感謝のお茶会
よほど早くお茶会を開きたかったのだろう。手紙を出した次の日には招集された。
今日は魔塔へ行くつもりだったのに。
(ていうか、随分人数が多くない? 断ったはずの家の子までいるんだけど……)
急遽開かれたお茶会の割にはお茶菓子が豪勢だ。カフェテラスを貸し切り、着飾った令嬢達がずらりと並んで座っている。
(ヘレナ様はいない……そういえば、ヘレナ様からの招待状は無かった。好意で私に招待状を送る人でもないけど)
しかし彼女がいないのは若干の不安を覚える。ここで令嬢達が“ヘレナ派”から“ロゼアリア派”に鞍替えした、なんて話でも出ればものすごく面倒なことになりかねない。
「ロゼアリア様、お茶会に参加していただきとても光栄ですわ! 先日は助けていただきありがとう存じます! あの時の貴女様の勇ましいお姿と言ったら……」
うっとりと頬を染める娘にロゼアリアは苦笑いを返す。
「その時のロゼアリア様のお姿、わたくしも見とうございましたわあ」
「あら、わたくしはばっちり見ましてよ! 本当に勇ましくていらっしゃいましたの。かつて氷の貴公子と呼ばれた伯爵様をこの目で見ているようでしたわ!」
「ええ、お倒れになったヘレナ様を軽々と抱えていらして……」
ロゼアリアの目の前でロゼアリアのことで令嬢達が会話に花を咲かせ、黄色い悲鳴をあげている。ロゼアリアが女子で良かった。もし男児として生まれ落ちていれば、ここにいる令嬢の婚約者から恨みを買っていたかもしれない。
お茶の味が分からない。普段の腹の探り合いのようなお茶会は嫌いだが、この全面的な好意に圧倒されるお茶会も戸惑ってしまう。
「ささ、ロゼアリア様、たくさん召し上がって! りんごのパイがお好きと聞いてご用意いたしましたの!」
「りんごのタルトはお好きでいらっしゃいますか? これは名店の物を取り寄せていただいて……」
「こちらは甘く煮たりんごとカスタードをふんだんに使ったケーキで……」
ここまで暴力的なりんご責めに遭ったのは初めてだ。全部食べたい気持ちはあるが、令嬢達の圧が強すぎて既にお腹いっぱいになっている。
「皆様! そんなに押しかけてはロゼアリア様が困ってしまいますわ!」
「ありがとうございます、ティナ様」
一時的に落ち着きはしたものの、彼女達が自分を見る目はキラキラと期待に輝いていた。ロゼアリアと話したい、という意思がその目に滲んでいる。
「ええと……皆様がご無事で何よりでございます。ところで、ヘレナ様のお姿が見えないのですが」
ロゼアリアが彼女の名前を出すと、令嬢達は少し困ったように視線を交わした。
何か聞くとまずいことでもあったのだろうか。
数秒の沈黙があったのち、一人がおずおずと話し始める。
「実は、ヘレナ様にもお声をかけたのですが……騒動があった日以降、誰もヘレナ様をお見かけしていないのです。どうやら、邸宅から一歩も出られていらっしゃらないようで」
「ヘレナ様が?」
彼女の苛烈な性格を考えると、引き篭もりなど考えにくい。
今の今まで興奮していた様子がなりを潜め、少女達は声を抑えて会話を続ける。
「聞くところによると、魔物によりお顔に受けた傷痕が治らないそうなのです。すぐに治癒は受けましたが、どうにも完全に痕は消えなかったとか」
そういえば、騎士団の医療班も「歪な傷痕が残ってしまった」と言っていた。そのショックからヘレナはまだ抜け出せずにいるのだろう。
なぜか、ロゼアリアも左の頬に残る傷が引き攣れるような気がした。
「そ、その、わたくし達はヘレナ様のお顔に傷痕が残っても、あの方をお慕いする気持ちに変わりはありません!」
「ええ、そうです! ヘレナ様のお気持ちが晴れればと今日のお茶会もお誘いしたのですが……」
彼女達の視線がちらりとロゼアリアの頬に向けられるのを感じる。ここでヘレナを庇うのは同じく顔に傷痕のあるロゼアリアに嫌われたくないからだろう。
白薔薇姫が顔に傷を負った後どうなったか。それを知っているから、ヘレナは出てこないのかもしれない。
「……そうでしたか。ヘレナ様の元気なお姿をまた拝見できるとよろしいのですが」
もしかしたらヘレナが恐れているのは。
紅茶を口に運びながら思案を巡らせていると、目の前にりんごのパイが差し出された。
「どうぞお召し上がりになってください。ヘレナ様はもちろん、わたくし達もロゼアリア様に助けていただいたのです、本日は、そのお礼も兼ねたお茶会でございます。あの時わたくし達を助けてくださり、本当にありがとうございました」
これは、彼女達の矜恃だ。ならば受け取るのが騎士としての礼儀。
「いただきます」
りんごのパイにナイフとフォークを立てる。今日のパイは、とても優しい味がした。
(お茶会を楽しいと思えたのは、初めてかもしれない)
彼女達と上辺だけではない会話を交わしたのも初めてだ。白薔薇姫の頃には知ることのなかった感覚に、ロゼアリアは頬を少し緩めた。
伯爵邸に戻ったロゼアリアにフィオラが駆け寄る。疲れ果てて帰ってくるだろうと予想した主は、思ったよりも穏やかな様子だった。
「おかえりなさいませ、お嬢様。お茶会はいかがでしたか?」
「まあ、悪くなかったかな。たまにはああいうのも良いかもね」
「本当ですか!? 奥様にお伝えいたします〜!」
ロゼアリアが他の令嬢と交流を持ったことが嬉しいらしい。フィオラは顔を綻ばせていた。
「ちょっとオロルックと話してから部屋に戻る」
「オロルックと? 鍛練なさるのですか?」
「ううん、今日はしない。明日の外出に付き合ってもらいたいだけ」
「明日はどちらに行かれるのですか?」
騎士の宿舎に向かいかけていたロゼアリアがフィオラを振り返る。行く場所など決まっている。
「魔塔」
リブリーチェに用事があるのはもちろん、アルデバランにも用事ができた。
宿舎の道中では鍛練後の騎士を何人も見かけた。皆逞しい身体つきをしているが、幼い頃から見慣れているロゼアリアはそれほど魅力を感じない。
(改めて思うけど、アルデバランてすごく細いよね……)
魔塔の最上階で見た彼の上裸を思い出し、そんな自分に気づいて慌てて記憶を引き出しにしまう。
(私ったらなんて破廉恥な想像を!!)
薄暗い部屋の中で、彼の白い肌はよく目立っていた。
ではなくて。
(そもそも、あれは急に脱ぎ出すアルデバランが悪いんだから)
せめて一言あれば良かったものを、本当に何事かと思った。月の女神にかけられた呪いの刻印を見せるにしたって唐突なのだ。
けれどそれくらい、彼が自身をどうでもいいと思っている証でもある。唯一アルデバランの本音を聞ける立場になった今だからこそ分かる。
(……アルデバランはまだ、この世界にいちゃいけないって思ってる。そんなことないのに)
どうすれば変えられるだろうか。傲慢だと分かっていても考えずにはいれなかった。
「お嬢、どうしたんスか? お茶会で溜まったストレスの発散スか?」
「残念だけど今日はそんなに苦痛でもなかったの」
「良かったじゃないスか」
オロルックも鍛錬後だったらしい。伯爵令嬢の前で堂々と上裸を晒し、浴びたばかりの水をタオルで適当に拭っている。
この場にフィオラを呼んでやろうか、という意地悪な考えが脳裏をよぎった。
「明日、魔塔に行くから」
「あ、承知っス。あの日以降まだリブに会ってないっスもんね」
「うん。それと、もう聞いた? 王太子殿下がランタン飛ばしを改めて開催してくださる話」
「ああー、聞いてるっスよ。もしかして、その話をリブにしに行くんスか?」
「それもあるけど……」
言い淀んだロゼアリアを見て、オロルックは何かピンと来たらしい。
「分かった! カーネリア卿を誘いに行くんスね!! やるじゃないっスかお嬢!」
「違うから!!」
やはりこの場にフィオラを呼んでやる。




