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ロゼアリアとヘレナ

「ヘレナ様」


 集まった人を無視してロゼアリアはヘレナの部屋に入る。ネグリジェ姿に乱れた髪、泣いたせいでパンパンに浮腫んだ瞼。

 こんなヘレナを見るのは初めてだ。


「な、何よ。好きなだけ笑えばいいわ」

「まず着替えてください」

「はあ?」


 ベッドの上にいるヘレナをロゼアリアは見下ろす。


「ヘレナ様の傷痕をあの魔塔の主に治してもらうために連れて来たんです。けど魔塔の主は男ですよ。その格好を見られても良いんですか?」

「わたくしっ、そんなこと頼んでな──」

「いいから早く着替えてください。すみません、ヘレナ様の支度お願いします!」


 部屋の入り口で心配そうに成り行きを見守っている侍女達を振り返り、ヘレナの着替えを頼んだ。

 主を着飾るのは久しぶりなのだろう、侍女達が張り切って色彩豊かなドレスを持ってくる。


「こちらのドレスの方が……」

「いいえ、こっちの方がお嬢様のお顔を明るく見せてくれます」


 活気を取り戻した部屋の中で、ロゼアリアはソファに座ってお茶を飲んでいた。クッキーやパウンドケーキまで用意されている。


「貴女、どうして人の部屋で堂々とくつろいでるのよ!」

「何がですか?」


 ヘレナが入浴から戻ってきた時には既にこの状態だった。部屋の外で待たず、どういうわけかヘレナの部屋でロゼアリアがのびのびと過ごしている。

 今も、髪を梳かれて顔にパックを乗せられているヘレナを横目にロゼアリアはクッキーに手を伸ばしている。


 その一方でアルデバランは部屋の外で待たされていた。ロゼアリアが蹴破った扉もアルデバランが直している。


 人の部屋でくつろぐロゼアリアにヘレナも慣れてきたのだろう。何杯目か分からない紅茶のおかわりをしても何も言われなくなった。


「……貴女、白薔薇姫をやめてからあまりにも変わりすぎじゃないかしら」

「私は昔からこうですよ」


 ヘレナが絶句している。白薔薇姫が猫被りだとは思っていたが、あまりにも被りすぎじゃないか。


「あ……そう……けど、まあ良いわよね貴女は。社交界から姿を消しても、騎士という道があるのだから」

「羨ましいんですか? ご興味がおありなら私が指南してさしあげますけど」

「結構よ……」

「そして私の剣の師はべーチェル公爵です」

「は!? け、剣聖……」


 かつての自分はとんでもない女を恋敵にしていたのだとヘレナが気づく。


「ああ、そうよね。公爵閣下は貴女の伯父にあたるものね」

「はい。姪なので人一倍可愛がっていただきました」

「ほら、やっぱり──」

「真冬のべーチェル領で特別に湖を泳がせていただいたり、目隠しで伯父様と剣の打ち合いをしたり」

「…………」

「あと、お従兄(にい)様達と共に剣一本で三日ほど山を冒険させていただいたこともありましたね」


 どれも、ヘレナの知る“可愛がる”とは程遠いものだ。

 夜の山など考えただけで身震いが止まらない。


「ですので、伯父直伝の鍛練法を教えることができますよ」

「結構だと言ったでしょう! 嫌よ!」


 ロゼアリアがドレスを着たヘレナを抱えて走ったと聞いた時は嘘だと疑ったが、今ならその話が真実だと分かる。


 白薔薇姫に対するヘレナの評価は、猫被りどころかよくそこまで持っていけたものだという感心に変わりつつあった。当時のロゼアリアに、剣一本で山を歩き回るイメージなど全くなかったのだから。

 相当、努力をしたのだろう。ヘレナのような一般的な令嬢でさえ、白薔薇姫のような完璧な姫になるにはかなりの努力が必要だ。幼い頃から騎士としての生き方をしてきたロゼアリアには、もっと高い壁だったに違いない。


「……わたくしは、家のために良い家柄の男性と結婚することしか知らないの。貴女みたいな強さは持ち合わせてないのよ」

「どの強さの話をしてらっしゃるんですか? 筋肉ですか?」

「精神の話よ。アーレリウスが公爵家の血筋だから、貴女から奪っても両親は咎めなかっただけ。でも、それも終わりね……きっとアーレリウスは、わたくしとの婚約も破棄するわ」


 自嘲気味にヘレナが笑う。その美しい横顔を、ロゼアリアはクッキーを齧りながら眺めた。


「ヘレナ様は完璧な姫だったのですか?」

「はあ? 失礼ね。わたくしはいつだって完璧に決まってるでしょう」

「クロレンス公子様が愛していたのは白薔薇姫という理想です。その理想が崩れたから、公子様は白薔薇姫との婚約を破棄したんです。クロレンス公子様と過ごされる時、ヘレナ様は完璧な姫の仮面を被っているんですか?」

「幼馴染み相手に取り繕うわけないでしょう」


 ふん、とヘレナが鼻を鳴らす。その姿はもう、いつものヘレナだった。


「じゃあ大丈夫だと思いますけど。ていうか、クロレンス公子様がどうしようと私には関係ないですし。ところでこれ、どこのお店の茶葉ですか?」


 出された紅茶を(いた)く気に入ったロゼアリアが侍女から茶葉の入手先を教えてもらっている。会話する気はあるのかとヘレナが苛立っているのも、特に気に留めていない。

 初めて会った時から彼女を図太い女だと思った自分の直感だけは、どうやら間違っていなかったようだ。


「関係ないって、そりゃそうでしょう。貴女とアーレリウスの仲はとっくに終わってるんだから」

「それもそうですけどそういうことじゃなくて。私は今日ここにヘレナ様の傷を治しに来ただけで、それ以外のことは知らないですよ。婚約破棄になったとしても関係ないです」

「貴女ねえ」


 ロゼアリアが紅茶を飲み干す。


「それに、もしそうなったとしても悪く言われるのはアーレリウス様では? 婚約者が次々顔に傷を負って婚約破棄。次のお相手が見つからないかも」

「た、たしかに、有り得なくはない話だけれど」

「とりあえず、早く準備を終わらせてくださいね。部屋の外でカーネリア卿が待ちくたびれてますよ」


 アルデバランのことを忘れたわけではないが、乙女の身支度は時間がかかるのだ。特にヘレナはこだわりが強い。最初こそ乗り気ではなかったが、アクセサリーはこれ、髪型はこれ、と侍女に指示を出している。

 アルデバランにはもうしばらく待ってもらわなければ。


 ということで、もう一杯紅茶を貰うことにしよう。






 ヘレナの準備が終わった頃には太陽が真上を通り過ぎていた。ロゼアリアもクッキーをたくさん食べた。


「アルデバランお待たせ」


 ずっと放置していたアルデバランをようやく迎えに行くと、なぜか彼は既に疲れた顔だった。可哀想に。ロゼアリアとしては案外充実した待ち時間を過ごすことができ、退屈しなかった。


「……俺が待ちぼうけてる間に随分のびのび過ごしてたみたいだな」


 空のティーカップと皿を見つけたアルデバランが、恨みがましそうにロゼアリアを見る。


「えへへ」

「悪いと思ってないだろ」


 頭からつま先まで黒で覆った長身の男の圧に、ヘレナも気圧されているらしい。背筋をピンと伸ばして座る彼女の表情は強張っていた。


「ヘレナ様、この方は魔塔の主であるカーネリア卿です。ヘレナ様の傷痕を治すことができる人です」

「そ、そうなの。魔法使いなんて初めて見ますわ」


 アルデバランの美貌をヘレナは気に入るのではないかと思ったが、魔法使いであることと威圧感から警戒しているらしい。

 妙に緊張した空気が漂う。アルデバランが気の利いた一言を言えるはずもないので、ここはロゼアリアが取り持たなければ。


「緊張されずとも大丈夫ですよヘレナ様。カーネリア卿は傷痕を綺麗に消せると言ってましたから」

「……本当なのね? どの医者も、これ以上はどうにもできないと仰りましたの。わたくしに諦めろと、そうとしか言われませんでしたわ」

「大丈夫です。カーネリア卿は以前、盲目の子を治したこともありますから」


 それでも、ヘレナはいまいち信じきれていないようだった。

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