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願いを乗せたランタン

 ランタン飛ばしの開催は王国民にとって最も楽しみな行事だ。ラウニャドールの襲撃により中止されたイベントが行われると知り、誰もがこの日を楽しみにしていた。

 先祖は流れ星を贈ってくれたのだ。日を改めてでも光を贈り返さなければ、というジクターの粋な考えだ。


「襲撃が星祭りと被ってヒヤヒヤしたけれど、これを見るとジクター殿下のお立場は大丈夫そうね」


 笑顔でランタンを手にする人々を見て安心する。あのまま星祭りが終わっていたら、第二王子派からありとあらゆる責務を問われて追い込まれていたかもしれない。


「んな堅苦しいことは置いときましょーよお嬢。カーネリア卿上手く誘えたんスね。 しかもあのピアス、お嬢があげたやつっスよね?」


 小声でニヤニヤ小突いてきたオロルックをど突き返す。


「ぐぅ……っ」

「オロルックは私に感謝するべきじゃない? フィオラをランタン飛ばしに誘ったのは私なんだから」

「はい……すげぇ感謝してるっス……一生お嬢についてくっス……」


 脇腹を押さえて呻くオロルックは放置して、ロゼアリアは歩く速度を落とした。一番後ろを歩くアルデバランの隣に来ると、彼を見上げる。


「アルデバランはランタンなんの形がいい? 星型と、ハート型と、四角形と、あと気球」

「星」

「だと思った! はいこれ、アルデバランの分」


 リブリーチェに預かってもらっていた箱から星型のランタンを取り出し、アルデバランに渡す。


「買ってたのか?」

「うん。誘えたら誘おうと思ってたから」


 ランタンは王都のどこで飛ばしても構わないのだが、流星群を観賞した高台で飛ばすのが人気だった。


「あっ、お店! お店出てますよ!」


 先頭を歩いていたリブリーチェが出店を指した。立ち寄りたいらしい。


「星形のキャンディー! ボクこれ好きです」


 嬉しそうにリブリーチェが買っている。この前買って気に入ったのだろう。


「私も買う」


 ロゼアリアも一つ購入した。星屑を瓶に詰めたようなこのキャンディーは、アルデバランへの土産に渡そうと思っていたから。


「はい。あげるって約束したでしょ」


 たった今買ったばかりのそれをアルデバランに渡した。オロルックとフィオラの視線がやかましいが、今は無視だ。


「ロゼが言ってたのはこれか。星の砂みたいだな」


 興味深げにアルデバランがキャンディーを見ている。なるほど、どうやら彼は星が好きらしい。


(最上階の部屋も、天井が星空だったもんね)


 アルデバランの好きな物が知れて嬉しくなった。

 星祭りに参加したことがないアルデバランが贈り物の文化を知っているとは思えない。だから、彼から贈り物が貰えることは期待していない。それより、こっちがあげた物を受け取ってくれるだけで十分だ。


「なかなか良い代物だ。ありがとう」

「う、うん」


 こうも素直に感謝を伝えられると照れる。そんな主を見て、フィオラがオロルックに耳打ちをした。


「ねえオロルック、もしかしてお嬢様って」

「あ、ああうん、その予想で合ってる」


 急に好きな女の子と近距離になりドギマギするオロルック。そんな二人に気づいたロゼアリアが、悪戯っ子のように口角を上げた。


 寄り道を経由してやっと高台についた。ランタンは祭りの時間内であればいつ飛ばしてもいい。


「人が多いっスね」

「でも、賑やかで楽しいです! ランタンがたくさん飛んでて綺麗!」


 見上げると、無数のランタンが夜空へ浮いている。うっとりするほど幻想的な景色にロゼアリア達が見蕩れた。


「綺麗……ずっと眺めてられる」


 流星群は一緒に見れなかったが、この景色をアルデバランと見れただけで大満足だ。


「私達も飛ばしましょ!  願いごとを決めなきゃ。何にしよう」


 ランタンを空へ飛ばす時、願いごとを込めて手を離す。去年まではアーレリウスを想いながら飛ばしていたが、今年は──。


「ん?」


 アルデバランと目が合った。


「あ、えと、アルデバランはどんなお願いごとするのかなって思っただけ。でも言っちゃダメだから。言うと叶わなくなるの!」

「そうか」


 男性にしては華奢な指がそっとランタンに触れている。それを見ると、彼の指が頬に触れたあの感触が蘇ってくる。

 顔に熱が篭るのを感じて視線を逸らす。


 どうしてあの時、アルデバランは触れてきたのだろうか。


(願いごと……)


 アルデバランと恋人になれますように、と願うのは違う気がした。もちろんそうなれたら嬉しいが、アルデバランは誰かと添い遂げるとこを望まないだろう。


「この祭りが始まったのは、魔法使いと人間の戦争からだろ」

「え? うん。知ってたんだ」

「三百年も生きてるからな」


 アルデバランが慣れた手つきでマッチに火を灯す。柔らかな明かりがゆらゆら揺れている。


「災厄を引き起こした俺が、この場にいるのは間違いなのかもしれない」

「そんなことない」


 強く否定したロゼアリアに、アルデバランは緩やかな笑みを向けるだけだった。それが酷く悲しくて、寂しい。


「けど、あの時巻き込んだ魔法使い達には謝らないと……それから」


 彼が小さな火をランタンの芯に移す。命を吹き込まれたランタンが、ぽうっと優しく輝いた。


「フィメロにも、届くと良いんだが」


(また“フィメロ”……)


 その名の持ち主は一体誰なのか。アルデバランの表情を見ると、彼にとってとても大切な人だというのは分かる。

 胸の奥がツキンと痛んだ。


「あの──」

「そうだ。ロゼに相談があるんだ」


 フィメロとは誰かと問う前にアルデバランにそう言われ、疑問を飲み込むしかなかった。


「相談て?」

「シュヴダニアに一緒に行かないか。会合に参加しなかった管理者(エリュプーパ)を説得してこいと言われてな」

「アルデバランが?」

「ああ」

「行く!」


 アルデバランの誘いを断れるはずがない。詳細も聞かずに決めたロゼアリアにアルデバランが苦笑する。


「シュヴダニアだけで終わるか分からないぞ? そのままパウベルクとギアニンにも行くかもしれない」

「それも一緒に行く!」


 またザジャのような旅路になるのだろう。もう既に楽しみだった。


「決まりだな。ほら、ロゼも早くランタンをつけろ」

「うん」


 アルデバランにランタンを預け、マッチに火を灯す。願いごとはもう決まっていた。


(いつか、この人にかけられた呪いが解けますように)


 手の中で輝く小さなランタンを空へ送る。ゆっくりと昇っていくそれが星へと変わるまで、ロゼアリアはいつまでも見送っていた。






──ザジャ帝国・闘技場。

 控え室へと向かうリエンの前に一人の少女が現れた。翠緑に輝く瞳がリエンを見据える。


「……始まったわね」

「ああ」


 闘技場の方から帝国民の歓声が遠く聞こえた。


「緊張してる?」

「少しだけ」

「でもやらなきゃ。貴方が皇帝になるために」


 リエンの拳に力が入る。ザジャの皇帝になる。その目標のためだけに今日まで生きてきた。


「必ず僕が全勝する。見ててくれ、ソミン」


 決意を滲ませた表情でソミンの前を過ぎる。そんな彼を見送るソミンもまた、リエンを案じて表情を強張らせていた。

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