こえた。言葉として聞き取ることは叶わなかったが、彼が母の名を呼んでいるであろうことは分かった。

 やっぱり、この老人と自分が血縁にあたることは間違いない。


「貴方は母さんを知ってるんだ」


 彼が自分の祖父にあたるのか、伯父にあたるのかは判別できない。この痩せ細った身体は老化だけが原因じゃないはずだ。ここに来る道中で聞いた兵士の話から予測するに、人間達は管理者(エリュプーパ)を戦争のための兵器として扱っているようだったから。


「ユーレチカは俺の母なんだ。俺と、あと妹もいる」


 こんな話をして彼にどうしてほしいのか、ブレイズもよく分かっていない。それでも話したかった。急に両親を失ったブレイズにとって、目の前の老人は親に近い存在として映ったのかもしれない。どれだけ魔法の才能と正義感に溢れていようと、ブレイズもまだ十二歳の子供だった。


 ブレイズが老人の手を握る。その温もりに縋るには、彼の手はあまりに冷たすぎる。


「貴方はいつからここにいるの? どうして母さんを知ってるの? 管理者(エリュプーパ)って一体なんなの?」


 答えが返ってこないと分かっていても溢れた疑問は止まらなかった。ブレイズ自身もずっと怖かったのだ。騙されて連れてこられ、訳も分からないまま魔法の勉強をさせられると思えば、覚えが悪ければ殺される。妹や仲間のために張っていた気が、血縁と思しき男性の前で初めて緩んでいた。


 ここは一体なんなんだ。何のために自分達は幽閉されているのか。管理者(エリュプーパ)に選ばれなかった子供達は皆殺されてしまうのか。

 教えてほしかった。


 こんな目に遭わなければならない理由を、教えてほしかった。


「教えてよ。俺達はここで何をさせられてるの? どうして人間は魔法使いを縛り付けるの? カラーだって道具みたいに働かせてた。魔法が使えることは悪いことなの?」


 フィメロに同じことを聞かれた時は「違う」と答えた。けれどブレイズ自身も分からなかった。魔法使いであることが悪じゃないなら、なぜ魔法使いだけがこんな目に遭わなければならないのか。魔法使いと人間で一体何が違うのか。

 誰でもいいから、教えてほしかった。もし魔法使いであることが悪だというなら、どんな罪があるのだろう。どうすれば、その罪を償うことができるのだろう。


「ユー、レチ、カ……」


 先ほどよりもはっきりと老人が喋る。ブレイズが顔を上げると、彼の瞳がたしかにブレイズを捉えた。握り返された手に力が篭るのを感じ取る。


「ユー、レチカ……逃げ……さい……ここ……いた、ら……」

「俺の名前はブレイズだよ。ユーレチカじゃない」

「はや……に、げ……ユーレ、チ……」


 どうやら、老人はブレイズがブレイズの母に見えているようだった。顔の造形がそっくりだからだろう。

 それ以上彼が話すことはなく、握り返された手から力が抜ける。


「ま、待って、まだ他にも知りたいことがあるんだ。そうだ、治癒魔法、治癒魔法を使えば──」

「ブレイズ、意味ないよ。治癒魔法は怪我や病気にしか使えないんだ。この人は怪我も病気もしてない」


 落ち着きを取り戻したリドラに止められた。老衰した身体は治癒できない。それが浮かばないほど、ブレイズは必死になっていた。


 老人はそれ以上は何も語らず、また虚空を見つめるだけだった。握り返された手からも力が抜けている。


「待ってよ! まだ何も答えてもらってない!」


 ブレイズが縋り付く。しかし、痩せ細った老人の身体が揺れるだけだった。


「ねえ! もっかい俺を見てよ!!」

「ブレイズ、だめだよ」


 感情のままに老人を揺するブレイズをリドラが止める。強く揺すっては老人の身体が折れるんじゃないかと不安になったからだ。それくらい、リドラには彼が脆い存在に見えた。


「ブレイズ、今日はもう戻ろう。この人もきっと、疲れてるんだよ」


 このまま粘っても何も得られない。それは、ブレイズにも分かっていた。

 それでも離れ難い。この人の傍にいたい。


「ブレイズ」

「……うん」


 何度めかの声がけで、ようやくブレイズは老人の手を離した。

 部屋を出る直前で、名残惜しそうにブレイズが粗末なベッドを振り返る。


「……また、来てもいい?」


 もちろん答えは返って来なかった。燭台の火が、それに照らされた宝石の煌びやかな輝きが、ゆっくりと暗闇に閉ざされていく。

 ここまで来た時の威勢はどうしたのか、帰り道のブレイズはしょんぼりと静かだった。


管理者(エリュプーパ)って」


 声を出せる居住区に戻ってきたブレイズが呟く。


管理者(エリュプーパ)ってなんなんだ。人間は、管理者(エリュプーパ)を何のために必要としてるんだ」


 ユフィは管理者(エリュプーパ)をすごい魔法使いだと言っていた。ここに来た子供達は、誰もがその存在になるためにここに来ていた。

 眩いばかりの希望を持って。


 その末路があんな枯れ枝のような老人だなんて、誰が想像しただろうか。間引かれて死ぬだなんて、誰が想像していただろうか。

 無意識のうちに首輪に触れる。こんなものがなければ使えない魔法など要らない。


「……きっと、戦争に勝つために必要なんだと思う。そのために人間達は魔法使いを集めてるから」


 高原にいた頃は、そんな話は知らなかった。あの場所はいつだって(のどか)で平穏だった。


「魔法使いは高く売れるんだ。だから、孤児院は僕を売った。実の子供でも、魔法使いなら売る。お金のためなら仕方ないって」


 そう言われて、ゲイツを思い出す。あの男は最初から、ブレイズとフィメロが管理者(エリュプーパ)の血縁だと知っていたのだ。知っていたから親切に保護し、軍隊に売り渡した。

 裏切られたんじゃない。最初から騙されていたのだ。


 窓の外の満月が天高く昇っている。もう寝なければ。


「部屋に戻ろう。朝起きれないと大変だから」

「……うん」


 リドラに促され、ブレイズは妹が眠る部屋へと帰った。そっと扉を開ければ、フィメロの規則正しい呼吸音が聞こえてくる。


(フィメロは、あのお爺さんのことを知らない。俺とフィメロは、一体……)


 あの老人と自分達は似ている、レベルの話ではなかった。あれはブレイズそのもので、フィメロそのものだった。そして、母、ユーレチカでもあった。

 目を閉じてもさっきの出来事が巡って寝つけない。銀月が西の空へ傾いた頃、ようやくブレイズは眠りに落ちた。


 そして程なくして、叩き起された。

 無遠慮に部屋へ侵入してきたリービルがブレイズとフィメロの布団を剥ぎ取る。


「──起きてください。早急に選定の儀を遂行します。管理者(エリュプーパ)が死にました」

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