子供達の冒険
ここでの暮らしも随分と慣れてしまった。ベッドに腰掛けて足をぷらぷらさせている妹を見るブレイズの表情は浮かない。
(あれから間引かれる子供は阻止できてるけど……)
詠唱無しで魔法を使うことにも慣れてきた。今では、教科書に載っている初級魔法なら思いのままに扱える。
それでも不安は全く拭えなかった。
間引きで誰も間引くことができない場合、向こうは他の手段を考えるはずだ。それがどんな手なのか想像がつかない。
それから、間引きを阻止できているのは自分がいるクラスだけだ。同時に間引きをおこなっている他のクラスの子供達は、どうしたって助けることができなかった。
それが不安を抱かせる要因の一つでもあった。仮にブレイズのいるクラスが優秀だと判断された場合、他のクラスそのものが間引かれるのではないかと。
(どうすれば……どうすれば全員助けられるんだ)
方法があるとすれば、隙を見つけて脱走するかあの人間達を倒すかの二択だろう。全員で脱走するには綿密な計画を立てなければならない。すぐには実行できない。万全な脱走計画を立てる最中に、一体何人の子供が犠牲になるか。
なら、あの人間達を倒すしかない。それも無謀な話だった。自分達が武器にできるのは魔法。しかし。教科書には戦えそうな魔法式は一つも載っていない。一から魔法式を考える必要があった。
どちらを選ぶにしろ時間がかかる。それなら、脱出を目指す方が良いと思った。
(リドラに相談しよう……俺一人じゃどうにもできない)
深夜、ブレイズとリドラが密かにおこなっている魔法の練習は今も続いていた。初めの頃は魔力の暴走で幾度となく手足に傷を作っていたが、今はほとんどない。
詠唱無しで自在に魔法を使うブレイズを見て、この少年はやはり天才だとリドラは思った。
「リドラ、相談があるんだ」
「相談?」
「ここから全員で脱出したい」
リドラは一瞬表情を呆けさせたが、ブレイズの意図が分かったのだろう。難しいことを考えるように眉間に皺が寄る。
「それができたら一番だけど……でもどうやって。僕達はどの道を通ってここに連れてこられたか分からないし、この城の構造も分かってない。普段僕達がいる場所以外、何も分からないよ」
「調べよう」
「調べるってまさか」
「見つからないようにここを抜けて、地図を作る。全員が脱出できる経路を探そう」
翌日から、ブレイズとリドラの冒険が始まった。フィメロや他の子供達が寝静まった後、そっと部屋を抜け出したブレイズとリドラは落ち合う。
「……本当にやるんだね」
「ああ。行こう」
姿や気配を消す魔法が使えたら簡単な話だったのに。それができないから、息を潜めて行動するしかない。見つかればどうなるか分からなくても、ブレイズに立ち止まる選択は無かった。
扉に耳をつけて向こうの気配を探る。人がいるような音は聞こえてこない。ドアノブに手をかけ、慎重に、少しの音も立てないように数ミリだけ開く。
隙間から外を覗くと、薄暗い廊下が広がるばかりで誰も見当たらなかった。
リドラを振り返ってうなずく。身体が通れる分だけ扉を開け、二人は小さな生活圏から抜け出した。
城の中を歩くのはここへ連れてこられた時以来だ。
声を出さずにやり取りをするため、二人は予めいくつかの簡単なサインを決めていた。
人差し指を指した時はその方向に進む、手を開いた時は止まる。手を振った時は隠れる合図だ。前方をブレイズが、後方をリドラが見張りながら進んでいく。
(足音がする……隠れないと)
手を振ってリドラに合図。二人は物陰に隠れてじっと息を殺した。
「──管理者はもう回復しないのか?」
「ありゃダメだな。半月経たずに死ぬだろう」
「選定の儀をさっさとやるしかないな。けど、子供ばかりじゃあなあ。子供は操りやすいが使える魔法が少なすぎる。早く魔法を覚えさせないと、次の戦争は勝てないぞ」
「どうせ次もカーネリアの子供だろう。ちまちま間引く意味なんかあるのかね」
兵士が二人、そんな会話をしながら通り過ぎていった。その声が聞こえなくなるまで待ってから、ブレイズとリドラは物陰から出る。
(ブレイズ……)
兵士達の会話にあった“カーネリアの子供”はブレイズとフィメロのことに違いない。心配そうに視線を向けた先で、ブレイズは「行こう」と促した。
さきほどの会話を聞くにあまり時間は残されていないようだ。一日でも早く、脱出経路を確保しなければ。
(出口に繋がる道はどこだ? さっきの兵士の後を追った方が良かったかもしれない)
メモを書きながら探索を進める。行き先が分かれている時は進む道に印をつけた。それから、同じ印を壁の下の方に残す。これで、同じ道に来た時にどこへ行けばいいか分かるはずだ。
城の中を進んでいると、再び足音が聞こえてきた。ブレイズとリドラが視線を交わし、また物陰に隠れる。
「──もうすぐ行商が来るだろ? またあの焼き菓子があると良いんだが」
「焼き菓子? たしかに美味しかったが、お前甘い物は苦手だろ」
「娘が気に入ったみたいなんだ。次の休みの時に持って行こうと思って」
談笑しながら歩く兵士を見送ったかと思えば、ブレイズがその背中を追いかけ始めた。リドラがぎょっとする。見つかったら危険だ。
しかし声をかけて止めるわけにもいかず、それどころかブレイズはリドラにも「ついてきて」と手で示している。数秒躊躇ったのち、恐る恐るリドラも後を追いかけた。
(ブレイズはどういうつもりだ? こんなの危険すぎる……)
緊張から早鐘を打つ心臓を抱えながら追った先は、夜更けだというのに煌々と明かりのついた大部屋。そこでは兵士達が酒を飲み交わしていた。今日一日の職務が終わったのか、真っ赤な顔で仲間達と騒ぎ立てている。
なるほど。この時間なら、気を抜いている兵士が多いのか。これはなかなか良い情報を得たとブレイズがメモに書き残した。
酔いしれる男達の観察はほどほどに、二人は先へ進む。角を曲がろうとしたところでブレイズが「止まれ」のサインを送った。
「──管理者はもう持ちませんね。今ほど様子を見てきましたが、既に死体と変わりありません」
リービルの声だった。ブレイズとリドラの身体が強張る。彼は仲間達を殺した男だ。
「使い物にならないものを置いておくだけ無駄でしょう。息が止まるのを待つより、こちらで処分した方が良いかもしれません」
会話をする相手と共にリービルが歩いていく。あの冷たい声が完全に聞こえなくなった後、二人は大きく息を吐いた。どうやら、無意識のうちに呼吸を止めていたらしい。
先ほどまでリービルがいた所を見る。そこには、大きく重そうな扉があった。
(あれはどこに繋がってるんだろう……)
出口ではなそうだが、気になった。なぜかその先を知りたいという気持ちが抑えられない。もしかしたらそこに、管理者というものがいるのだろうか。
扉に近づこうとしたブレイズを服をリドラが掴んで止める。振り返ったブレイズにリドラは首を振って静止を促した。
「……この先に管理者がいるかもしれない」
ぽつりと小さな声でブレイズが呟く。それでもリドラは首を振った。
「管理者はカーネリアだって言ってた。もしかしたら、この先にいるのは俺の血族かもしれない。家族になる人だったかもしれない」
そう言われてしまうと、これ以上は止められない。期待と不安がない混ぜになったブレイズの目を見て、リドラは仕方なく手を離した。
「ブレイズ、長居はやめておこう。誰かが来るかもしれないから」
「うん」
見るからに重そうな扉を二人で押す。少し軋んだ音を立てて、扉がゆっくりと開いた。冷たい風と共に埃っぽいにおいが降りてくる。
その先に続いているのは上の見えない螺旋階段。それを一段ずつ昇っていく。ここに隠れられる場所は無い。人が来たら終わりだった。
誰か来ないか怯えながらもようやく上に辿り着く。またしてもそこには扉が。ここまで来たらもう後戻りはできないと、二人が視線を交わした。
互いにうなずき、扉を押す。
その先にいたのは──。




